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その14 その幻想を打ち砕く!

 魔法処女問題については、かおる先輩にお願いしたことですっかり解決したような気になっていたけれど、世の中そうそう甘くはなかった。

 お答えをいただく前に、草摩さんが現れたのだ。

 場所は、十萌神社の中。

 当然、コノハはいない。

 わざわざこの場所で決着をつけようなんて、草摩さんの本気を感じる。

 やばい。どうしよう。

 何も考えてないよ。

 もうちょっと時間があるって、勝手に思ってた。

 なんか、テスト勉強みたい。ちゃんと計画を立てたはずなのに、気が付くと時間が足りなくなっているんだよね。私の時間は、一体どこに消えてしまったのか。

 とか、言ってる場合じゃなくて。

「まだ、その恰好をしているということは、説得は失敗したみたいだな?」

「説得? 何のことだ?」

 コスプレ風の巫女服でハリセンを構え、敵意むき出しの亜弓君とは対照的に、草摩さんには余裕が感じられた。

 この間と同様、小戸成中央高校のブレザーにメガネを着用。目つきの悪さが緩和されている。草摩さんはずっとメガネをかけていた方がいいんじゃないかな。

 とか、言ってる場合でもなくて。

「待って。ちょっとだけ、時間をください。この十萌神社で草摩さん立会いのもと、魔法処女の幻想を打ち砕いて見せるから!」

「ふうん? おもしろそうだな。じゃあ、少しだけ付き合ってやるよ」

 草摩さんがニヤリと笑った。

 亜弓君一人だけが、事態についていけていない。

「え? どういうこと、だ?」

 ハリセンを構えたまま、亜弓君の視線が私と草摩さんの間を行ったり来たりする。

 う、うふふふふ。

 とりあえず、時間は稼いだ。

 でも。どうしよう?

 ノープラン。

 ノープランだよ。

 でも。でも、何とかしなきゃ。

 足元でキリちゃんとその兄弟たちが、丸くなってどうでもよさそうにあくびをした。

 君たち!

 気持ちは分かるけど、緊張感をそがないでくれるかな。

 確かに、しょうもないことだけど。

 本気。

 私は本気なんだよ。これでも。




 草摩さんが現れたのは、小動物許嫁事件の翌日。私がかおる先輩に魔法処女問題について相談した、次の日の放課後だった。

 しばらくしたらって言うから、来週くらいかと思っていたのに。

 コノハに何か言われちゃったのかな?

 ちょっと早すぎる。早すぎるけど、来ちゃったものはもうしょうがない。

 私は腹をくくった。

「亜弓君。亜弓君に話があるの」

 草摩さんと亜弓君の間に入るようにして、私は亜弓君と向き合う。

「いや、今は、そんな場合じゃ・・・・」

「そんな場合です」

 草摩さんを警戒していて、いまいち私に集中できない亜弓君にきっぱりと言い切る。

「いいぜ。先に話を済ませろよ。俺も聞いていてやる。決着は、それからだ」

 後ろから草摩さんの援護射撃。

 草摩さん、この状況を楽しんでいる?

 なんか、声に面白そうな響きが混じっているんですけど!?

「・・・・・・・分かった。先に、葉月の話を聞こう」

 襲い掛かってくる様子のない草摩さんに、亜弓君も構えを解く。

 さて。

 一体、どうしたものか・・・・・・。

「よそ者だからこそ言うけれど、男の子なのにいつまでも巫女服を着ているのはおかしいと思う」

 伝承とか魔法少女のことはそんなに詳しくないから、下手なことを言うと自爆しかねない。とりあえず、無難なところから攻めてみることにした。

 私って慎重派!

「え?」

 いきなり始まった話に、亜弓君は戸惑いつつも自分の巫女服を見下ろす。

「分かった。葉月がそう言うなら。オレは違う服に加護の力をいただくようにするよ。確かに、そろそろかな・・・・とは思っていたし。あ、そうだ! よかったら、これからは葉月がオレの代わりに巫女服を着てくれないか? きっと、オレより似合うと思う」

 思わぬ返事が返ってきた!

 いや、私。亜弓君以上にその服を着こなす自身はないから!

