いじめられたら三倍返し
この作品は、久代羽稀先生の「コーヒーと踏切」を題材にインスパイアしたリメイク、つまりオマージュです。
ぜひ久代先生の作品も読んでみてください。
学校から帰ってきた息子は、自室の扉をバタンと閉じた。
何かがおかしい。さては学校で何かあったな。
私は夫が買ったココアパウダーを取り出して、砂糖と湯で練り、丁寧に牛乳を四百cc量ってココアを作った。
「智康」
返事はない。
「ココア入れたから飲みな」
命令だ。智康が出てくると読んで私は二歩下がり、ココアの入ったマグカップをテーブルに置いた。
智康は出てきた。目が落ち窪んでいる。
「座りなよ」
何かあったのか。まだ聞く段階じゃない。
座った智康に、私はクッキーを出した。
「いらない」
「甘いもの食え」
私はフランクに言った。智康は渋々ココアの入ったマグカップを重そうに持ち上げて、口元に持っていき、丁寧にふーふーと吹いた。
「疲れてるんだろ」
智康がようやくこちらを見た。大きな黒い瞳は私譲りだ。
「恥垢だとさ」
「ははっ」
「笑い事じゃない」
「チンカスって言ってやれ」
はぁ!?とでも言いたげに智康が目を見開いた。
「恥垢なんて言ってくるやつは、チンカスだ」
はっきり言ってやった。
「シミュレーション済みか」
智康はため息をついた。
「当たり前だよ。そんなことも考えずに子供の名前はつけないよ。私は最初康智ってつけるつもりだったのを、父さんが智康にしたんだ。『ちこう』と読めることは明らかだったから、対策は考えておいた」
智康は溜息をついて、だらりと力を抜いた。
「そんな簡単なことだったのか……」
「簡単なことで悩むのが思春期だからな」
何でもないことのように言って、私は自分の珈琲を啜った。
「口喧嘩ではお袋には勝てないな」
「ははは、親父の方が理論武装してる分怖いぞ」
「それもそうだけど」
「そもそもキックボクシング習ってるお前に暴力で勝てる奴はいないんだよ」
「それはまあそうなんだけど……」
「自信を持て」
「自尊心が有り余って困ってるんだよ」
息子は困った顔をした。その眉は夫にそっくりだ。
「それはあって困るものではないよ」
「そう?」
「持っとけ」
会話が終了した。
「晩飯、何食べたい?」
「大きいフランクフルト」
「買いに行くか」
「珈琲飲みおわってからでいいだろ」
「寒くならないか?」
「寒いのか?」
「歩けば暖まるか」
「デートしてやるから口紅とファンデーションぐらいしろよ」
「はいはい」
親父と全く同じことを言う息子に、私は珈琲の残りを飲み干して、息子のマグカップも奪って洗いに行った。
楽しみだ。恥垢と呼ばれた息子が
「何だよチンカス」
と返すのを想像するのが。
私はにやにやしながら手を洗った。
いかがでしたか?
感想お待ちしてます。




