エルフの記憶
――――私は幸せだった。
* * * * *
エルフは森とともに生きる種族として知られている。同時にその美しさでも有名だった、いやむしろ美しさの方が良く知られていたのかもしれない。一時期はその美しさゆえに激しい奴隷狩りにあったと聞いた。けれども、それは昔のことだ。
元々、保有する魔力の多いエルフは長寿ゆえの個体数の少なさはあれど一人一人が優れた戦士であったこともあって、強い抵抗を行ったことが理由の一つだったらしい。
他にも理由はあるのだが、一番の理由は当時、現れた魔王を討伐した勇者がエルフを保護したことが大きかったと聞いた。
エルフの話はこれくらいにして、私の話をしよう。
私は比較的に若いエルフ達の作った村に生まれた。若いといっても長寿でも知られているエルフだから、みんな100~200才程なのだけれども。
そんな私は村一番の剣の使い手の父と村一番の魔術の使い手であった母の娘として生まれた。
父は寡黙だったけれど優しい人だった、母はおっとりとした人でも怒ればとても怖い人だった。一度だけ父が母を怒らせたのを見たけれど、地属性の魔術によって地面から首だけを出している父の姿を見ながら、母に逆らってはいけないと幼心に思ったものだった。
父と母の馴れ初めを聞いたことがあった。父も母も森の外に出て、旅をしたことがあったらしい。冒険者として旅をしていた二人は偶然に同じ依頼で鉢合わせたらしい。
そこで話すうちに同じ森の出身であることがわかり意気投合、二人とも近いうちに森に帰ろうと思っていたこともあった。そして帰るまでの間、一緒に依頼をこなすうちにそういう関係になったらしい。
そして二人で森に帰ったのだという、母はお腹に私を抱えながら。それから父の生まれ村で暮らすうちに新しい村を作らないかと持ちかけられ、今の村に暮らしているらしい。
父と母の話を聞いて、私は外の世界に強い興味を持つようになった。そのことを母に話すと「なら、特訓ね!!」と言われた。
それからは毎日、魔術の訓練だった。それは厳しいものだったけど、楽しくもあった。
母は風属性の多いエルフには珍しく地属性の使い手だった。母はそのことで馬鹿にされたりしたらしいが、だからこそ魔術の腕を磨いたらしい、馬鹿にした連中を見返すために。
凄いことだと思う。若い人達が多いといっても皆、私よりも魔術の腕は明らかに上なのに、その中で一番の使い手と呼ばれているんだから。
私も強くなれるかな、と不安そうに聞く私が面白かったのか母は笑いながら「なれるわよ~、あなたはお父さんとお母さんの娘だもの~」と言ってくれた。
それに嬉しくなった私はいつかお母さんも越えて見せる、と意気込んだ。
すると母は「なら、もう少し厳しくしましょう」と言った。え!?と固まる私に四方八方から礫が襲いかかった。
そのあと父がぼろぼろになった私と少し満足げな母を見比べて、母に説教をしていた。
何となく可笑しくなって、声をあげて笑ってしまった。どことなく恨めしそうな母もどこか呆れた父の様子も可笑しくてたまらなくて、ますます笑った。
最後には母も、普段は口数少ない父も一緒になって声をあげて笑いあった。
こんな風に父がいて、母がいて、私がいて、無邪気に笑える日々が続いていくのだと信じていた。
* * * * *
それは突然だった。村の入り口に一人の人間が現れた。今となっては本当に人間だったかも怪しい。そいつは全身を鎧で覆っていたのだから。
その人間は村を見渡し、口を開き、言った。
「この村の責任者と話がしたい」
村長が人間の前に出ていった。村長は父と母に村を作るときに移住してこないかと話を持ちかけたエルフだった。
「この村に人間が何のようだ?」
「取り引きをしたい」
人間は端的に言った。
「取り引きだと?この村には人間の欲しがるようなものは何もないぞ」
「これは異なことを、あるだろう。」
鎧は私達を指差しながら言う。
それに私達は全員、身構えた。村長は叫んだ。
「貴様ら人間は、性懲りもなくまた奴隷狩りをしようというのか!?」
「まぁ、待て。そちらの言い分が正しいのも理解している。だから取り引きだと言ったのだ」
「何だと、どういうことだ?」
「俺としても無駄な血を流すのは不本意なんだ。こちらの条件に合うモノ一人を寄越してくれれば、この村は見逃そう」
鎧のあまりな言い分に私達は絶句しました。村長は怒りのあまりに震えています。
「ふ、ふざけるなァッ!!」
「ふむ、交渉決裂だな。致し方ない、多少なりの怪我は覚悟してもらおう」
「この数相手に余裕のつもりかァッ!?」
村の皆がそれぞれ武器を構え、魔術を発動させようとした。私も魔術を発動させようと詠唱を始める。
『『『『 風刃!! 』』』』
