彼らのなんと愉快なこと
さてレーヴェの特訓を始めてから一ヶ月が経ちました。
そんなわけで回避、防御に攻撃と基本を大急ぎで詰め込んできたわけですが、ここからはまず殺すことに慣れさせないといけません。
彼女の目標は復讐ですが、殺せなければ殺されるのは当然です。
けれど、そんなつまらない結末は許せるはずもありません。どうせなら極端なくらいが丁度いいのですよ、見世物は。
ということなので現在、冒険者組合に来ています。前世風に言えば、ギルドです。
なぜギルドかと言えば、ギルドなら後腐れなく殺せる相手が見つけやすいからです。
ギルドと聞いて思いつくように、ギルドには様々な依頼がなされます。薬草の採取から竜退治までの色んな分野で依頼を受けられますので、レーヴェの相手も見つかるでしょう。
依頼を探す手間をかけるよりも、受付で聞いたほうが早いでしょうね。
幸い受付も混んでないのでさっさと用件を済ましましょう。
「近場の盗賊、もしくは魔獣の巣に関する情報を寄越しなさい」
見知らない受付でしたが気にせず話かけると、一瞬ポカンとした表情を浮かべたあと呆れたようにして
「あのね、僕。ギルドの情報はタダじゃないの。第一にアナタみたいな子どもに依頼を受けs『風槌』、クブァッ」
おお、受付の人が話の途中で吹き飛んで行きました。
魔力を練るのと、発動までがほぼ同時の綺麗な魔術でした。それを放ったのは
「申し訳ありません、トゥーリ様。うちの者が失礼しました」
「いいえ、気にしてませんよ。どうやら新人のようでしたし」
顔見知りのギルド職員でした。
彼女はアイリール・ラチカという、見る人に冷たい印象を与える女性です。
実際、受ける印象の通りに容赦なく先程みたいに魔術を叩き込む人ですし。
「そうですか、トゥーリ様がそう仰るのでしたら彼女に対する処分は軽めに済ましましょう」
「結局、処分はするんですね。あとトゥーリじゃなくて、ここではトトって呼んでくださいよ」
「ご冗談を、公爵家の人間を軽々しく愛称で呼べるはずがありませんので」
せっかく偽名とも言えない愛称のようなもので冒険者登録しているのに一度もそっちの名前で呼ばれたことがありません。
頭が固いです、と拗ねた様子を見せてもアイリールさんは気にせずに話を進めてきます。
「それで本日は何のご用件で、こちらに?」
「さっきの受付さんにも言いましたが、近場の盗賊もしくは魔獣の巣の情報です」
「それはまた、既に五級になられているトゥーリ様にはどちらも受ける必要もないものだと思われますが?」
「そうですね、今回は自分のためではなくてアレのためですから」
アレと、ザッカートとともに待っているレーヴェを指し示しました。
ついでに冒険者の階級について説明しておくと、冒険者は十級から始まって九級、八級と上がっていきます、そして五級で一人前、一級を飛び越え、等級外になるともはや人外の領域に入ります。
「なるほど、承知いたしました。条件にあうものとなると最近、報告のあったゴブリンの巣が一致しますね」
「ゴブリンですか」
出来ることなら盗賊のほうが良かったんですが、焦る必要もありませんからゴブリンでも良いですかね?
「何か問題がありましたか?」
「いいえ、少し考えていただけですよ。それで構いませんので、情報を」
とりあえず今日は数をこなすところから始めましょう。
* * * * *
そんなわけでやって来ました、ゴブリンの巣。
巣と言ってもゴブリンは猿よりはましな知能もあるので、不恰好ながらも小屋らしきものもあるので村のような形になっています。
どうせ皆殺しにするので、ここでは関係ないことですが。
「ではレーヴェ、行ってきなさいな。ゴブリンは一体一体は弱いですけれど数は多いので囲まれないようにね」
緊張からか、少し動きの固いレーヴェに軽い注意をしてから送り出します。
レーヴェがゴブリンの巣に突っ込んだのを確認してから、ザッカートに話しかけました。
「ねえ、ザッカート。実は言うとゴブリンの巣と聞いて少し楽しみにしてきたんですよ」
「どういう意味です?ゴブリンなんて汚いばかりで良いものではないでしょう」
ゴブリンの姿を想像したのか、ザッカートは顔を顰めながら言ってきます。
「そうですね、アレは汚いし、臭いしで良いところなんてありません。けどね巣を襲ったときだけ面白いものが見れるんですよ」
―――まぁ、見てればわかります、と話をきりあげました。ザッカートは未だに不思議そうにしていますが言われたように静観することに決めたようです。
* * * * *
「あはっ、あはははははははっ!?やばいで、す。ありえ、な、いく、ら、いにお腹痛い!!?」
「………ッッ?!」
現在、爆笑中のトゥーリ・トラバリンです。横では笑いのあまりに息もできないザッカートもいます。
さて、なぜ私たちがそんな状態なのかというとレーヴェのまわりのゴブリンどもが原因でした。
『ギィギ、ギギィ、ギィ、ギッ(悪いな、俺はここまでらしい。あとは任せ、ガクッ)』レーヴェに打ち据えられて倒れていた、瀕死のゴブリンの図
『ギ、ギギィギ、ギィギギィィ!?(おい、嘘だろ。嘘だと言えよぉぉ!?)』先程の倒れ、絶命したゴブリンをガクガクと揺さぶりながら、叫ぶゴブリンの図
二匹まとめてレーヴェの振り下ろしによって叩き潰された。
『ギィギギ、ギギィ(ここは任せて先に行け)』レーヴェの前に立ち塞がる一匹のゴブリンの図
『ギ、ギギィギッ(そんな貴方をおいてなんか行けないわ!?)』自分を逃がそうとするゴブリンを引き留めるメスのゴブリンの図
『ギギ、ギッギィギィ(なぁに、すぐに追い付くさ)』後ろを見て、たぶん笑ったと思われるゴブリンの図
後ろを見ている間に立ち塞がったゴブリンが払いで吹き飛び、逃げようとしたゴブリンも突きによって頭を破裂したように飛び散る。
それまで黙々とゴブリンたちを殺してきたレーヴェも戦闘中にゴブリンがなぜ後ろを振り向いたのか、分からないようで首を傾げていましたが、すぐにゴブリン狩りを再開し始めました。
そのように巣で暮らすゴブリンたちは結束が強いらしく、野良では見られない行動を取る。
仲間を庇ったり、死にかけのゴブリンに駆け寄ったりするんですが、その光景は寸劇にしか見えません。
おそらく、巣で暮らすゴブリンがこんな行動をとることを知っている人は少ないと思う。
でなければ、ゴブリン退治の依頼が残り続けるはずがないだろう。
一時期、ゴブリン退治の依頼を受け続けてアイリールさんから変な目で見られても、ゴブリン狩りを続けてしまったくらいでしたから。
レーヴェはもはやゴブリンを殺すことが作業になっていて、ゴブリンたちの様子を気にしていないために淡々と殺していく様子とゴブリンたちのどこまでも寸劇じみた様子の対比が、さらなる笑いとなって私とザッカートを襲いました。
レーヴェがゴブリンが全滅させて戻ってきたときには、私もザッカートも笑いすぎて息も絶えだえに倒れ伏せていました。
笑いすぎて、笑いのツボが浅くなっていたのか。倒れている私たちを見て驚くレーヴェの顔に再び爆笑してしまいました。