2013/5/4 東京 八王子
____2013年5月4日 東京 八王子
「それじゃあ凛ちゃん、今から大阪にいくぜっ」
「はあ・・・じゃあ連れてってください」
「いやいや凛ちゃん、今からこの車で大阪なんてどんだけかかるんだよ」
「さあ・・・じゃあどうするんですか」
「ふふーん、それはこのオレが今日のために考案した凛ちゃん強化訓練に答えがある!」
「・・・あー・・なんか嫌な予感が・・・」
朝10時ごろのことである。今日は休日だ。それもただの休日ではない、ゴールデンウィークである。
凛は明石と出会うことさえなければこの日は心置きなくくつろいだり、公彦たちとどこかに繰り出したりして休日を満喫していただろう。だが凛は今、ウェンが運転してきて今は駐車場に駐車してある高級車に乗っている。
今日、凛はカンパネラから研修の任務を言い渡されている。5月1日に神山から今後の予定を言い渡されていて、まずはウェン指導のもと能力者としての基本的な身体能力の獲得、次にアリス指導のもと実践的な念動力を使いこなせるようにする。次にドミトリから基本的な能力加工を、最後に明石指導のもと簡単な瞬間移動ができるようにする。以上4つの研修を来月までに終わらせることが凛に与えられた最初の仕事だ。
「今から走りで大阪まで行く!目標時間は朝のうち!大阪までついたらオレが昼飯をおごってやるから頑張るんだぜっ」
「は?」
「はいはいそんなしけた顔しない!自分の能力を使って体を動かす喜びを知ることは凛ちゃんの今後の訓練にとって大きな助けになると思うぜ?」
「・・・東京の新幹線がどの程度で大阪につくか知ってます?2時間半ですよ?それより早く移動しろとか無理もいいところですよ・・」
「だ~か~ら、キミは普通の人間じゃなくなったんだから、それっくらいは余裕でできないとダメなんだよ。ほら、わかったらさっさと車から降りて」
「えーもうやだー、大体使わないんならなんで車に乗ってきたんですかぁ」
「それはほら、よく映画とかでナイスガイが待ってるレディを車で迎えに来てかっこいいセリフを言うシーンがあるじゃん?あれをやってみたかったんだって」
ウェンはますますしけていく凛を何とかなだめ、車から降ろす。
しばらくブツブツ言っていた凛だったが、結局これからは凛がウェンにタメ口を使ってもいいという譲歩でウェンは彼女の機嫌を治すことに成功した。これはウェンがダメ元で提案したことだが、彼女はすんなりと受け入れた。あまりにすんなりと解決したため、彼はなにか裏があると勘ぐってしまうほどだった。
「あ、そうだ、私の携帯番号が存在ごと消されてたんだけどなにか知らない?カンパネラが何かしたの?」
思い出したように凛がウェンに問いかける。
「ん?あーそれはなんか明石が言っていたけど、凛ちゃんが肌身離さず待っていたせいでまだ制御できていない能力の影響を受けてそうなってるとか何とか」
「え?私が自分でしてたの?・・・と言うかあの人はなんでそんなことまで知ってるの?・・怖いんだけど・・」
「まあそういうことになるな。しかし無意識でもはじめからそんな芸当ができるなんて、凛ちゃんはそっち方面に才能があるのかもな」
「ふーん・・そう・・」
「まあ今は実感なんてわかないだろうけどな!考えるだけムダムダ!」
(・・陸奥凛・・まあアイツが買うだけのことはある逸材なんだろうけど・・)
少しウェンは間をおいてから凛に諭すように話す。
「凛ちゃん、俺からのお願い・・まあそんな仰々しいモンじゃないけど、君はアイツみたいになってはいけないよ」
「?・・ええと、それはどういう意味で?」
「そのままさ、凛ちゃんが"ケンカ"を楽しむような人間にはなってほしくないってこと」
「・・・もちろん、わたしはそんな能力者になるつもりはないわ」
(できればさっさと足を洗いたいぐらいよ)
それを聞いたウェンは安心そうにつぶやく。
「うん、それならいいんだ・・それなら・・」
妙な違和感があった。その時、ウェンは遠くを見つめ、過去の話をしているようだった。
しかしそのことに凛は気づいていない。とにかく、目下自分には自力で東京~大阪間を走破するというあり得ないほどきつそうな課題が立ちはだかっている。それをいかにして処理していくか、ということで頭はいっぱいだった。
ウェンが合図をしようとする。
「よし、それじゃあ東海道走破、始めy・・・・」
「ムツリーーーーーーーーーーーーーーン!!!」
ウェンが言葉を発しようとしたその時、高級車からあからさまな破壊音が炸裂する。
どうやら真上から人が落っこちてきたらしい。
