その13 小動物とかおる先輩
またしても、小動物の襲撃を受けてしまった。
まゆり先輩に言われたからというわけじゃないけれど、言われた通りに亜弓君に会ったし、仲直りもしたというのにだよ。
なんで?
なんて。本当は分かっているけど。
亜弓君の元気のなさを見かねて私に発破をかけたはいいものの、いざ本当に仲直りをしたらやっぱり気に食わないとか、そんな感じなんだろうな。
「あんまり、いい気にならないことね」
ちょっと高めのまゆり先輩の声が、今は地を這うような低音だ。
怒っているまゆり先輩しか見たことない気がするけれど、今日はまた一段と機嫌が悪い。
「あんたなんて、所詮学生時代のお遊びにすぎないのよ。十萌の巫女である亜弓君と結婚できるのは、このあたしかかおるのどちらかって決まっているんだから! いわゆる、許嫁とか婚約者とかいうやつね。いい? よそ者の出る幕なんてないんだからね!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・。
え?
何?
許嫁? 婚約者?
まゆり先輩か、かおる先輩が?
それは、つまり。二人が小さい頃は御使いを見ることができたからで、見ることのできる血を絶やさないようにとか、そういうこと?
だったら。私だって、見えるし。しかも、現役で見えてるし。
むしろ、二人よりもふさわしいんじゃない?
あれかな。よそ者だから、ダメなのかな?
いや。別に、私は。
亜弓君と結婚したいとか、そんなことまだ考えてるわけじゃなくて。
えーと。でも。
一体、いつの間にまゆり先輩がいなくなったのかも分からない。
覚えのないまま、授業を受けて、給食を食べて、午後の授業を受けて。
していたらしい。どうやら。
気が付いたら、放課後になっていた。
夏希ちゃんと紗世ちゃんに両腕をつかまれて、まるで連行されるように部室へと向かう。
そうだ。
かおる先輩に。
かおる先輩に、聞かなきゃ。
「葉月。話があるから、ちょっとついてきなさい」
「直球ですね・・・」
「遠回しにしても仕方ないでしょう。朝の一件が会った以上、こうなるのはもはや必然!」
「いや、それはさすがに言いすぎじゃ・・・・」
「いいから! 行くわよ。葉月」
部室に入ると高島先生以外はみんな揃っていて、まだ半分脳が活動を停止している私をよそに勝手に話が進んでいく。
気が付けば、今度はかおる先輩に腕をとられて、部室の外へと連れ出される。
連れてこられたのは、中庭だった。
正確には、中庭に面している廊下。
中庭に出るには、靴を履き替えないといけないし。
みんな部活に行っている時間なので、人気はなかった。
「小動物の言うことを、あまり真に受けないように」
きょろきょろと、辺りに誰もいないことを確認してから、かおる先輩はいきなりそう切り出した。
「で、でも・・・・・」
見える・見えないの話をここでしてもいいのかは分からないけれど、そういう事情からすれば、あってもおかしくない話なわけで。
「葉月も、御使い様がみえるんだよね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
亜弓君から聞いたんだろうか。私は素直に頷いた。
自分からそれを話す勇気はなかったけれど、昔は『見えていた』というかおる先輩には、聞かれたら正直に答えようと思っていた。
「そして、亜弓君が好きなんだよね?」
「はい・・・・・・・・え? いや、ちょっと、待って。違うんです! いえ、違わないけど、でも、違います!」
「そんなに慌てなくてもいいじゃない。亜弓君が好きだから、小動物の戯言であんなにショックを受けたんでしょう?」
「・・・・・・・・・・そのとおりです・・・・・・」
恥ずかしくなって、俯いた。
もしかして、私。ものすごく、分かりやすい行動していた?
