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その1 魔法処女に勧誘されました

「オレと契約して、魔法処女になってくれ」


 赤と白の巫女巫女しい感じの、どことなく魔法少女っぽいようなアイドルっぽいような服に身を包んだ男の子は、道の上で座り込んでいる私の手を取ってそう言った。

 ピンチを助けてもらった私は、本来なら彼にお礼を言わなければならない、ならないはずなのだけれど、手を取られたまま固まってしまう。

 いや、服装的なこともそうなんだけど、この人なんか今アレなこと言わなかった?

 聞き間違い?

 聞き間違いかな?

 魔法少女って言ったんだよね?

 ・・・・・・・いや、それにしても、大分どうかと思うけど。

「斉藤葉月。オレと一緒に、魔法処女になって欲しい」

 聞き間違いじゃなかった!?

 そして、なんでこの人、私の名前知っているの? 名乗ってないよね、私?

 どうしよう。えーと、こんな時は、そう! 防犯ブザー!

 ・・・・・・・・・・・・・持ってない!!

 悲鳴をあげて助けを呼ぶ? ・・・・・・駄目だ、声が出ないよ。

 あー、どうしよう!? 今から、防犯ブザー買いに行っても間に合わないよね!?

 助かったと思ったら、救いの手がまさか新たな脅威になるとは。

 今日は厄日? 厄日なの!?

 どうしていいか分からずに、そもそもの原因である最初の災難について思い返してしまうのは、決して現実逃避なんかじゃないんだからね?



 まずは自己紹介をさせてもらおう。

 私は斉藤葉月。13歳。中学2年生。射手座のB型。

 どうやら他のみんなには見えていないらしい不思議なものが見えちゃう以外は、至って平凡な女子中学生だ。

 不思議なものって言うのは、幽霊よりはお化けというか妖怪みたいな感じなのかなぁ?

 アニメやマンガに出てくるみたいな妖怪には、遭遇したことがない。少なくとも、今のところは。

 私がよく見かけるのは、毛玉みたいなのが塀の上で飛び跳ねてたりするのとか、小人サイズの白い人影みたいなのがうろうろ歩き回ってたりするのだとか、あまり治安のよくなさそうな路地の片隅でゼリー状の黒い物体が気味悪くうごめいているのだとか、そんなの。

 レアなところだと、ふわふわでもこもこの手乗りサイズの白いキツネみたいなのとか。あれは、可愛かった。また会いたい。

 基本的に彼らは、こっちが変にちょっかいをかけなければ、襲いかかってきたりはしない。

 なので、珍しい野生動物や昆虫を見つけた、みたいな感じだ。

 他の人には視えないっていう、ただそれだけのこと。

 それだけのことなんだけど、一歩間違えると何もないところをじっと見ていたり、話しかけたりする変な人になってしまうので気を付けないといけない。




 去年の春。私の中学校への進学に合わせて、小戸成市のアパートから十萌町へ引っ越してきた。

 親戚から安く譲ってもらった土地に、家を建てたのだ。

 十萌町は前に住んでいた市に比べると、全体的に田舎というか山の中だった。なので、野生動物が多い。町中のいたるところに取り付けられたスピーカーから、クマやイノシシの目撃情報がしょっちゅう流れてくる。

 そして、不思議な生き物も多い。

 初めて見る子がいっぱいいて、あの白いキツネもそのうちの一人というか一匹だ。

 割とみんな人間には無関心で、襲い掛かってくるような危険な子にはあったことがなかった。

 だから、私は油断していた。

 そう。油断していたのだ。




 町に一つしかない中学は、十萌山の麓にあった。学校の向こうは、もうほんと裏山って感じだ。

 通学路の途中に、十萌山山頂へ続く山道の入り口があるのだけれど、入り口の脇には『野生動物注意!』の立て札がされている。一応舗装はされているし、車もギリギリすれ違えるくらいの幅もある。ぽつぽつと家が建ってたりもする。でも、山だ。クマとイノシシが住んでいる山なのだ。

 普段、私は一人で山道を登ったりはしない。特に用事もないし、クマとか出てきても怖いし、っていうのもある。でも、それよりも。山は町とは違う不思議な気配で満ちている。山の奥には出会ってはいけない恐ろしいものが潜んでいるような気がするのだ。

