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その11 その真相は知りたくなかった

 私はダメな子だった。

 亜弓君の心と純潔を守るって、誓ったのに。

 巫女活動見学を再開しますメールを送れないまま、そろそろ一週間。

 夏希ちゃんのおかげで、水月草摩が当分十萌には現れないだろうというのもあって、たった一言の簡単なメールが送れないままでいた。

 いや、ぽつぽつとメールのやり取りはしているんだよ?

 でも、活動再開は伝えられないまま。

 そろそろ、一週間。



 決意した時に、勢いのままメールしちゃえばよかったのに。

 少し気を落ち着けてから、とか思ったのが間違いだった。

 落ち着いたら落ち着いたで、気持ちを自覚したが上の気恥ずかしさが前面に自己主張してきてね!?

 見学を再開するから会いたいって、それだけの簡単なメールなのに、なんかドキドキして指が震えて送信できなかったんだよう!

 晩御飯もお風呂も宿題も済ませて、いざメールを打ち始めたはいいものの、後は送信するだけのところで指が止まる。震えてたけど、止まる。

 夜中に携帯を握りしめてプルプルしている姿を、誰にも見られなくてよかった。たぶん顔が赤くなって、湯気とか出てたと思う。

 会いたいけど、会うのは恥ずかしい。

 そもそも。会っても、まともに顔を見れるんだろうか?

 とか。

 ぐるぐるしだして、結局あきらめて寝た。

 それでも。夏希ちゃんから聞いた話とか伝えないといけないと思って、一応メールはした。肝心なことは書いてないけど、メールはした。

 情報を交換し合うだけの事務的なメールなメールをぽつぽつとやり取りして、そろそろ一週間が経つのだ。

 最初のメールを送るときに、ちょっと一言書き足しておけばよかったのに。

 一体、私は何度同じような後悔をすれば気がすむのか。

 このままでは、いずれメールのやり取りすら途絶えてしまいかねない。

 危機感を抱いた私は、思い切った計画を実行することにした。





 水月草摩と幼馴染だという夏希ちゃんのおかげで、分かったことがある。

 水月草摩のお母さんの、結婚前の名前は葉山春奈。

 亜弓君にメールでお知らせしたら、しばらくして詳しい情報が返信されてきた。

 元ヤンだったという夏希ちゃんのお母さんと仲がいいっていうから、大体予想はしていたけれど、春奈さんもやっぱり元ヤンで、お家の人とはあんまり仲が良くないらしい。

 高校卒業後は、小戸成市で暮らし始め、十萌町には一度も戻ってないらしい。なので、結婚したらしいという話は聞いたことがあるけれど、相手がどんな人とかはさっぱりだったみたいだ。

 そして。水月草摩がコノハと呼んでいた黒いキツネ。あの子は、十萌山で眠っている古い神様の御使いで、十萌と関係があり霊感があるっぽい水月草摩を利用しているんじゃないかって考えているみたいだった。


 十萌山に祀られている古い神様は、神の花嫁と呼ばれていた自分に仕える巫女を穢されたことを怒って、十萌を祟るようになってしまった。花嫁に選ばれなかった5人の乙女たちが命をかけて神様を鎮め、古い神様は十萌山で眠りについた。5人の乙女たちは十萌山の麓に祀られて、十萌の新しい神様となった。


 これが、新しい神様を祀る十萌神社に伝わる伝承だ。細かいところではいろんな説があるらしいけれど、ざっくりとした筋は大体こんな感じ。

 水月草摩は新しい神様のことを、裏切り者で偽物な神様と言っていた。

 確かに、古い神様から新しい神様に代わってはいるけれど、十萌神社の伝承を聞く分には、裏切りとまでは思えない。

 水月草摩は、コノハから別の物語を聞かされているんじゃないかって、亜弓君は言っていた。

 コノハが古い神様の御使いなら、神様が交代した時のことを知っている可能性がある。

 もしかしたら、十萌神社の伝承には語られていない何かがあって、そのことを恨んでいるのかもしれない。それとも、古い神様が眠りについたことを逆恨みしているだけなのかもしれない。

 キリちゃんたち新しい神様の御使いは、その時のことは知らないみたい。知っていたとしても、なんとなくの意思疎通はできても会話はできないので、結局詳しいことは分からなそうだけど。

