首刈り騎士とチグハグな主
クスクスと絶叫の響く部屋の中に、冷やかでありながらも愉悦を孕んだ笑い声が上がった。
「『孤独と静寂の夜闇』の酷いところは、記憶だけじゃなく感情まで繰り返すところにあります。安易に心を閉ざせるとは思わないことですよ」
泣き叫ぶ少女を前に冷たく笑う様子は、子供ゆえの無邪気な残酷さと子供とは思えないほどの冷酷さを匂わせていた。
ザッカートはそんな主人の姿に自分が拾われた時のことを思い出していた。
あの時も自分の主人は子供特有の傲慢さと年齢に似合わない色香を感じさせる、どこかチグハグな雰囲気を纏っていた。
『私の手を取りなさい、アナタにはそれだけの資格があるのだから』
『周りから馬鹿にされようとも、蔑まれようとも、剣を捨てなかったアナタには』
『例え誰もがアナタを、アナタの剣を、アナタ達を、見ようとしなくても、認めなくても、拒絶したとしても』
『私が見てあげる、認めてあげる、受け入れてあげる』
『だから私の手を取りなさい。ねぇ、首刈りの騎士?』
主人が笑うのをやめて自分を見た。少し不思議そうな顔をしている。
「どうかされましたか、トゥーリ様?」
「いえ、珍しいモノを見たものですから」
「珍しいモノとは一体……?」
「アナタは割りと甘い人間ですからね、こういうのを見ると大抵は顔をしかめるのにと思いまして」
トゥーリ様はこういうの、と絶叫するエルフの少女を指差し。
痛ましい姿に思わず、眉間にしわが寄ってしまう。
「そうそう、そんな顔です」
別に幼女趣味や加虐趣味に目覚めたようではないですから安心しました、という言葉に一筋の汗が頬を伝っていった。
加虐趣味はまだしも幼女趣味なんて噂が流れてしまえば、せっかく築いた今の地位がパァになってしまう所だった。
少しでも早くこの話題は忘れてもらうためにも、話を変えなくては。
「これはいつまで続くんですか?」
「さぁ?」
「さぁ、って廊下に人が来たらヤバイじゃないですか」
「別に心配ありませんよ。大体、これだけの声なら廊下と言わずに屋敷中に響きますよ」
「いや?!もっとマズイでしょう!?」
慌てる自分にトゥーリ様は呆れたように言った。
「だから心配ない、と言ったでしょう。屋敷中に響いてたらとっくに人が来てますよ」
「あれ?そういえば、そうですね」
「それくらい対策済みです。ちゃんと防音してますよ」
そうだった。普段から使うことがないから忘れがちだが本来ならトゥーリ様は護衛の必要ないほど卓越した魔術の使い手である。
本人曰く、『魔術は確かに便利ですけれど、それを過信してしまえば手痛い目にあう可能性もあります。何より手札は多く、そして見えないようにすべきですから』とのことらしい。
だからなのだろう、トゥーリ様は他人には光属性の中級魔術までしか見せることがない。それでも年からしたら十分に天才と言えるモノではあるが。
ただ例外として、父親であるトラバリン公爵には光属性以外に水属性の中級魔術も使えると話しているらしい。
なんでも『いいですか、ザッカート。媚びの売り方は年齢、性別によって変わるのです。そして私くらいの年齢なら親だけに話す秘密というのは十二分に通用しますし、それが可愛がっている子供なら尚更です』と悪い顔で言っていました。
あまり良い噂を聞かないトラバリン公爵だが、少し哀れになった。
思考が逸れたが、エルフの少女についてだった。
自分が考え事をしている間にトゥーリ様は視線をエルフの少女に戻していた。そして、やはりというかトゥーリ様の顔には笑みが浮かんでいた。
* * * * *
それから、しばらくして未だにエルフの少女は叫び続けている中、トゥーリ様が自分に呼び掛けてきました。
「ザッカート」
「なんですか?」
「殺したらダメですよ」
初めは何を言っているのか理解できなかった。しかし絶叫がいつの間にか止んでいることに気づき、少女の方を見ると
「あ゛あァアアァァァ゛あ゛ぁぁア゛ァぁぁ゛ッ!!!?」
叫び続けていた影響か、かすれた声で叫びながらトゥーリ様に飛びかかってきた。
突然のことに驚きながらも咄嗟に少女を蹴りあげた。幸い弱っていたのか、そこまでの速度はなかったので言い付け通りに殺さないように手加減する余裕もあった。
少女は蹴られた腹部を抑え荒々しく息を吐きながらも、こちらを睨みつけてくる。
そんな少女にトゥーリ様は心の底から嬉しそうに近づきます。慌てて止めようとしたが手で制される。
「アはっ、私の目の前に連れてこられた時とは大違いですね?」
「ゴロズコロ゛ズコロ゛ス!?」
「そうですね、私はアナタの記憶を見ましたから何を思っているかは分かっていますよ」
「殺ス、ゴロじてヤ゛ル!!」
さすがに少女が主人に殺意を向けていることは無視するわけにもいかず、ひとまずトゥーリ様をお止めすることにしました。