 一人でこっそりとかなら、ちょっと着てみたいけど。

 それよりも。自分でも、そろそろだなって思ってはいたんだ。そうなんだ。

 ちょっと、意外。

 でも、問題はそこではない。

 巫女服を脱いだからといって、魔法処女でなくなるわけではない。

 ・・・・・・・・・・ない、のか?

「巫女服を着ないということは、魔法処女を卒業するということに・・・・・・?」

「なるわけないだろ? たとえ、巫女服を着ていなくても、オレの心の中には常に魔法処女がある。オレが処女である限り!」

 ならなかったー。

 しかも、なんかダメなこと言ってるーーー。

 いつも心に魔法処女をーって。

 何のキャッチフレーズなんだよーーー。

 早くも、ピンチに!

 攻めていたはずなのに、追い込まれている。

 何か。何か何か何か何か、方法が! あるはず!!

 かおる先輩の話とか、独り言とかを必死で思い出す。

 そして。ついに。ひらめいた。

 ような気がする。

 考えをまとめている時間はない。もー、とりあえず行く! 行くしかない。

 話しながら考える。

 だって、後がないんだから。

「山で眠りについている神様、山神様は男の神様。そして、亜弓君がお仕えしている十萌神社の巫女神様は女の神様なんだよね?」

「ああ。そうだ・・・・けど。それが、どうかしたのか?」

 亜弓君は怪訝そうな顔をしている。

 私が目指しているものが何なのか、見当もついていない感じだ。

 魔法処女を卒業とか、考えたこともなかったんだろうなー。

「男である山神様が、花嫁として清らかな乙女を求めるのは分かる。でも、女である巫女神様にとって、亜弓君が処女であるかどうかって、そんなに重要なことなの?」

 びしりと質問を叩きつける。

 本職の巫女さんが清らかかどうかはよく知らないけれど、そこはスルーでいいだろう。だって、亜弓君は男の子だし。

「え? それ・・・・・は・・・・・」

 亜弓君の瞳が揺らいだ。

 よし! 畳みかける。

「処女にこだわっているのは、亜弓君だけなんじゃないの? 亜弓君が草摩さんと戦っている時、キリちゃんはすごくどうでもよさそうにしていた。そして、敵であるはずの草摩さんが巫女神様の守る神社の中に、普通に入ってきている。つまり、巫女神様にとっては、亜弓君が処女であるかどうかなんて関係ないってことなんじゃないの?」

「な、なんで、葉月にそんなことが分かるんだよ!?」

「女同士だから!」

 動揺して手に持ったハリセンをプルプルさせている亜弓君に、私はこれ以上ないくらいにきっぱりと言い切った。

 何の根拠も裏付けもない。

 でも、ここは言い切ったもん勝ちだと思う。

 それに。これは、男には反論できまい!

 背後から、笑いをこらえているような気配が伝わってきた。

 草摩さん。今、いいところなんですから、邪魔しないでください。

 いろいろ台無しですから!

 気を取り直して、話を続ける。

 亜弓君の目には、もう草摩さんは映っていないっぽいのがせめてもの救い。

「巫女神様にとって、亜弓君が処女かどうかなんてどうでもいいことだと思う。本当に大事なのは、そんなことじゃない。処女を守るよりも、大事なことがあるはず。亜弓君が神様や十萌の町をどれだけ思っているのか。神様を信じて十萌を守ること。それが一番だいじなことなんじゃないの? きっと、巫女神様もそう思っている。ほら、ちゃんと感じて。巫女神様の気持ちを!」

 さあ、とばかりに片手をお社の方へ向ける。

 その手の動きに導かれたように、亜弓君がお社を見上げる。

 やった。

 やり切った。

 これでだめならもう、草摩さんに傷ものにしてもらったうえで、おじさんに土下座をして本当のことを伝えてもらうほかない。

 巫女神様の気持ちとか、正直ハッタリもいいところなんだけど、あながち間違っていないと思う。

 私たちの騒動をよそに、今日も巫女神様は優しくお山と町を見守ってくれている。

 草摩さんはまだ、笑いの発作から回復していないようだった。

 私、結構いいこと言ったと思うんだけど。まだ、笑ってるってどういうことなの?

 少し釈然としない気持ちで、亜弓君を待つ。

 巫女神様に向きあっている亜弓君が、答えを見つけてくれることを。

「葉月・・・・・・・」

 お社を見上げたまま、亜弓君が私を呼んだ。

 落ち着いた声。怒っては、いないみたいだけど?