「小動物の戯れって、本当ですか?」
「もちろん。てゆーか、そんな事実があるなら、まだ傷が浅いうちにちゃんと伝えとくわよ」
豊かな胸の下で腕を組んで、かおる先輩は言った。
「年寄りの中にはねー、力のある子同士を結婚させるべきだーとか言う人もたしかにいるんだけどね。うちや亜弓君のところの親は、自然に任せろ派だから。神様が必要とするなら、何もしなくても力のある子は生まれてくるだろう。生まれてこないのなら、それはそれで仕方がない、って感じ? まゆりのアレは、どっちかっていうと、本人の願望が入っているから・・・・・。だから、葉月は、葉月の心のままに行動していいのよ」
「か、かおる先輩・・・・・」
励ますように、優しい笑みを浮かべるかおる先輩に、うっかり縋り付きそうになった。
「それに、私。高校生にもなって、巫女服を着ているような男子はちょっと・・・・・。かといって、まゆりと亜弓君の組み合わせも、いろんな意味で不安があるというか。葉月のことは本当に心から応援してるのよ。御使い様が見えて、十萌に染まり切っていない。葉月になら、亜弓君のことを任せられると思う」
「かおる先輩・・・・・・」
拳を握りしめての力説。そっちが、本音ですか? 先輩。
応援されても、うれしくない・・・・・。
誤解が解けたはずなのに、釈然としないこの気持ちは一体、何?
がっくりと肩を落とす。
「ふふっ。まあ、亜弓君はちょっとアレなところもあるけれど、根はいい子だから。よろしくしてやってね。私も、今は見えなくなっちゃったけど、多少は事情も分かるし、そういうことも含めて困ったことがあったら何でも相談してちょうだい」
!
そうか! 私には、かおる先輩がいてくれた!
かおる先輩の言葉に希望を見出した私は、がバリと顔を上げると、かおる先輩の手を両手で握りしめる。
「かおる先輩。お願いがあります。私と一緒に、亜弓君を魔法処女の呪いから解く方法を考えてください」
「へ? 魔法処女・・・・? 何、ソレ?」
神様。ありがとうございます。
もしかしたら、何とかなるかもしれない。
私は。
かおる先輩にすべてを話した。
包み隠さず、ありのままをすべて。
「何してんの。あの人たち・・・・・・」
話を聞き終えたかおる先輩は、眉間にしわを寄せて人差し指ででこめかみをぐりぐりし始める。
巻き込んですみません。かおる先輩。
でも。全く無関係ってわけじゃないよね? ね?
「もう、いいじゃない。別に。放っておけば。傷ついたら傷ついたでいいじゃない。男は、傷を負って成長するのよ。それで立ち直れないようなら、その程度の男だったってことよ。ね? そうしましょう」
「み、見捨てないでー」
立ち去ろうとする先輩の腕を掴んで引き留める。
「わ、分かったわよー。正直、果てしなくどうでもいいけど! 可愛い後輩の頼みだから、何か考えるわよー。だから、離しなさい」
「本当に、見捨てない?」
「見捨てないから!」
念を押したうえで、腕を離す。
解放されたかおる先輩は、わしゃわしゃーと頭を掻きむしった。
「ふー。もう、本当に仕方ないわねー。十萌の伝承から話をでっち上げたほうがいいのかしら? それとも、魔法処女物のセオリーから何か考えた方がいいのか? うちの父さんも魔法処女友の会に入ってるから、私もいろいろ見たことはあるのよねー。まどかとかなのはとか。でも、おじさんたちは昔のヤツが好きなんだよなー。マミとかモモとかペルシャとか。亜弓君はおじさんの影響を受けてるから、古いのを参考にした方がいいのかしら? うーん・・・・・」
えーと。誰?
そして、魔法少女友の会って何?
何か、いろいろ聞きたいことがあるんだけれど、後にしよう。
せっかく、考えてくれているし。
何か、いい案が出てくれるといいんだけれど。
でも、よかった。かおる先輩に話を聞いてもらえて。
十萌の伝承だけでなく、魔法少女にも詳しいとは。おまけに亜弓君のお父さんの好みとかも分かるみたいだし。なんて、頼もしい。
天は私を見捨ててはいなかった!