 あの時。コノハは人の言葉をしゃべっていた。

 キリちゃんたちより長生きしているらしいので、その分賢いのかもしれない。単に、キリちゃんたちより力が強いせいかもしれない。

 そう。コノハのほうが力が強いのだ。新しい神様の守っている十萌町の中でなら、ギリギリいい勝負ができるくらいだと言っていた。この間、コノハの結界? を壊すことができたのは、私が水月草摩の脇腹をくすぐってアレされてひっぱたいた一連の流れにコノハが動揺したおかげらしい。

 当分は来ないと思うけど、でも。次にあのコンビが襲ってきたら、私たち巫女チームでは対抗できないかもしれない。

 亜弓君のお父さんは、何とか話し合いで解決したいと言っていた。そのために、今、古い神様について調べていて、亜弓君もそれを手伝っているみたいだ。

 本当は、その結果を待った方がいいんだろう。

 でも。私は、水月草摩に話を聞いてみようと思う。

 コノハではなくて、水月草摩に話を聞いてみたい。

 コノハからどんな物語を聞かされたのか。どうして、コノハに協力しているのか。

 たぶんだけど、私一人のほうが、いろいろと話が聞けるような気がするのだ。

 亜弓君だと話すより前にケンカになりそうだし。

 二度と会いたくないと思った水月草摩だけれど、一週間近く経って少し気持ちも落ち着いてきたし、何より亜弓君のためだ。

 頑張る!

 それに、この計画には続きがあるのだ。

 水月草摩の話は、メールじゃ治まりきらない内容になると思う。

 なので。

 水月草摩の話を伝えるという名目で、亜弓君に会うという計画!

 この大事な話を亜弓君に伝えないわけにはいかないし、これなら会おうってメールを送れるはず。で、話が終わったら、見学を再開するって伝える。

 うん。完璧!!






 日曜日。

 私は夏希ちゃんと、小戸成市の公園に来ていた。水月草摩に会うために。

 話を聞くから一人で来てって、夏希ちゃんから伝えてもらった。

 一人でっていうのはもちろん、友達を連れてくるなという意味ではなくて、コノハを連れてくるなという意味だ。

 水月草摩は伝言の意味を正しく理解してくれたみたいで、ちゃんと一人で来てくれた。コノハの姿は見当たらない。見えないところで様子を窺っているのかもしれないけれど、私も夏希ちゃんについてきてもらっているので、人のことは言えない。

 何かされると思っているわけじゃない。

 夏希ちゃんも、悪いやつじゃないって言っていたし、水月草摩というより夏希ちゃんを信じる。

 でも、やっぱり、そうは言っても、二人きりになるのはまだ怖い。

 だから。夏希ちゃんには、話が聞こえないくらいのところで待機してもらっている。

「この間は、すまなかった」

 挨拶を済ませて、夏希ちゃんが離れていくのを見送ってから、水月草摩は深々と頭を下げた。

「もう、いいよ。私もひっぱたいちゃったし。当たった後、揉まれたっぽいのがちょっと納得いかないけど・・・・」

「あ、あれは、はずみで! 決して、いやらしい気持ちがあったわけじゃ! 何か柔らかいものに触ったから、確認しようと指が動いただけで! その時は、なんだか分かってなかったから!!」

 真っ赤になってまくし立てる水月草摩を、私は逆に落ち着いて観察していた。

 目つき悪いし襲撃してくるし、怖い人かと思っていたけれど、こうしていると普通の男の子に見えるなー。

 なんだか分かってなかったとか、聞き捨てならないセリフも混ざっていた気もするけれど、そこは追及しても自分が悲しくなるだけなので、とりあえずスルーしよう。

 それに、まだ成長期だし。きっと、これから大きくなるはず。未来を信じて!

