ヴァイゼル・トラバリン
遅れて申し訳ありませぬ
さて、変質術式の研究を始めてからはや二年が過ぎました。
現在は複数の属性による術式を作っているのですが、それの難しいこと、難しいこと。何度投げ出そうと思ったことでしょう。
そんなわけで忙しい日々を過ごしていたのですけれど、亜竜の大侵攻以来の問題が起きました。
「あぁ、ついにお兄様が動きましたか」
「……いえ、トゥーリ様。トラバリン公爵が斬られたというのにその落ち着きようはどうかと思いますが」
ザッカートはそうは言っていますが、彼の落ち着きようでは私と大差ないので説得力に欠けます。
レーヴェやクテルはそもそも父とは関わりがないので、普段と変わっていません。
レーヴェは武器の手入れをしていますし、クテルは私の背中にべったりと貼りついています。ザッカートは私の作った武器の性能を見ています。
明らかに何かをしながら話す内容ではなかったでしょうに……。
まぁ、そんなことは置いといて
「レーヴェ、お茶の準備をしてくれますか」
「……?」
唐突に言いましたから、動きながらも疑問符を浮かべていました。
「二人分多く用意しておいてくださいね。どうやらお客さんが来るみたいですから」
続いた言葉に納得したのか、先程よりもテキパキと動き始めました。
言っていませんでしたが、今の私は公爵邸とは別の場所に暮らしています。公爵邸では研究材料をいちいち持ち運ぶのが面倒でしたから、父に頼んで以前から訓練に使っていた練兵場の側に別邸を建ててもらいました。
流石と言うか、別邸が建つまで一ヶ月かかりませんでした。貴族御用達の建築家でしたが、地属性の上位属性、木属性の魔術は実に見事でした。
そんなわけで別邸に暮らしている私ですが、お客さんが来たようですね。まぁ、今の状況で訪ねてくるのは限られますけれどね。
「やぁやぁ、お兄様。随分とご無沙汰していましたね。お隣の人を紹介してもらっても?」
別邸に訪ねてきたのはやはりと言うか、兄のヴァイゼルでした。何やら居心地悪そうにしていますがどうしたのでしょうか?
「……トゥーリ、よく聞いてくれ」
兄が姿勢を正して、改まって話し始めました。
「俺は父を殺した」
正直、改めて言われるまでもないことでしたが黙って先を促しました。
「この人はそれに協力してくれた人だ」
「……エルバと言う」
いくら第一線を退いたとは言えグゥ爺が簡単に負けるとは思えません。しかし、エルバなんて名前の等級外は知らないのですよね。
考え事をしていて黙っていたのですが、それを勘違いしたのか。兄は必死に弁明しています。
その姿は思いのほか滑稽でした。思わずクスリと笑うぐらいには……。
「……何が可笑しいんだ?」
「フフ、お兄様が面白かったものですから」
ああ、可笑しい。何を勘違いしているのでしょう。私と父は確かに血の繋がりがあります。そして、父の子どもの中では一番似ているのは私であるでしょう。
しかし、いえ、だからこそでしょうね。
私達が求めるのはどこまでも自分本位なものだからこそ利用できる限りは存在を認めますし、余計な干渉はしません。
中々、ツボに嵌まったのでクツクツと笑い続けていたのですが、いつまでも言葉に困った様子の兄を放っておくわけにはいきませんから話を戻しましょう。
「それでなんの用でしたか。わざわざ私の所まで来て」
* * * * *
俺、ヴァイゼル・トラバリンには兄弟は多くとも親が両方で血の繋がったのは一人しかいなかった。
その弟、トゥーリ・トラバリンは俺とは違い、父に可愛がられていた。可愛がってもらっていたはずの父を殺したと言われて、なぜ笑えるのかがわからない。
昔からそうだった。聖人のように慈悲深く救ったと思えば、悪魔のように虫でも潰すように殺す。自分にとってはどこまでも理解のし難い存在だった。
俺が父と考えを別にするようになったのは、父に連れられ領地の見回りに行ったときのことだった。
道中、馬車で人をひき殺してしまった。そのときに父は気にした様子もなく、むしろ忌々しげにしてグゴールに死体を退かすように命令していた。
そのときになって自分は貴族、いや父達のあり方に疑問を感じるようになった。同じ人であるはずの領民を殺しておきながら、平然としていた父とその周りの連中はおかしいのではないかと。
どうして殺してしまったのに謝ることもせずに打ち捨てるようなことをしたのか、父に聞いた。父は思いもしなかったことを聞かれた様子で、意外そうに答えた。
「家畜を殺すことに一々、謝る方がおかしいだろう?」
それは始まりに過ぎず年を重ねるごとに疑念は確信に変わった。
もしこれが貴族としての普通の考えならば、変えなくてはならない。そのためにも父は―――。
「考え事は余所でやってくださいな」
意識を引き戻される。
ハッとして俯いていた顔を上げると先程と変わらない笑顔で、先程よりも冷たい声音で話す弟がいた。
「別に考えるなとは言いませんが、私はその考え事に付き合っていられるほど暇じゃありません。話すことがあるのでしたらあまり時間を書けないで欲しいですね。ねぇ、お兄様?」
弟のその言葉を聞いて理解した。
理解不能だと思っていた弟が、領民を家畜と称した父と似た表情で俺達を見ていることに。
もしかしたら俺は殺すべきを間違えたのかもしれない。
確かに父は巨悪と呼べるだけの人間だった。しかし、この弟は違う。
あえて呼ぶなら邪悪とでも呼ぶべき、この存在を殺すべきだったのかもしれない。しかし、今さら気づいたところで仕方ないことだった。
既に賽は投げられたのだ。俺達には今の革命を成功させるまで止まれないのだから。
* * * * *
兄が話を終えて帰っていきました。
何やら話している途中で覚悟を決めたような様子でしたがどうしたのでしょうか?
「意外でした」
「何がです、ザッカート?」
脈絡もなくザッカートが話しかけてきました。
「ヴァイゼル様のお手伝いをなされることがです。てっきり研究を進めるものと思っていましたから」
「ああ、それですか。ザッカート、研究するにあたって必要になってくるものが何だかわかりますか?」
兄の手伝いだって理由なくするほど今の私は暇ではありません。
昔なら楽しみを優先したでしょうが、年を重ねるたびに嗜好が変わるように、楽しみだけで動くのも少し億劫になってしまっていますから。
「時間、金、場所でしょうか?」
「フフ、確かにそれも必要ですけれどハズレです。正解は被検体ですよ」
ザッカートの顔が驚愕に染まっていきます。
「お兄様達が起こす動乱は大きな物となるでしょうね。それこそ人が少しばかり消えたところで不思議じゃないくらいには」
部屋には愉快そうな笑い声が響いた。
あれですね、自分の言ったことが出来なかったことに少し自己嫌悪の念が湧きますが
ひとまずここまで読んでくださった方にご感謝を
次はなるだけ早く投稿したいものです