正直、私一人じゃ何をどう考えればいいのかすら分からなかったよ。
「・・・・・・うん。分からん。とりあえず、宿題にさせて。なんとか、何か考えてみるから。とりあえず、部室に戻ろう」
「あ。は、はい。お願いします」
さすがに、すぐにはいい考えは浮かばないかー。
かおる先輩はフラフラしながら、部室へと向かう。
「小動物の騒動から、こんな話を聞かされる羽目になるとは・・・・・。てゆーか、山神様は男の神様だから、花嫁にするために清らかな乙女を求めるっていうのは、まあ、分かるんだけど。亜弓君たち西山の人間がお仕えしている巫女神様は女の神様なんだから、処女かどうかってそんなに重要なの? しかも、亜弓君は男の子なんだし」
何やらぶつぶつ言っている中に、初めて聞く単語が出てきたので、ちょっと聞いてみる。
「山神様と巫女神様って、古い神様と新しい神様のことですか?」
「え? ああ。そうよ。そうやって呼び分けているのは、今では叶の人間だけだけどね。今はもう、十萌の人たちにとっての神様は巫女神様だから」
そう言ってかおる先輩は、校舎の向こうにある十萌山を見上げた。
私もつられて山を見上げる。
「山神様は、本当に目覚めるのかな?」
「どう・・・・・なんでしょう?」
十萌神社にいる巫女神様の力が、十萌山を優しく守るように包み込んでいるのが分かる。
でも、それしか分からない。
山神様と思われるような強い力は、感じられない。
「ずっと、目覚めなければいいのに・・・・・」
ポツリと転がり出た言葉に、ハッとする。でも、かおる先輩の方を見ることはできなかった。
これが、かおる先輩の本音なのかな? でも、どうして?
「巫女たちはみんな、望んで神様の花嫁となったんだって。叶に娘が生まれなかった時には、力のある娘たちは神様の花嫁となるために競い合った・・・・・・って言われてる」
「みんながですか?」
さすがにそれは嘘くさいような。
他に好きな男の子がいた子だって、絶対いたはずだよね?
「伝承では、そう言われてる。中には、そういう子もいたかも知れないけど、全員なんてかえって嘘くさいわよね。競い合ったっていうのも、本人じゃなくて家の人間なんだろうし」
あー。大人の事情ってやつですね。
自分の娘が神様の花嫁になれば、町の中で大きな顔もできるんだろうし、そういうことに張り切る大人っているよね。
そういうの、子供はいい迷惑だよねー。
「山神様が目覚めたら、一体どうなるのかな・・・・・?」
「かおる先輩・・・・・?」
山を見つめながら、かおる先輩はまるで独り言みたいに呟いた。本当に、独り言だったのかもしれない。
私が声をかけると、今ようやく私の存在に気が付きましたみたいに慌てる。
「あ、ああ。ごめん。余計なこと言った。今のは、忘れて。神様たちのことは、どのみち私たちがどうこうできることじゃないしね。なるようにしかならないよね。亜弓君のことは考えておくから。さ、行きましょ」
そう言って、今度こそ本当に校舎へ入る。
山神様、か。
目覚めたら、本当に十萌はどうなるのかな?
コノハは喜ぶだろうけど。
そうなったら、十萌神社の巫女神様や、巫女神様にお仕えする亜弓君たちはどうなるんだろう?
巫女神様は山神様のことをどう思っているんだろう?
目覚めて欲しいのかな。それとも、このまま眠り続けて欲しいのかな。
だとしたら、コノハとは完全に対立することになっちゃうんだよね?
神社で聞いてみたら、答えてくれるかな? 私に、何か、感じ取れるかな?
そして。
かおる先輩が心配しているのは、きっと。
山神様の花嫁は、どうなるんだろう?
って、ことだろう。
小さい頃に力を失ってしまったかおる先輩には、花嫁となる資格があるわけじゃないけれど、叶の娘として無関係じゃいられないよね。かおる先輩の子供とか孫とかが、花嫁にされちゃうかもしれないんだし。
もし。叶家に力のある女の子が生まれなければ、十萌の中から資格のある子を探さないといけないのかな。
ん?
あれ?
もしかして。
今、山神様が目覚めちゃったら、十萌で花嫁の資格がある女の子って、もしかして私?
しかも、かおる先輩と亜弓君のお父さんには、力のことはバレてるんだよね。
あれ? もしかして、私、ピンチ? 花嫁にされちゃう?
いや、でも。よそ者だし。
そもそも、まだ、山神様が目覚めるって決まったわけじゃないし。
おち、落ち着こう。
そうだ。十萌っ子の中に、資格のある子がいれば・・・・。小戸成市から引っ越してきた私より、生粋の十萌っ子の方が神様だっていいよね? そうに決まっている。
資格のある十萌っ子・・・・・。
亜弓君しかいないって、誰かが言ってた気がするな・・・・・。
亜弓、亜弓君・・・・。
巫女だけど、巫女だけど、男だし。
うう。
一つ心配事がなくなったと思ったら、新たな心配事が・・・・・。
コノハには悪いけれど、十萌の神様たちには、このまま現状維持の方向でお願いしたいと思います。