「ああああああああああオレが初めて買った車があああああああ!!」
ウェンが絶叫する。
「はあ、っはあ、ムツリン、助けに来たぞ!」
「え、礼子!?」
「俺もおるでええええええええええええ!!」
もう一度上から人が降ってくる。しかし今度は車の上でなくアスファルトの上に落下していく。
短い悲鳴とともにアスファルトに激突した人物はもんどり打って苦しんでいたがすぐに立ち上がり
「はあ、はあ、凛ちゃんをどこかに連れて行くなら、俺らも後を追うで!俺らの見てない所で凛ちゃんに何するかわからんからな!」
「公彦も・・なんでここにいるの?と言うかどうやって上から降ってきたの?大丈夫なの?」
「ムツリン、お前は私達に迷惑をかけまいとして極力私達と関わらないようにしていたのは知っている」
「けどな、お前が欠けるような事があってはいけないんだ。今までずっと3人でやってきたじゃないか」
「だから凛、私達もお前と同じ場所に立つために、能力を磨いた!」
「凛、もう私達との縁は絶対に切れないぞ」
「礼子・・・」
怒涛の勢いで礼子が凛にまくし立てる。
礼子と公彦は以前のカンパネラの面々とあった時に、自分たちもミレニアムノアーのセンスが凛によって誘発され、能力者になりかけていることを知っていた。礼子と公彦は凛を孤独から救いたい一心でその能力を自力で開花させたのだ。
「よし、異議はないな、ウェンさん。俺達もついてくで」
「ま、まって・・・れ、礼ちゃん・・・ま、まずこの車を廃車にしたことへの謝罪がまだ・・」
呼吸が整えられないウェンが礼子に謝罪を求める。
「あーそれは、まあ、ゴメン。こっちも焦っていたし、それにまだ跳躍の練習が不完全で・・・」
と、適当に謝られる。普通なら怒るところだがウェンはそうせず、それよりも新車の死を悲しんでいた。
「まあ新しいの買おうよ。"アングラマネー"って言うのでお金は有り余ってるんでしょ、ね?」
なんとなく気の毒に思った凛はウェンにそう言って励まそうとする。
「こっっっら!凛ちゃん変なコト言うな!」
「えーでも前にアリスさんが言ってたよ?」
「な、なんてことを吹き込んでるんだよアリスはあぁぁぁ!」
「やっぱり、俺が睨んだ通り、まともな奴らじゃないと思ってたんや」
「ち、違う・・そんなことはない。カンパネラは断じてそんな組織じゃないぜ・・」
ウェンは呼吸を整えて真面目な口調で弁解をする。
「カンパネラの目的は1つ、世界の組織間抗争を撲滅すること。それだけ」
「?・・どういうこっちゃ?」
「そのままの意味で今、世界中で同じミレニアムノアーズ同士が争っている。それは主義や思想のためでもあるし、単なる縄張り争いでもある。俺達はそういった組織間抗争における武力衝突を未然に防ぐことを目的として設立されたんだぜ。具体的には多数の組織間交渉の仲介なんかがあるな。
言えば祝杯と平和の"鐘(campanella)"を鳴らすことが組織の存在目的ってこと」
「ほーん、じゃあヤクザやなくて警察や裁判所みたいなもんかな」
公彦がなんとなく理解するが、凛はここで疑問に思ったことを聞く。
「・・・そんな組織がどうしてほかの組織を襲撃して、さらに都市を乗っとったりするわけ?」
「う・・・」
ウェンが固まる。
「ま、まあそれは・・その理由は・・・」
「・・?なんとか言ってよ」
「・・・・・・知らん!!」
堂々と言ってのける。
「はあ?」
「カンパネラの意思決定はすべて神山のおっさんに任されてるからな!俺みたいなペーペーがそんなことを知る必要もないってことだ!」
そう言うとウェンは絶句してる凛を自分の前に立たせる。
「・・よし、人払い展開完了っと。じゃあ凛ちゃん、意識を集中させて、最初はなかなか安定したペースで出力できないだろうけど所詮は慣れ次第だから、とにかくひたすら能力を使っていこうぜ」
____2013年5月4日 静岡
「ぜぇーっ、はーっ、はー・・んっ・・んんぅ・・・」
凛は東海線の沿道にぐったりと横倒れている。ここまで慣れないままの高速移動で何とか移動してきたが、どうやら余分な力を使って走っていたようでもうヘトヘトだった。
そばには礼子と公彦が心配そうに見守っているが、手を貸そうとはしない。それはウェンが2人に言い渡した、凛に付き添うための条件だった。
「凛ちゃんに今必要なのは"一人で成し遂げた"という実績なんだ。実践的な能力云々の前にこういったことをさせないと、正直力は付かないと思う。だから2人は凛ちゃんに直接的な手助けはしないでほしい。分かった?」
