その12 魔法処女とは?
その小動物は、まるで自分の教室の様に当然の顔で2年生の教室にずかずかと足を踏み入れ、私の机の前で立ち止まると両手をバンと大きな音を立てて叩きつけた。
小動物こと、まゆり先輩だ。
小学生みたいな小柄な体とくりくりした瞳が、なんかリスっぽい。見た目だけなら愛玩したい可愛らしさだ。
しかし。
いつかもあったな。こんなこと。
全身から怒りのオーラを立ち昇らせている、まゆり先輩。
えーと。今度は、一体何を怒っているんだろう。
「どういうつもり?」
「え、と?」
今回も亜弓君がらみなんだろうけれど、理由が全く分からない。ここ一週間、亜弓君とは顔を合わせていない。まゆり先輩としては願ったり叶ったりな状況のはずなのに、何を怒っているんだろう。
「ここのところずっと元気がないの。メールはしてるけど、ずっと会ってないってどういうこと!? 中途半端なことしてないで、ちゃんと白黒つけなさいよね。あとのことは、あたしが引き受けるから、遠慮しないで潔く身を引いてもらって構わないから。いい? ちゃんと本人に会って、話をつけるのよ。いい加減なことしたら、祟るから!! 話はそれだけよ。じゃ」
言いたいことだけ言うと、返事も聞かずに教室を出ていく。
結論を言うと、まゆり先輩に言われるまでもなく、昨日の夕方にメールして今日の放課後、会う約束になっているのだけれど。
亜弓君に元気がないのを見かねてのことのようだ。今回の襲撃は。
まゆり先輩はまゆり先輩なりに、本当に亜弓君のことが好きなんだな。だからと言って、亜弓君のことをお任せする気はないけれど。
それにしても。
そっか。亜弓君、元気がなかったんだ。
胸の奥が、少しだけきゅうんとした。
悪いこと、しちゃったな。もっと早くに、勇気を出して、会おうってメールすればよかった。
・・・・・・・・自分のためにも。
クラスのみんなの遠慮がちかつ好奇心に満ち溢れた視線が全身に突き刺さりまくる。
今後は、まゆり先輩に介入のすきを与えないようにしなければ。クラス中に私と亜弓君のことを実況中継されてしまう・・・・・。
十萌神社で待っている。
それが、見学を再開したいっていうメールへの返事だった。
いつも、中学の校門前で待っていてくれたのになと、ちょっと不思議には思ったけれど、そんなには気にしていなかった。
校門前だと人目もあるし、久しぶりに会うのにみんなに見られるのも恥ずかしいもんね。
くらいに思っていた。
大きな間違いだったって、すぐに思い知らされるんだけど。
昨日、草摩さんから聞いた話は、亜弓君のお父さんには伝えてある。ざっくりとした内容のメールをしたら、向こうから電話がかかってきたので、直接伝えた。
古い神様のそばに行きたいっていうコノハの思いと、草摩さんが亜弓君に敵対する割と個人的なしょうもない理由について。包み隠さず話したよ。
コノハについては、とりあえずおじさんにお任せすることにした。そして、肝心の亜弓君のことについては、そういう理由なら仕方がないね・・・と言われてしまった。何が仕方がないのか、よく分からないけれど。男同士、通じ合うものがあるのだろうか。
そして、再び、『亜弓のこと、頼むね』とお願いされてしまった。
私もどうにかしたいとは思っているし、お願いされるのは別に構わない。
構わないんだけれど、でも。
具体的にどうしたらいいのかって話になると、全く役に立たないのはどういうことなの? 元はといえば、おじさんのせいなのに。
結局。いい考えは出ないまま。
まあ、再開していきなりデリケートな話をするのもどうかと思うので、今日はコノハの話だけをしようと思っている。
亜弓君の心を傷つけずに、魔法処女という幻想を打ち砕くにはどうしたらいいんだろう?