 ゆっくりと私に向き直る。

 今まで見たことのない、びっくりするくらい大人びた笑みを浮かべていた。

 そして。本物の巫女のような、神聖さが感じられた。

 思わず、見とれてしまう。

 ああ。きっと、うまくいったんだ。

 そう思う私の後ろから、息をのむような音が聞こえてくる。

 もしかして、草摩さんも見とれてる?

 ここで、笑いを治めるって。なんか、複雑なんですけど。

「ありがとう。葉月のおかげで大事なことに気付けたよ。そうだよな。処女かどうかなんて関係ない。オレが十萌のことを想っている限り、オレは死ぬまでずっと魔法処女だ!」

 大人びた・・・って、さっきまで感じていた笑顔に、少年らしいキラキラとした輝きが戻ってくる。

 うん。あれ?

 もしかして、私、失敗した? これ?

 キラキラを正視出来ず、そっと後ろにいる草摩さんを振り返る。

 何か意見を聞けたらと思って。

 草摩さんは。うずくまってプルプルと笑いをこらえていた。

 ・・・・・・・・・・・。

 やっぱり、失敗か。これ。

 でも、私がんばった。がんばったよね?

 魔法処女の呪いを完全に解くことはできなかったけれど、カンチョーされて十萌の巫女の資格を失うとかいうことはなさそうだし、とりあえずの目的は果たせたよね?

 もう、これでいいことにしよう。

 巫女服はやめてくれるみたいだし、魔法処女も心の中で思っている分には問題ないだろう。

「てゆーか。そいつは一体、何をそんなに笑っているんだ?」

「さ、さあ? 箸が転がってもおかしい年ごろなんじゃないのかな?」

 そう言えば話の途中で放置しちゃったけれど、草摩さんを不審に思ってのことだと思われたみたい。そのまま、話に乗っておく。




「じゃあ、俺はもう帰るわ」

 ひとしきり笑い終わると、草摩さんは目じりの涙を拭いながらそう言った。

「は? 勝負は?」

「別に、もうどうでもいい」

「なっ!? どういうことだよ!?」

「ま、まあいいじゃん。きっと、十萌を想う亜弓君の心に感動して、十萌のことは亜弓君に任そうって思ってくれたんだよ」

 草摩さんが笑いの発作から復活するまで律儀に待っていた亜弓君は、あっさり帰ろうとする草摩さんに納得がいかないみたいで、ぎゅっとハリセンを握りしめて食って掛かる。

 一人事情を分かっていないからしょうがないけど、あの勝負は見たくないので、なんとかなだめてみる。

「そう・・・・・なのか?」

 私の結構いい加減な説得に、亜弓君は割とあっさりと騙されてくれた。

 進学校に通っているんだし、頭はいいはずなんだよね?

 やたらと亜弓君のことを心配していたかおる先輩の気持ちが分かる気がする。確かに、まゆり先輩には任せられない。

 小動物と天然巫女。

 ほのぼのとして癒される響きだけれど、現実でこの組み合わせは不安すぎる。

 童話の世界とかだけでお願いします。

「まあ・・・・・・・。そんな感じだ」

 草摩さんは、一瞬ちょっと複雑そうな顔をしたけれど、私の話に乗ってくれた。

 ありがとうございます。

 なんて、いい人なんだろう。

 はー。でも、よかった。

 これで、一件落着な感じかな?

 やり遂げたようなまったりしたような気分で、私たちも草摩さんと一緒に神社の外へと向かう。



 でも。ここからが、むしろ急展開だった。



「ソウマ! ソウマ! 主様の力を感じる! ワタシは山へ行く!」

 神社の入り口では、黒いキツネが草摩さんを待ち構えていた。

 山神様の御使い、コノハだ。

 コノハは草摩さんにそれだけ伝えると、たーっと山へ向かって走っていく。

 あっという間に見えなくなった。

 さすが、獣。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 コノハは、十萌神社の近くまでは来れないんじゃなかったっけ?

 えーと。つまり。これは。


 山神様が目覚めようとしている?

 もし、本当に目覚めちゃったりしたら、その時は。


 一体、誰が花嫁になるの?



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