ウェンは2人にそう言い、先に大阪で待つといって一人先に消えていった。
「うーん、凛ちゃんの動きはなんというか・・・まだ一般人っぽさが残ってるねんな・・・」
「どうだ、感覚はまだつかめないか?」
仰向けに倒れている汗まみれの凛を覗き込みながら、汗ひとつ書いていない2人が言葉をかける。
「はーぁ、はーぁ・・もう、ムリ・・」
「へい、しっかりしっかり。私達にできてムツリンにできないなんてことは絶対にないと思うから」
「せやで。・・まあ俺らも平気なわけじゃないねんけどな」
「・・嘘よ、それは」
「なんでや?」
「だって公彦、あんた汗ひとつかいてないじゃない・・」
「あー・・そう言うキツさじゃなくてこう、なんて言うか・・安定させるのにものすごい神経を使うねん。まあでもできるようになると案外楽しかったりするもんや」
「・・・楽しいのかなぁ」
凛は青空を見上げる。鷹だかトンビだかがゆっくりと空を泳いでいるのが見えた。
凛は明石のある表情を思い出した。彼が自分を抱えてビルから飛んだ時、彼は小さく笑っていた。それは恐らく、能力を使って自力で空を飛ぶことや、これから殺しあう相手に自分の全力を出して戦うことへの喜びや期待がそうさせたのだろう。後者は無いとしても、前者の喜びはきっと人間なら誰しもが夢見ることの1つだ。
「・・ねぇ公彦、礼子」
「ん?」
「・・・あんたたちがいなかったら、わたしは破滅してた・・」
「いきなり何を言い出すかと思えば・・たかがこれだけで死にはしないって」
「今のことじゃないわよ・・"私達"が東高先に入って、"私"だけが考史科に入ってから・・今まで、すべての日々においてよ・・」
「・・・・」
「わたしね、今でも死にたいって思うくらい後悔してる。どうしてあんな身の丈にあってない学校選んだんだって。クラスで話せる人なんていないし、誰かの助けなしにはやっていけないようなところに、なんで入っちゃったんだろうって。」
先に述べた通り、陸奥凛は非常に酷な状況に置かれている。
例えば朝、学校に登校し教室に入る。しかし彼女には挨拶を交わす相手すらいない。孤独なまま授業の準備をして、チャイムが鳴って教師が教室に入ってくるまで軽く復習なんかしつつ一人で時間を凌いでいる。
周りは敵・・・とまでは言わないが友好的な関係を築けていない人たちばかりでその周りの人たちは自分とは頭の作りが根本的に違う秀才ばかり。
テストはその秀才たちに合わせたものが出てくる。
平凡な彼女には周りについていけるはずもなく、そんじょそこらの努力程度では絶対に埋まらない"差"というものを事あるごとに認識してしまう。
中学では凛も勉強が全くできないなんてことはなかった。公彦ほどできるわけではなかったが、学校全体で見れば"それなりに優秀"のラインにはいた。彼女もそのことにある程度の自信を持ってもいたし、その自信が学校生活への活力にもなっていた。
それがどうだろう、いまの悲惨な状況は彼女がうっかり考史科に合格し、入学してしまったばっかりに引き起こされた悲劇である。
何よりも現実的な問題として彼女には留年の危険性が常につきまとっている。どんなに優秀な学校の優秀な学科に通っているとはいえ落第し、それが2年連続続けば強制的に退学となる。こうなっては元も子もない、人生の破滅である。
そのことを肌で感じとっている凛は、もはやなりふり構わず旧知の2人に依存する他に居場所を得られないし、勉強を教えてくれる人もいない。
彼女は親戚や中学の同級生達と会うとき、必ず自分の優秀さを褒め称えられる。しかし彼女はそこで非常にシビアな立場に置かれている、ということを親戚や中学の同級生達は知らない。
凛はそのたびにいっときの優越感を感じる。しかしその後、彼女は自分が劣等生であることを再認識し、優越感に浸っていた時の自分がたまらず恥ずかしくなる。自分はそんな人間じゃないのに、褒められるとまるで自分が秀才になったような認識になってしまって、それが後々の自分を余計に苦しめるのに。
そう思って自分の浅はかさを呪わずにはいられない、そんな状況に凛は陥っていた。
「・・でもいいじゃないか、お前にはその頼れる奴がいるんだから、きっと大丈夫だ」
「・・・わたしはね・・信用できないの・・あなた達が信用出来ないっていうのじゃなくて、もっと根本的な、人に依存しながら生きていく人生を、わたしは信用出来ない、もし今まで頼っていた人が、忽然とわたしから遠のいていったら、どうやっていままで頼っていたことを処理すればいいの?」