傷を恐れずに、真正面から「それ、おじさんのねつ造だから!」とか言っても、「何言っているんだよ」で終わりそうな気がするし。
おじさんが自分で言えば、さすがに信じるしかないと思うんだけれど。
おじさんは恨まれても、神様への思いは変わらない・・・・・はず・・・・。
いざとなったら、それしかないかな。
でも。もう少しだけ、考えてからにしよう。
この方法は、亜弓君の心にも大きな傷を残しそうだから。
神社に着くと、予想通り亜弓君は先に来ていた。
お社の傍の、樹齢何百年とかいってそうな大きな木の幹にもたれかかって、じっと空を見上げている。
いつもの、巫女姿だ。
ああしていると、草摩さんが一目ぼれするのも仕方ないくらいの美少女ぶりだ。
神様へのご挨拶を先に済ませてから、亜弓君の待つ木の傍へと近づいていく。
亜弓君はまだ、空を見上げている。
私がいるって、気づいてない?
考え事でもしているのかな。
いつもなら、優しい微笑みを浮かべながら私を待っていてくれるのに。
不思議に思いながらも近づいていく。
なんて、声をかけよう?
そっと隣に立って、私より少し背の高い亜弓君を見上げる。
亜弓君の視線が、ゆっくりと降りてくる。
「葉月・・・・・」
亜弓君の唇が震えて、そして、次の瞬間。
私は。コスプレ巫女男子に壁ドンされていた。
いや、この場合、木ドンか?
あっという間だった。
木に押し付けられて、亜弓君の両手で逃げ場をふさがれている。
正直。何が起こったのか、分からなかった。
雰囲気が、甘い感じのソレではない。
今にも、尋問が始まりそうな感じ。
え?
ええ?
もしかして、悪い妖か何かに洗脳されちゃったとかじゃないよね?
動揺して震えまくっていると、いつもより低めの声が聞こえてきた。
「葉月は、ああいう強引なタイプが好きなのか?」
「え・・・・・・?」
思いもよらないセリフに、震えも止まった。
まじまじと亜弓君を見上げる。
なんか、表情がないんだけど。顔立ちが整っているので、人形みたいに見える。
え、と。もしかして、怒ってる?
あれ?
ああいう強引なタイプって、草摩さんのこと?
もしかして、昨日、草摩さんに会ってたところを見られた!?
てゆーか、それしかないよね!?
も、もしかしてこれは、甘い感じのソレだったりするの?
「ち、ちちちちち違うから! え、ええええええと、その。草摩さんは、夏希ちゃんの大事な人だから! 謝りたいっていうから、じゃあ、ついでにコノハのこととか、いろいろ話を聞けたらと思って、それだけだから!!」
草摩さんとの関係を全力で否定するあまり、勝手に夏希ちゃんとの関係をねつ造してしまった。い、いや。草摩さんは夏希ちゃんにとって、大事な幼馴染だよね? うん、大丈夫。大体、合ってる。
夏希ちゃんまで巻き込んで必死に説明したけれど、亜弓君はまだ無表情なままだ。
本当に人形みたいで怖いから、早く人間に戻ってほしい。
「草摩さんって、呼んでいるんだ・・・・」
「え? いや、それは。それが、十萌流じゃないの? 私がこの町に馴染んできた証というか」
十萌町には同じ苗字の人がいっぱいいるので、基本的に名前で呼び合う習慣があるんだよね。私もすっかりそれに慣れてきたので、特に違和感なく『草摩さん呼び』してたんだけど。
亜弓君の眉間にしわが寄った。
こ、これは。いいの? 悪いの? どっち?
「でも。よく知らない男と、二人きりで会うなんて・・・・・・。あいつに会うなら、せめて、連絡くらいしてくれても・・・・・」
あ。なんか、急に独り言みたいにぶつぶつした感じになった。
人間に、戻ってきている感じがする。
こ、これは。回復に向かっている!?
よし! もうひと押し。
「さすがに二人きりでは会わないよ。夏希ちゃんも一緒にいたから。コノハとか神様の話を聞かせるわけにはいかないから、少し離れたところで待っててもらったんだよ」
「そう・・・・・だったのか?」
「そうだよ」
「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」
そのまま。見つめあう。
風が、二人の間をすり抜けていく。
頬にかかった髪の毛をかき上げる。
そして。二人で我に返った。
「う、うわっ! オ、オレ、ごめん!」
「え? いや、う、うん」
亜弓君が慌てて飛び退る。顔を赤くして、私から視線を逸らしている。
私も今更のように照れが襲ってきて、落ち着かなく何度も髪をかき上げたり、なでつけたり。
この反応。
もしかして、期待してもいいんだろうか? どうなんだろうか?
