奴隷と魔術
さて誕生会も終わり、部屋に戻って参りましたが私はかなり不機嫌でした。理由は目の前にあります。
「あぁ、気に入りませんね!!何なんですかね、その目は!?えぇ、気に入りません!!」
「荒れてますね、トゥーリ様」
「ザッカート、前々から言っていますが私は妥協を、諦めを、停滞を憎悪します。抗いなき人生なんてクソくらえです。だ、か、ら!!」
言葉とともに、目の前にいたエルフの奴隷を蹴りあげました。
「ちょっと、トゥーリ様!?」
ザッカートが何か言ってますが気になりません。言ったように、私はかなり不機嫌ですから。
「………ッ!!」
名前も知らない奴隷は蹴られた痛みに悶えながらも、焦点の合わない目でこちらを見ています。
「アナタが女であるとか、エルフであるとか、奴隷であるとかは関係ありません。ただ、ただその目が気に入りません。何ですか、その諦めたような目は?」
そうエルフの少女の奴隷です。エルフの、少女の、奴隷です。大事なことなので二回言いましたが、私は前にも言ったように前世の記憶を持ち合わせています。だからテンションも上がったのですが、それはエルフの少女を目の前にして一転しました。
私は妥協を、諦めを、停滞を憎悪しています。だからこそエルフの少女を前にして怒りを覚えずにはいられませんでした。
なぜなら彼女のその目には諦めが浮かんでいたからです。
人が絶望を前にして必ず強くあれるわけではないことくらいは、前世と今世を通して知っています。そして自分が絶望の真っ只中にいる少女に対して理不尽を言っている自覚もありました。
しかし、けれど、だが、それでも、だからこそ
「私の前でそんな目をするなァァッ!!」
絶望に沈み、心を閉ざした少女の顔を両手で掴み、私は魔術を発動しました。
『孤独と静寂の夜闇』
墨色の靄がエルフの少女を覆うと、少女の身体から力が抜け倒れました。
「ちょっと、トゥーリ様!?さすがに殺すのは不味いですよ!?」
ザッカートが何か言ってますがやはり気になりませんので、無視しました。
というか彼は私を何だと思っているのでしょうか?
「痛みですか?嘆きですか?はたまた絶望でしょうか?アナタがここに至るまでに心を閉ざすこととなった理由は」
「けれど私の前で妥協に、諦めに、停滞に甘んじることなど出来ないと知りなさい」
「アナタの心がぼろぼろだろうと、私の知ったことではありません」
「抗え、抗え、抗え、生きている限り踊り続けなさい。そして、私を楽しませなさい」
突然、エルフの少女の身体がビクリと跳ね上がり、
「イ、イ、イイヤァァァァァァァアァアアァァァァァァAA亜ァァァァ――――」
絶叫が響いた。
* * * * *
ここで少し魔術の存在について説明しましょう。
魔術を説明するには、まず魔力の存在を知らなくてはいけません。魔力は量に差はあれど万物に宿ります。同時に魔力は万物に作用する効果があります。
この魔力の万物に作用する効果を体系化し、誰にでも発動できるようにしたものが魔術になります。
魔力について簡単に説明したところで、魔術の説明に移りましょう。
言ったように魔術は魔力の万物に作用する効果を利用したモノです。そして魔術は基本的に七つの属性に分類されています。
炎熱に作用する火属性、水氷に作用する水属性、風雷に作用する風属性、岩石に作用する土属性、光に作用する光属性、闇に作用する闇属性、述べた六つの属性以外に作用する身体強化のような無属性の七つがその分類となっています。
今、説明したのはあくまで雑な分類でしかありません。
例えば先ほど使用した『孤独と静寂の夜闇』は闇属性に分類される魔術でありながら、人の精神に作用する、本来なら無属性に分類されるべき魔術です。
これは魔術が体系化される前、魔術が未だに魔法と呼ばれていた時代の名残りなのですが、話すと長くなるので割愛させてもらいましょう。そうですね、機会があればいつかお話ししましょう。
そして魔術は音に魔力を込めて発した言霊を鍵とすることで発動します。他にも無詠唱や魔法陣、神楽舞などによる儀式と発動させる方法はありますが、それは良いでしょう。
さて、長々と魔術について説明しましたが別に無意味にしたことではありません。
何故このようなことをしたのかと言うと先ほど使用した魔術について説明するためです。
この『孤独と静寂の夜闇』という魔術は人の精神に作用します。
より詳しく言えば、人の精神の恐怖に連なった感情、記憶を呼び起こし、それを頭の中で延々と再現し続けます。そして、それはこの魔術を掛けられた本人が抵抗するまで止まることはありません。
絶望の中で諦め、停止したままの精神では決して止めることは不可能でしょう。
さぁ、さぁ、さぁ、痛みに立ち向かいなさい。嘆きを飲み干しなさい。絶望の中にあって、希望を求めて手を伸ばし続けなさい。
そうすれば、私は――――
エルフの奴隷は一応のヒロインではあります