「胸を揉まれたことは、夏希ちゃん免じて許してあげる。許してあげるから、代わりに聞きたいことがあるの」

 水月草摩の言い分については、信じてあげてもいいかなと思っているけれど、私はあえてそういう言い方をした。一応、辺りに人通りがないことを確認してから。

 水月草摩の罪悪感に付け込んで、いろいろ聞いちゃおうという作戦。

「分かった。何でも聞いてくれ」

 動揺しているところに畳みかけたら、こっちに有利に話を進められるかなーと思ったんだけれど、思った以上にうまくいった。

 水月草摩は拍子抜けするくらいにあっさりと、こっちの申し出に応じてくれた。

「コノハは、十萌の古い神様の御使いなんだよね? 水月・・・・さんとコノハは、どういう関係なの?」

 ゆでだこの様になって動揺していた水月草摩だったけれど、質問を聞くと、一瞬で冷静になった。

 切り替え、早!

「草摩でいい。・・・・そうか。あんたは、コノハが見えるんだな」

 そう言って、じっと私を見つめる水月草摩の瞳の奥で、何かが揺れた。

 なんとなく、分かった。

 水月草摩にとってのコノハは、私にとってのおばあちゃんで、亜弓君にとってのお父さんみたいなものなのだ。

「コノハは、十萌山で眠っている神様が、まだ神様になる前から仕えていたと言っていた。町の人間に頼まれて、花嫁を捧げることと引き換えに十萌を守る神様になったのに、その町の人間せいで山に封じられたって、随分恨んでいるみたいだった。それと、コノハとの関係・・・・・関係か。出会いがいつなのか分からないくらいに、小さい頃から当たり前みたいに一緒にいたからな。家族みたいなものかもしれない。コノハが妖って呼んでいる化け物から守ってもらったり、自分で身を守る方法を教えてもらったりした」

 ああ。やっぱり。

「コノハ以外に、草摩さんが、その見える人だって知っている人はいるの?」

「いや、いない。いなかった。あんたたち二人が初めてだ。小さい頃は、うっかりみんなの前でコノハに話しかけりしたこともあったけど、みんなそういう『ごっこ遊び』をしているだけだと思ってたみたいだな」

 チラリと夏希ちゃんの方を見て、水月草摩は優しく笑った。

 小さい子が、姿の見えないオトモダチに話しかけたりする、アレみたいに思われていたのかな。微笑ましく見守られていたようでなりより。家族や友達に気味悪がられるのはつらいもんね。

 思い切って、話してみてよかったなと思う。

 こうして落ち着いて話してみると、水月草摩は意外とちゃんとしている。ちょっと目つきが悪いだけで、中身はひねくれてない。

 それに。

 コノハに利用されているというか、コノハの言うことをすっかり信じこんで、十萌の巫女である亜弓君と対立しているのかと思っていたんだけど。さっき、コノハのことを語っていた水月草摩は、何というか、割と冷静というか客観的というか温度が低いというか。

 利用されているって感じはしない。

 うん。よく分からい。本人に聞いてみよう。

「草摩さんは、コノハの話を信じて、その、本気で何かしようと思っているの?」

「・・・・・・・小さい頃は、結構本気で信じていた。十萌に住んでる人間はひどいやつらだと思っていたし、いつか二人で、神社にいる神様をやっつけて、山で眠っている神様を起こしてあげようって思っていた」

「今は、そう思っていないの?」

 昔を懐かしむように目を細めていた水月草摩が、どこか遠いところから私へと視線を移す。

「十萌を恨むコノハの気持ちは分かるけど、本気で十萌の神様に何かするつもりはないよ。神社に行ってみて分かった。そもそも、あれは人間がどうこうできる相手じゃない。それに、町や山を守っているのは俺にも分かった。山の神様のことは、時に任せるしかないんだろうな。コノハも、本当は分かっているんだと思う。散々、俺に愚痴って少しは気が済んだのか、最近は、せめて近くで見守りたいってよく言っている。それくらいは、何とか協力してやりたいって思っているんだが」