 そういう雰囲気というか、気配というか、なんとなくそう感じるだけなのだけれど。

 なのだけれども。

 今日、白い影が山道を少し上ったところの茂みの奥に入っていくのを見かけた私は、ついその後を追ってしまったのだ。白くて可愛い、あの子なんじゃないかと思って。

 ちょっと覗いてみるだけだから。そう、自分に言い訳しながら道路の脇にある茂みをそっとかき分けると、奥のほうにいた白い塊が振り向いて、目が合った。

 あ。コレ、まずいかも。

 目が合った瞬間、そう思った。

 慌てて、茂みから離れて道のほうへ駆け戻る。けれど、慌てすぎたのか路肩の段差に躓いて転んでしまった。

 恐る恐る後ろを見ると、ちょうど茂みの中からソレが顔を出したところだった。

 白くて大きなトカゲみたいな生き物。柴犬くらいのサイズのそれが、赤い舌をチロチロさせて、爬虫類特有の縦長の目が私をじっと見つめている。

 本能的に、獲物認定されたのだと分かった。

 逃げなきゃって、頭では考えているのに体は動いてくれない。

 頑張れ、私の本能!

 生存本能のままに勝手に動いて、私の体! 理性とか気にしなくていいから!

 しかし、願いもむなしく、動けないでいる私のもとにトカゲはゆっくりと這いよって来る。

 つま先まで、あと五十センチ。

 三十センチ。

 あー、もう駄目だ!

 ぎゅっと目を閉じた、その時。


「その子に手を出すな!!」


 知らない男の子の声と、バシイィッと何かを叩きつけるような音が聞こえてくる。

 驚いて目を開けると、丈の短い巫女っぽい衣装とシュウシュウと音を立てながら小さくなっていくトカゲが見えた。

 整った顔立ちをしているので、ボーイッシュな女の子なのかと思ったけれど、声は男の子のものだった。よく見たら、ちゃんと喉仏がある。

 目の前で起こっていることに頭がついていかず、ポカンとしていると、普通サイズに小さくなったトカゲがコソコソと茂みのほうに逃げていく。

「もう、悪さするなよー」

 巫女っぽい子は片手を腰に手を当てて、それを見送っている。もう片方の手は、ハリセンを握りしめていた。

 白いハリセンの付け根の部分には赤い紐が結ばれている。たぶん、あのハリセンでトカゲを叩いたんだろう。

 なんだかよく分からないけれど、とにかく助けてもらったことは確かなわけだし、お礼を言わなければと思ったところでの冒頭のセリフである。

 そりゃ、固まるってもんだよね?




 一難去って、また一難。

 トカゲの次は変質者。

 右手をつかまれたまま動けないでいる私に、巫女服(ミニ丈)の男子は困ったように微笑みかける。

 あれ? もしかして、悪い人じゃないのかな?

 服装はもしかしたら宗教的な理由があるのかも知れないし。

 それとも。

 もしかしたら、今そういうアニメがやってて、コスプレとか、そういうの・・・とか?

 いや、でも。知り合いでもないのに私の名前を知ってるし。コスプレ好きの変質者?

 一人で混乱している私を見かねて、巫女男子が何か言おうと口を開きかけた時、ガタガタという振動音が道の下から聞こえてきた。

 トラクターが道を上ってくるのが見える。首にタオルをかけ帽子を被ったおっちゃんが運転している。

 これは、もしかして天の助け!?

 助けを呼ぼうとして、我に返った。

 助けを呼ぶって言っても、何て言えばいいんだ?

 現状、まだ何かされたわけではない。いや、むしろ助けてもらったし。

 えーと。

 うーん?

 考えても考えても、何も思い浮かばない。

 そうこうしている内に、トラクターが近づいてくる。

 ああ、どうしよう!? このままじゃ、せっかくの天の助けが行っちゃうよ。

 と思ったけれど、不要な心配だった。

「おーう、亜弓君。パトロールか? いつもご苦労さん」

 おっちゃんは気さくに話しかけてきた。巫女男子に。

「あ、護さん。お疲れ様です」

 君たち知り合いなの? もしかしてグル?

