奴隷に対するありふれた暴虐
はたしてこれは戦闘と言えるのか?
広い練兵場にわずか三人しか人間のいない状況ですが、その練兵場の地面には現在ボロ雑巾のようなレーヴェが倒れています。
ひどい、誰がこんなことを!?
……いえ、冗談です。言うまでもなく犯人は私です。
なぜこんなことになったのかと言うと、特訓を開始したところまでさかのぼります。
* * * * *
「ひとまず鍛えると言っても、どれくらい出来るかを見ないといけませんね」
「トゥーリ様、ならそれは私が行いましょうか?」
ザッカートがそう言ってますけど、レーヴェの動きを見た感じでは私が怪我をすることはないと思っています。
ザッカートもそれは分かっていると思うんですが、護衛だから仕様がないですかね?
「いえ、その必要はありません。自分で鍛えると言った手前、責任もってヤりますよ」
第一にこんな楽しいことを人に任せるわけありません。
ザッカートもニコニコとしている私に苦笑いを浮かぶています。彼も私の表情から察したのでしょう。
こういう時は長い付き合いがありがたいですね。言わなくても、大体は察してくれますから。
レーヴェに目を戻すと、彼女はなんとも哀れな様子で震えています。
……明らかに私と向き合うことがトラウマになってますねぇ。
しかし、どうしようもないので、このまま見ていこうかと思います。彼女には残念ですが諦めてもらうしかありません。
「まずは魔術なしでの動きを見ていきましょうか。構えなさい」
かく言う私も右足を引き半身になって、左手を前に、右手を体の正面へと運びました。
レーヴェが驚いています。確かに私は莫大な魔力とそれに伴う強力な魔術がありますが、だからといって、それ以外を使わないわけではありません。
むしろ魔術関連がじゃじゃ馬すぎるので、それ以外に重点を置くようになったのですが。
そんなわけで私は一通りの武器を試しました。
体格の問題で短剣のように小さいか、レイピアなどの細剣のように軽い武器しか扱えないことがわかりましたけれど。
結局、体格に関わらず扱える体術を主として、今の体格でも扱える武器を一応として私は修得しています。
レーヴェは無手はキツいかもしれないと思ったので、武器を扱うか聞いてみましたが、首を振るばかりです。
動きからして何もしていないことは分かっていましたが、やはり予想は当たっていたようです。
だからといって、容赦したりはしませんけれど!
「そちらから来ないなら、こちらから行きますよ?」
「え?………あぅ」
あら嫌だ、なんとも可愛らしい反応。
しかし、世の中は非情です。可愛いだけでは生きていけないのです。
とりあえず一息に間合いを詰めました。
目の前に現れた私に、レーヴェは驚きに目を見開きました。
せめて躱そうとするぐらいの反応が欲しかったです。一切の容赦なしに、腹部を殴りつけました。
カヒュッ、とレーヴェは空気が吐き出しました。
一旦、距離をとり反応を見ますが、レーヴェは腹部を抑えながらカハッカハッ、と上手く呼吸ができない様子でうずくまってしまいました。
これは少し失敗しました。
思った以上にレーヴェが弱いです。
レーヴェの回復も兼ねて、ザッカートと今後の特訓方法を話します。
「トゥーリ様、エルフを鍛えるのは厳しいですよ」
「そうなんですか?エルフは優秀な戦士が多いと聞きましたが」
「いえ、優秀なのが多いのは本当ですが、それは魔術による強化があってこそですから。エルフは種族的に体があまり強くなんです。だから鍛えるにしても、魔力なしの戦闘力を鍛えるのは厳しいとしか言えません」
ザッカートの言葉に考えさせられます。
なるほどエルフ自体が素の身体は弱いのですね。確かに鍛えるのは難しいかもしれません。
種の限界とはそう簡単に超えられるものではありませんから、けれども私のような異例が存在しているのも確かです。
頭を悩ますこと数分、決めました。
未だに痛みに悶えているレーヴェのもとに向かいます。
「レーヴェ、すみません。アナタたち、エルフが肉体的には弱いということを知らなかったのです。別に恨んでくれても構いませんよ?」
―――むしろ、恨みなさい。と冗談混じりに、しかし目は本気で言うトゥーリに痛めつけられるわけではないと安心した様子のレーヴェだったがトゥーリの次の言葉に絶望の淵に追い詰められる。
「確かにエルフは肉体的には弱いかもしれません。けれどその弱点を越えたとき、きっと私相手にまともに戦えるようになると思うのです」
レーヴェは弱々しく首を振り続けているばかりですが、トゥーリは分かっているという様子で頷き言った。
「大丈夫です。私は回復魔術も使えますから、即死でなければいくらでも傷を負っても安心ですよ」
聖人もかくやという笑みを浮かべているトゥーリだったが、レーヴェからしてみれば悪魔よりも恐ろしく思えた。
『天癒』
レーヴェがトゥーリの行使した回復魔術によって、呼吸すら苦しかった痛みが消えたのを認識した瞬間、顎を蹴り抜かれた。
飛びそうになる意識の中でレーヴェは昔、母から聞いた話を思い出した。
『光属性の魔術はね~、優しくて正しい人が使う魔術なのよ~』
この日、レーヴェは母でも嘘をつくことを知った。
「この程度で気絶できるなんて思わないでくださいね?」
* * * * *
こうして話は始めに戻ります。
最後の方にはレーヴェも防御も回避も上手になっていました、虚ろな目をしていましたが。
レーヴェの様子が追い詰められた小動物みたいで、途中から楽しみすぎました。
なんとも恨めしそうな目でレーヴェが睨んでいます。
何時間も延々と吹き飛ばされ続ければその反応も当然ですが、明らかなトラウマだった私にそんな風に敵意を向けられるようになったのです。
トラウマを乗り越えてくれただけでも今回の特訓は意味があったと言えます。
それに今回の成果はそれだけでもありませんでした。
「ねぇ、レーヴェ。始めたときと比べたら、今のアナタはずっと強くなったんですよ?」
倒れたままのレーヴェの髪を撫でながら、告げます。
彼女は本当に強くなっています。最後の一撃はかろうじてとは言えども防御が間に合っていましたから。今日の特訓の中で一番強く撃ち込んだのにです。
「気づいてなかったでしょう?」
その言葉に彼女は安堵を浮かべました。実感がなかったのでしょう。なにせ一向に私の攻撃を止められていませんでしたから。
攻撃を段々と強くし続けましたから、当然の結果なのですが。
ずっと見ていたザッカートなんて途中から呆れたようにしていましたから、哄笑を上げながら徐々に攻撃苛烈さを増していく私の様子に。
回復魔術をかけることなく、レーヴェの髪を撫でていると彼女は眠ってしまったようでした。
今日、レーヴェを攻撃し続けた感じからするとこのまま特訓を続けていけば、レーヴェがエルフという種族の限界を超えるのは案外すぐかもしれません。
そうなったら彼女にも何かご褒美をあげてもいいかもしれません。
レーヴェを優しく撫でながら、近いうちに確実に起こるだろうことに思い馳せながらトゥーリはクスクスと妖しく笑った。
トゥーリのとった構えは本来なら受けを基本としたモノです。
けれども割りと万能な対応が取れる構えでもあります。
左半身と呼んでいたはずです。