 しんみりとした口調で水月草摩は語った。

 なんとなく、分かる気がする。

 きっと。大きくなって、一人で十萌神社へ行って神様を感じることで、考えが変わったんだと思う。

 元は人間だったのだとしても、今は十萌を守る神様なのだ。

 とても大きな存在で、なんかもう、次元が違うのだ。そして、優しい。十萌の町を、とりわけ古い神様の眠るお山を優しく守ってくれている。

 町を守るためにしかたなく古い神様と戦ったけれど、本当は大切に思っていたんだろうっていうのが分かる。伝わってくるのだ。

 水月草摩も、草摩さんもそれを感じたんだろう。

 だからせめて、近くにいたいって言うコノハの願いをかなえてあげようとしているのかな。でも。

「コノハは山の近くには行けないの?」

「ああ。神様が眠りについた後、神社にいる神様と戦って負けたらしい。それからは、神社の神様が守っている十萌には入れなくなった。最近は、山の近くじゃなければ大丈夫みたいなんだが。十萌に小戸成市からの移住者とかが増えたせいで信仰が薄れているせいか、もしかしたら山の神様が目覚めようとしているのかもしれない」

 おかしい。草摩さんが普通というかまともな人に思える。少なくとも、亜弓君よりは常識人だ。っていうか、なんかいい人だよね?

 亜弓君とバトってる時は、あんなに、あんなに・・・・・・・。

「あれ? 本気で新しい神様をどうにかしようと思っているんじゃなければ、なんであんなに亜弓君に対して突っかかるの?」

「・・・・・・・・・・・・・」

 草摩さんが無言になった。表情が固まっている。

 ・・・・・・・・なに?

「神社で、コスプレっぽい巫女姿の美少女を見かけた。次の日、十萌に住んでいるクラスメートから、それは隣のクラスの西山亜弓という男子だと聞いた。神様の声が聞こえるという理由で、男なのに十萌の巫女としてあの格好をしていると。それを聞いたコノハが、山の神の真似をしていると怒り狂って、あいつの邪魔をしてやれって言うから・・・」

 視線をそらし、苦々しい口調の草摩さんに、私はピンと来た。

 女の子だと思って一目ぼれしたら、実は男でしたってパターンじゃないかな。これ巫女姿の美少女って言ってたし。コノハがどうのっていうのも、本当なんだろうけど。

 一番の動機は、滅茶苦茶個人的なものだよ。

 裏切られたのは、草摩さんの男心だったんだね。

 とりあえず、そこはスルーしとこう。

「え、と。それで。なんで、あんな攻撃方法に?」

「ああ・・・・・。なんか魔法処女とかわけわからんこと言ってたから、処女なことに意味があるのかと思って。男なのに処女とか意味分からんけど。かと言って、男相手に本気でとか、俺もごめんだし。あれは、まあ。冗談のつもりだったんだけど、なんかいい反応するから、つい。あれなら、たとえ後で訴えられても、いたずらでしたで謝っておけば済む話だし。あんなことでコノハの気が済むならと思って」

「・・・・・・・・・・」

「あんたに免じて、もうしばらくは十萌には顔を出さない。でも、俺はあきらめたわけじゃない。こんなしょうもないことで折れるようなら、あいつの十萌の神様への思いは、そんなものだったってことだろう? あいつが本気で神様に仕える気持ちがあるのなら、本来、あんな程度のことで揺らぐはずがないんだ。そうだろう? 中途半端な気持ちで、十萌の巫女を名乗られるのは不愉快だ。今度は、邪魔するなよ」

 最初は、気まずそうに頭をかいていた草摩さんだったけど、最後は真剣な顔をしていた。

 言い終えると、軽く頭を下げてから歩み去る。

 夏希ちゃんの方へ向かっているようだった。

 挨拶をしてから帰るんだろう。



 どうしよう。

 何も、反論できない。

 そして、なんか。思っていたのと違う展開になった。

 草摩さんは亜弓君と同レベルに残念な感じで、古い神様のために本気でバトルを挑んできているんだと思っていた。これから、神様をめぐった壮大な何かが始まっちゃうのかもとか、ちょっとだけ思ってた。

 始まらなくてよかったんだけど。

 なんか、結構、個人的な理由だった・・・・。

 結局のところ。

 亜弓君は残念な子だなって、再認識させられただけのような気がする。

 いや。最初から、分かってはいたけどさ!?

 でも、おかげで冷静にメールを打てそうです。

 ドキドキは、どっか行った。



 草摩さんは、止められそうもない。

 となれば、後は亜弓君の方を何とかするしかない。

 てゆーか、どっちにしろ、あれは何とかした方がいいと思う。

 私が。

 私が何とかしないと。


 でも。どうすればいいんだろう?


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