「トゥーリ様、さすがに……」
少しばかり不満そうな主人の様子に苦笑してしまう。
「それ以上は護衛として、あまり見過ごせるものではありませんから」
「仕方ありませんね。普通の人種と比べて力量の高いエルフといっても、この程度ではかすり傷一つ付かないことはアナタも分かっているというのに」
「それは理解していますが、やはりアナタの護衛の立場からすれば止めざるおえませんから」
トゥーリ様はこちらを探るような目で、じっと見つめてきた。特に悪いことをしているわけでもなかったが、トゥーリ様の冷たく無機質な黒い瞳に見つめられれば嫌でも緊張してしまいました。
「まぁ、いいでしょう。大人しくしておきましょう」
そう言いながら、少女から離れて自分の隣に戻ってきました。それに少しホッとします。いくら護衛とはいえ立場が上なのはトゥーリ様ですから、強制できるわけではありません。
トゥーリ様は未だにかすれた声で殺す、殺すと言い続けているエルフの少女を見ながら言った。
「ん~?この状態では少し会話も苦労しますから治してしまいましょうか」
「そうですね。声も聞き取りづらいですし、仕方ないとはいえ自分も蹴っちゃいましたからね。手加減しましたけど、もしかしたら骨も折れているかもしれませんし」
特に反対する理由もありませんでした。明らかな殺意を向けてはいますが、護衛のためだとしても蹴った負い目もありましたので少女を治療することに賛成しました。
「そうと決まれば、さっさと治しましょう。初級でも良さそうですが、念の為に中級にしておきましょう」
『天癒の福音』
トゥーリ様を中心に光が溢れ、少女を回復していきます。その様子はトゥーリ様の本来の様子からは考えられないほどの神聖さをトゥーリ様に与えています。
そういえば、たまにトゥーリ様が領民に練習といって回復魔術を無料で施すので、トゥーリ様を聖人と呼ぶ声もあった。まぁ、それも評判が良いに越したことはない、というなんとも腹黒い考えかららしいのだけれども。
このとき自分は油断していた。回復したとはいえ、先ほど蹴られたばかりの少女が再び向かってくるとは考えていなかった。
少女はさっきとは全く違う、すばやい動きでトゥーリ様を目掛けて飛び込んできた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す、殺してやる!!」
「トゥーリ様?!」
思わず剣を抜きかける自分を、トゥーリ様はやはり手で制すと
『潰れろ』
ゾワリと背筋に刃物を突き立てられたかのように冷たい感覚が私を襲った。
これはトゥーリ様の体から普段は抑えていた桁外れの量の魔力が放たれたことが原因だった。
体から溢れだした魔力は発する言葉すらも言霊へと変質する。
そして多大な魔力を含んだ言霊は発動に必要な過程をとばして世界に影響を与える。
その結果がトゥーリ様に届くことなく地面に伏せることになった少女だ。
トゥーリ様の放つ魔力に当てられ、少女はガタガタと震えています。自分もこれを見るのは三回目ですが、きっといつまでも慣れることはないでしょう。現に、自分に向けられているわけでもないのに全身から汗が吹き出してくる。
クスクスと笑いながら、トゥーリ様はうつぶせの状態だった少女の顔を両手で掴み持ち上げ、少女の目を覗きこみました。
少女は先程までの殺意は既に霧散していました。そこには見た目相応に恐怖にカチカチと歯を鳴らし、涙を流す、か弱い子供しかいませんでした。
しかし、私も立っているだけで精一杯で動くこともできない。
『ねぇ、分かりますか?これがアナタと私の実力の違いです』
『その奴隷契約による制限で体も痛めつけられている中でも殺そうとする殺意は素晴らしいのですけれど』
『私だって無抵抗に殺されるつもりなんてサラサラありません』
『もちろん反抗します。けれど撫でた程度で潰れてしまうようなら、全く楽しくありません』
『だから私を殺したいなら、この魔力くらい軽く耐えられるようにしてくださいね』
魔力の放出が止まりました。莫大な魔力による重圧から解放されたことで、ようやく人心地つくことが出来ます。
体から力が抜けたために片膝をついて荒い息を整えていると、トゥーリ様は掴んでいた少女の顔を放しこちらを見ていました。
「どう、か、しました、か?」
「情けないですね。初めてじゃないのですから、もっとしっかりとしてくださいよ」
「無茶を、言わないで、ください」
なんとか息を整え終え、フゥと一息ついてから立ち上がりました。
「情けない姿を見せました」
トゥーリ様は機嫌良さそうにしながら
―――ええ、全くです、とクスクス笑った。
ザッカートは意外かもしれませんが水属性の使い手です。