「なんだ、そっちの嬢ちゃんはケガしてんのか? 亜弓君。ちゃんと送ってったり」

「はい。もちろんです」

 トラクターは止まることなく私たちの横を通り過ぎていく。

 そういえば膝がズキズキするな、と見下ろすと、両膝が擦り剥けて血が出ていた。

「あ。もしかして、傷が痛くて立てなかったのか? 気が付かなくて、ごめんな」

 巫女男子が申し訳なさそうに謝ってくる。

 その様子に、私は少しだけ警戒を解いた。

「いえ。大丈夫です。あの、ありがとうございました。そ、それで、どうして私の名前を知ってるんですか? ・・・・・・・・・・あと、魔法処女ってなんですか?」

 言わなければならないことを言ったあと、畳みかけるように疑問に思っていたことを聞いてみる。

 ・・・・・・ちょっと、性急すぎただろうか?

 けれど、巫女男子は特に気を悪くした様子もなく、照れたように笑った。

「あ。ごめん。一方的だったよな。オレは西山亜弓。3月までは十萌中学校に通ってたんだ」

 あー。そういうことか。

 そうだった。

 この町は、狭いんだった。

 町に一つしかない中学校は、一学年に一クラスしかないのだ。

 言われてみれば、どこかで見たことあるような気もする。

 元々、人数が少ない上に、私は小戸成市からの新入生。つまりはよそ者なわけで。いろいろ注目されていたらしい。

 なのでまあ。

 十萌中の卒業生なら、私の名前を知っていてもおかしくはない。

 うん。納得。

「魔法処女については、ここで話すのもなんだから、傷の手当てをしてからにしよう。オレの家、すぐそこだから」

 え?

 いきなり家にご招待ですか?

 さすがにそれは遠慮します。




 とか何とか言っていたわけですが。正確には、思っていたわけですが。

 結局、私は西山家で傷の手当をしてもらい、ちゃっかりおやつなんかをいただいていたりします。

 粒あんのおはぎ。上に黄な粉がふりかけてあるの。べたっとしてないから、お皿に盛りつけてからふりかけてくれた感じ。

 巫女男子のおばあちゃんの手作りなんだって。

 ・・・・・・・・・・・いや? そんなつもりじゃなかったんだよ?

 ちゃんと、遠慮したんだよ?

 だけど、巫女男子の家は本当に山道を下りたすぐのところで、方向が一緒だったし。早く消毒しないとって言われて家まで連れて行かれたところで、巫女男子のおばあちゃんが出てきて、あれよという間に傷の手当てをされて、茶の間に連れて行かれておやつを振る舞われているという、そんな状況。だって、お年寄りには逆らえないし。

 けがの手当てはおばあちゃんがしてくれた。

 手当が終わって、茶の間に座らされてお茶が入ったところで、私服に着替えた巫女男子(元)がやってきた。

 紺色のVネックのシャツにジーンズ。こうしていると普通の男子に見える・・・・というか、むしろ爽やかな感じでちょっとかっこいいかも。

 この格好の時に助けてもらっていて、アレな発言がなければ、うっかり恋に落ちてしまっていたかもしれない。

 せっかくの出会いなのに、何てもったいないんだろう。

 私とてお年頃の中二女子。一度くらいかっこいい男子と恋愛をしてみたいという願望はもちろんある。素敵な出会いにも憧れはある。

 でも、どんなにかっこよくても「魔法処女」とか言ってる巫女男子とは、出会わなくてもいいかな。

 巫女男子が私の前に座ると、入れ替わりにおばあちゃんが出て行った。

「台所にいますから、何かあったら気軽に声をかけてね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 おっとりしているけど、割と押しの強い感じの人だった。あっという間に家の中に連れ込まれたし。巫女男子だけだったら、傷の手当だけで帰っていたと思う。

 ちなみにあの巫女服はおばあちゃんのお手製らしい。若い頃に洋裁を習っていたのよーって言っていたけど、巫女服って和裁じゃないのかな? いや、何がどう違うのか聞かれてもよく分からないんだけど。まあ、魔法少女風というかアイドル風にアレンジされているので、本物の巫女服じゃないんだろう。膝丈だったし。裾にフリルもついていたし。

 しかし。知らない男子と二人きりにされてもどうしていいのか分からないんだけど。どうしたらいいの?