「人に頼ってばっかりで生きている人は、悪く言えば人に弱みを握られてるっていうことじゃない。頼ってる人の考え次第で、その人の言いなりにもなってしまう。そして利用価値がなくなれば、躊躇なく切り捨てられる。そう思うとわたしは全部自分で自分のことを解決しなきゃ不安で仕方ない。わたしって、そんな臆病な人間なの」
「俺達はそんなことせえへんよ・・凛ちゃん」
「・・そうよね、知ってるわ。だからこそ、あなた達はわたしにとって・・・尊いのよ。」
涙が一筋、彼女の頬を伝って流れる。そうなればすぐだった。大粒の涙が次々こぼれ落ちる。凛は礼子の手を掴み、その手を握りしめながら訴える。
「おねがい・・どうか・・・消えないで・・わたしを一人にしないで・・わたしにはあなた達しかいないの・・これからもずっと、ずっと一緒にいて・・じゃないと、わたしは、わたしは・・!」
嗚咽が混じった、今にも消えてなくなってしまいそうな親友を、礼子は抱きしめた。
言葉は要らない。わかっている。ただ礼子も一筋だけ、心に深い傷を負っていた友と痛みを分かち合い、涙した。
(・・辛かったな、凛・・ごめん、お前がそんなに思い詰めてることがわからなかった・・)
その腕は強く、しっかりと凛を抱きしめている。
側でこの光景を見守っている公彦もついうるっときたが、ここは男の正念場だと自分に言い聞かせ、その涙をぐっとこらえる。
不変の感情はあるだろうか?不変の愛、友情、悲しみ、怒り、喜びは、果たしてあるのか?
無いと言った人がいるなら、その人の世界はなんと白色なことか。そこには時間変化する感情があるのみだと言うのだ。人の感情は常に揺れ動き、周りの状況によって刻一刻と変化していく。その感情の総和は喜怒哀楽をすべて足しあわせたもの、つまりプラスの感情とマイナスの感情を合わせて±0の真っ白だというのだ。それが人間だというのか、人間の人生だというのか?決してそうではない。
不変の感情はある。感情の世界は時間変化する一時的な感情と人間がそれぞれ持つ感情の定数、すなわち絶対に変わることのない不変の愛、友情、喜怒哀楽がある。それがあるからこそ、人生には色がつく。人が生きてきた道には、その人が何を思い、何を信じ、何を守ってきたかというものが、その色に現れるのだ。
凛の心を癒やすための抱擁はしばらく続いた。それが終わった時、凛に今までの迷いはなくなっていた。自分でも驚くくらい、心は澄み、気持ちは穏やかで落ち着いたものになっていた。
彼女らは不変の友情を今確かに感じ取った。彼女らの人生の色に、温かく、見る人に希望を与えるような、そんな色が付け足された。なんと幸運なことであろうか。
「すーっはぁーっ・・」
立ち上がり、呼吸を整え、意識を先鋭化する。何だか今度はうまく行けそうな気がする。
「ええと・・ありがとね」
自分の恩人達であり親友達である2人に感謝の言葉を言った。
「・・よし、行こう」
(感覚を自分のものにする。応援してくれてる2人のためにも、必ず。)
「おっ、凛ちゃん・・」
公彦も凛の感覚がさっきより先鋭化されていることを感じ取った。これは行ける、そう思った。
そして訓練が再開される。しかしそれは今までのような、疲労だけが伴う走り込み訓練ではなくなっていた。凛は風のように道を走り、風は東海線に沿って大阪まで一直線に吹き抜ける。
____2013年5月4日 大阪
「現在時刻は11時58分!おめでとう凛ちゃん!目標達成だぜ!」
大阪の中心街でウェンは到着した凛たちを出迎えた。
「ま、俺らの凛ちゃんや、この程度は朝飯前ってやつやな!」
「あ、訓練について手を貸したわけではないからな」
「もちろん、そこは信用するぜ」
それからウェンは凛に向き直って質問する
「どうだい?感覚はつかめた?」
「・・・うん」
「よし、その調子でその感覚を忘れないことだ。基本的な能力はすべてその感覚が根幹となってくるから、それを身につけれたのなら後の俺の訓練は楽勝さ」
「よし、それじゃ約束通り、俺がいい昼飯を食わしてやるから、おめーらついて来い!」
気分が良くなったウェンは本来奢る必要のない公彦達も連れて歩き出す。今日、凛は多くのことを学んだが、その中でも友情の大切さは生涯を通じて彼女の行く道に光を灯し続けるだろう。
人と人が寄り添い合いながら生きている、活気あふれる大阪の昼は始まったばかりだ。
いまさらですが登場人物の容姿について詳しく書いていません。
最初はこの方が読者の好き勝手に想像できていいだろうと思ってましたが、逆に状況を想像しづらいかもしれないとも思い始めてます。
ぜひご意見ください!お願いします、なんでもしますから!