今まで、全く意識していなかったとしても。草摩さんとの仲を誤解したことにより、一気に女の子として気になり始めるとか言う王道展開が、絶対にないとは言い切れないよね!?
その後は。
ぎこちなく、目を合わせては慌てて逸らし、みたいな。付き合ったばかりのカップルみたいなことを延々と繰り返して。
話さなきゃいけないことがあったことがするけれど、それどころではないというか。
このまま朝になっちゃうんじゃ・・・・と思い始めた頃、私たちを止めてくれたのはキリちゃんたちだった。
そう!
キリちゃんたち!!
手乗りサイズの小さいキツネが3匹。いつの間にか、亜弓君の足元に集まっていて、ちょこんと座って私を見上げている。
ふわふわの尻尾。
つぶらな瞳。
ああ! モフりたい。
手を伸ばしたくてうずうずするけれど、逃げられたら悲しいので我慢する。
「あ、亜弓君・・・・・これは・・・・・?」
「あー、これは・・・・」
伸ばしかけた手をフルフルさせていると、亜弓君はバツが悪そうに頭をかいた。
「キリの兄弟たちだよ。葉月が、葉月が水月のことを好きなら・・・・・・・・。もう巫女活動には付き合ってくれないんだろうなって思って。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それで、葉月、キリのこと気に入っているみたいだから・・・・・・・・・・・・・・・」
え?
これ、もしかして、御使い接待!?
そういうことなの?
って。いや、そこは自分で勝負しようよ?
いやいや。それとも、私のことを女の子だと意識してのことじゃなくて、単に活動仲間を失いたくないだけ・・・・なのかな? やっぱり。
うーん。激しく、微妙。
・・・・・・・・魔法処女は女の子と付き合っちゃいけないって思っていたりしないよね?
・・・・・・・・・・・・・。
これは、確認せねば。
あれ。でも。こんなこと聞いたら、まるで私が亜弓君のことを好きみたいじゃない? いや、そうなんだけど。でも!
「亜弓君にとって、魔法処女ってなんなの?」
少しずつ核心に迫っていこうと思って、質問してから気が付いた。
ちょっと、唐突すぎた!
亜弓君は、何度か瞬きを繰り返した後、さっきまでの狼狽えぶりが嘘みたいに、透き通った瞳で答えてくれた。
「魔法処女は十萌の神様から授かった、町を守るための大切な力だ。そして、神様のご加護をいただいた、この魔法処女の巫女装束を身にまとうことを許されるのは、穢れなき処女のみ! だから、オレは決して水月に屈したりしない! 変身して町のために戦う魔法少女たちの様に、オレも最後まで十萌のために戦い抜いて見せる!!」
瞳をキラキラさせて、拳を熱く握りしめての力説。
うん。でも、よく分からなかった。
魔法少女とか、いらん成分が入っているから訳が分からなくなってるんじゃないのか?
いや。抜いても、男なのに処女とか巫女とか言ってる時点で、何か間違っている。
てゆーか。亜弓君は、実は結構、魔法少女が好きだったりするんだろうか?
魔法少女に憧れているから、魔法処女にこだわるのかな。
亜弓君のお父さんは、魔法少女アニメが好きだっていうし、その洗脳を受けている亜弓君が魔法少女を好きでもおかしくはない気がする。
亜弓君が一人で熱くなってくれたおかげで、ぎこちなさはすっかりどこかへ行ってしまった。キリちゃんの兄弟とも、ちょっとだけ戯れることができて、少しだけ幸せな気分を味わった。
うん。でも。
そんなこと、してる場合じゃなくて。
草摩さんに勝たなくてもいいから、目を覚ましてほしいんだよー。
魔法処女の夢から、醒めて欲しい。
だけど。どうしたらいいのかは、結局分からないままだ。
せめて。誰か相談できる人がいればな・・・・。
いい案が浮かぶかもしれないのに。
そもそもの原因のおじさんは、全く役に立たないし。
もう、いっそのこと、放っておこうか・・・とかも思うんだけど。
やっぱり、亜弓君には。
あの、曇りのない眼差しで十萌町を守るために頑張ってほしいとも思うわけで。
あと。純粋に、白い手袋にカンチョーされる亜弓君とか見たくない。
だから、やっぱり。
なんとか。
私が、なんとかしないと。