不可視の刃が鎧に襲いかかった。本来よりも威力の落ちる無詠唱で行使した魔術とはいえ、例え鋼鉄製の鎧だろうと切り裂けるだけの威力をもっていたはずのそれは、鎧が大剣を振るっただけで遮られてしまった。
その結果に魔術を放った全員が驚いて固まってしまった。
しかし、その中でも動く者がいた。
「おや、驚いた。平和ボケした連中ばかりかと思っていたが、意外と出来る奴がいたのか」
「黙れ」
父と母だった。父は普段とは違った鋭い目をして、母は普段からは考えられないほどの魔力を練り上げていた。
父と向かい合い、剣を交えている鎧は母に目を向けると、
「む、まずは後衛を叩くべきか?」
「やらせない!!」
父が飛び出し、刺突を放つ。父の鋭い一撃は鎧の心臓を貫けるほどの威力を秘めていた。
しかし、結果は
「お父さん?!」
父の腕が切り飛ばされていた。何が起こったのか分からなかった。ただ気付けば、鎧が大剣を振り下ろした姿勢で止まっていた。
「危ない、危ない。戦いの最中に余所見するものじゃないな」
「――ッチィ!?」
父が腕の傷口を抑えながら、後ろに下がった。しかし口元には笑みが浮かんでいた。
そして、それは母の魔術の完成を意味していた。
『生命回帰・女神の抱擁』
魔術の発動とともに大地から巨大な掌が生み出され、鎧を包み込むように閉じ込め押し潰す。
「ウォォォッ!?」
鎧は慌てて回避しようとするが間に合わなかった。
父や母、村人達もはそれを見て、全員、構えを解いた。
母と私は父に駆け寄った。父も安心したように私達の方に歩みを進めた。そして、あと数歩の所で父が突然、距離を詰めて私達を押し倒した。
突然のことに混乱していると、衝撃が辺りを揺らした。
父はひどく険しい顔をして、振り返った。
父が睨む方向には、傷だらけの鎧がいた。
「いや、油断した。まさか最上級の魔術を使える奴がいるとは」
やれやれと首を左右に振る鎧は先ほどまでの余裕ある態度とは違い、凶悪なまでの殺気に身を包んでいた。
「もう一度、尋ねておこう。こちらの条件に合うモノを差し出す気はないか?俺は無益な血を流す気はないのだが」
鎧の問いかけに対しての返答は、父や母、村長や村人全員が武器を構えることだった。
「そうか、ならば仕方ない。恨むならば私ではなく、こんな依頼を出した貴族を恨め」
ひどくゆっくりと感じる時間の中で、振り上げられた大剣は地面へとむかって落とされた。
瞬間、爆発したとしか思えないような衝撃が起きた。
その衝撃は私達を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた私がくるくると回る視界の中で見たのは、身体を大剣で貫かれた父の姿だった。
地面に叩きつけられた衝撃よりも、呆気なく父が倒された驚愕の方が私には響いた。それが結果として意識を奪われなかったことに繋がったのは、幸か不幸かは分からなかったが。
爆発と地面に叩きつけられた衝撃の抜けきらない体をおこし、急ぎ鎧を見ると母やかろうじて衝撃を防げた何人かの村人達と対峙していた。
母や村人はなんとか鎧を魔術によって抑えていたが、その均衡はすぐに崩れることになった。元々、大魔術の使用によって消耗していた母の魔力が切れたのだった。
「惜しかったな、あと一度でもあの魔術を発動できれば俺を殺せたのにな」
鎧はそう言いながら、村人達を、母を切り捨てた。
私はそれを見ることしかできなかった。母はこちらを見て逃げろと言っていた。
血の中に沈む父と母へと大剣を振り落とす鎧の姿に、頭が真っ白になっていた私はもう動くことができなかった。
* * * * *
そして、記憶は何度も何度も繰り返し、父と母の最期を私に見せつける。
目を閉じても、耳を塞いでも流れ続ける。泣いても、叫んでも消えてはくれない。
心を閉ざし考えることをやめようとしても、何度でも両親を失う悲しみや恐怖は私を襲う。
何度も何度も繰り返す記憶を前に、私の心の中に悲しみや恐怖以外の感情が芽生えた。
初めは小さなものだったそれは記憶の繰り返しを糧に育っていく。
その感情は――――
私から全てを奪ったものを、鎧も、貴族も、全部、全部、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すコロス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ス殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺ス殺スコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロスコロス殺スコロスコロスコロスコロスコロス殺す
――――憎悪だった。
心理描写がよく分からない
それにしても主人公3話目にして既に登場せず、どうしてこうなったし!?