 チラリと巫女男子の様子を窺うと、どうやら向こうも緊張しているようだった。

 自分の湯呑を両手で包み込むように持ち、じっとその中を見つめている。

 茶柱でも立っているんだろうか?

 しかし、いつまでもこうしていてもしょうがない。思い切って声をかけてみることにする。

「あ、ああああああああ、あの! お、お名前をお聞きしても?」

 あ。声が裏返った。

 そして、聞いてから気が付いた。さっき名乗ってもらっていた気がする。

「ご、ごめん。まだ名乗ってなかったかな? オレは西山亜弓。小戸成市の中央高校の1年生で、十萌の神様に仕える魔法処女だ」

 巫女男子は居住まいを正し、にこっと爽やかに名乗った。

 再び名乗らされたことについては、気にしていないようだ。よかった。

 しかし。中央高校か。結構、偏差値高いんじゃなかったっけ、あそこ?

 意外と頭いいんだな。

 性格もよさそうなのに。

 それなのに、なんか残念だ。

 魔法処女とかおかしなことを言いださなければ、むしろこっちからお願いしてお付き合いして欲しいくらいだ。そんな勇気ないけど。

「あ、遠慮しないで食べてくれ。ばあちゃんの作る菓子、すごくうまいから」

 はにかみながら進めてくるので、遠慮なく頂くことにする。

 うん。おいしい。

 疲れた心に沁みる甘さ。

「君のことは、入学してきた時から知っていた」

 あー。はいはい。珍しい小戸成市からの新入生ですもんね。

「君さ、他の人には見えないものが見えているよね? さっきの白いトカゲも、見えていたんだろう?」

 ハッとして巫女男子西山さんの顔を見つめる。

 そうだ。

 巫女男子服と魔法処女発言が衝撃的過ぎてスルーしていた。

 この人も、不思議な生き物が見えるんだ。

 そして、ハリセンでやっつけたりできるんだ。

「上手に妖たちとの距離をとるなぁって、思ってた」

 ふわりと微笑まれてドギマギする。

 いや、だって。かっこいい男の子に面と向かって微笑まれた経験とかないし。

「お、おおおおおばあちゃんが、見える人だったから、それで・・・・」

 なんだろう? のぼせてきた。もしかして、これが更年期障害?

「そうか。おばあちゃんの教えがよかったんだね」

「そ、そそそ、だと思います」

 巫女服を着ていてくれたほうが、まだ冷静にお話しできた気がする。

「オレも、父さんが見える人で。それで、父さんと一緒に十萌の神様にお仕えしているんだ」

 キリッと誇らしげな顔をする西山さん。

 ほけーっと見とれていたら、爆弾を落とされた。

「そ、それで。できれば、君も一緒に魔法処女として、オレたちの仕事を手伝ってほしいんだ」

 ちょっともじもじしつつ、でも真剣な顔で告げる西山さん。

 できれば、愛の告白とかをされてみたかったな。どうせなら。

 てゆーか。神様にお仕えする魔法処女のお仕事って、一体何?

 巫女さんは清らかな乙女じゃないといけないとか聞いたことあるし、だから処女・・・なのかな? とも思う。

 だがしかしだ。

 なんで、魔法処女なの? 魔法巫女じゃダメなの?

 てゆーか、普通に巫女でいいよね? この際、男子なのに巫女なのは置いといて。

 魔法って何? なんで、魔法少女みたいなノリなの?

 最後のほうは、うっかり口から出ていたらしい。

「神様に仕える巫女や神様に捧げる生贄は、清らかな乙女と相場が決まっている。つまり、神様は処女が好きなんだよ。そして、魔法少女は日本の文化だろう? オレは男だけれど、処女である限り魔法処女として神様にお仕えすることはできる。これからも、後ろの純潔は死ぬまで守り抜く!」

 いや。そんな当然のことだろうみたいに自信たっぷりの笑みで宣言されても。全く意味が分からないんだけれど。

 しかも、アレな内容なのに、どこか厳かな雰囲気を漂わせているのは何故?




 うん。これ、関わっちゃいけないヤツだ。

 早急にお暇させてもらおう。


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