人生の墓場
あのあと、レーヴェはザッカートに五分と保たずにボコボコにされました。
レーヴェは知らなかったようですが、ザッカートの強さというのは禁呪まで使える魔術ではなく、剣技の方なのです。
ザッカートは魔術をあくまで剣技では届かない相手にしか使いませんし、ザッカートの持つ禁呪すらも剣技との併用を前提にしたものです。
彼が準等級外と言うのは、私や他の等級外と比べれば遠距離や殲滅戦をこなせないからであり、近距離だけに限れば等級外が相手でも引けを取ることはありません。
そんなわけで現在、前に抱きついたままのクテルを抱え、後ろに気絶したレーヴェを背負った状態です。……重いです。
「トゥーリ様、やはりどちらか持ちましょうか?」
「いえ、……良いです。これもレーヴェが一分保てば、自分で運ぶと決めたんですから」
「何故、そのようなことを……」
「……ザッカートも鍛え直すべきですよ。今のレーヴェ程度に五分程というのは掛かりすぎです」
「そうは言いますが、彼女は一級の冒険者ですよ」
「一級でしかないのですよ。いつも言っているでしょう、アナタの剣は既に等級外と同じ段階にあります。ただの人でありながらそこに行き着いたのですから、それを磨き続けるべきなんです。私が何をもって、アナタを選んだのかを忘れないでください」
「……はい」
彼は決して暇とは言えないですが、それを言い訳にして腕を錆び付かせては意味がありません。
もし錆び付かせたままにするようでしたら、そのときは―――。
重さを忘れるためにも物思いに耽っていると、部屋の前に誰かが立っているのが見えました。
「あら?誰かと思えば、グゥ爺ではありませんか」
グゥ爺、正確にはグーガル・ベルべディアと言い、トラバリン公爵家に昔から仕えている執事です。同時に、公爵家の裏を取り仕切る人間でもあります。
「これはトゥーリ様、今お帰りでしたか」
「珍しいですね、アナタが私の部屋に来るなんて」
というよりも、この人は父でも無視できないほどの重鎮です。そんな人間がわざわざ私の部屋に、私が帰るまで待つような用事なんて、あまり良い予感はしません。
「ええ、旦那様から言伝でございます」
「父様からですか?それなら他の使用人でも良い気がしますけれど……」
「当主自らの言伝でございます。別に私が伝えてもおかしくないでしょう」
「そうですか。まぁ、良いです、それで用件は?」
疑り続けても話が進みませんから、ここは話を聞くことにしましょうか。
「今夜の夕食の際に伝えることがあるそうです。その際に何も言わずに賛同して欲しいとのこと……」
「……それだけです?」
「ええ、それだけにございます」
「他の兄弟には?」
「いいえ、トゥーリ様だけにございます」
「なんで、また?」
「おわかりでしょう。他の兄弟方に対して、トゥーリ様が一番影響力をお持ちなのは」
「ふぅん?まぁ、良いでしょう。父様には了解しました、と伝えておいてください」
グゥ爺は行こうとして、立ち止まりました。
「はい、それでは。……ああ、そうでした。一つお尋ねしても?」
「なんでしょう」
「そちらの白い娘は?」
「……珍しいので拾いました!」
少し返答までに時間が掛かってしまいました。彼が父や私のやることを気にするのは珍しいものですから。
しかし、私の返答は音符が付きそうなほどに弾んでいたでしょう。
「ほっほっほっ、実にトゥーリ様は旦那様に似ておられますな。旦那様もそうやって、よく拾っていたものですから」
「あはっ、それはそれは。私は父様の子供ですから」
「そうですな、それでは失礼します」
そうやって去っていったグゥ爺を見送り、部屋に入るとザッカートは緊張を解きました。
「アナタもグゥ爺を前にすると緊張しますか?」
「なんというか、あの人は油断するとザックリと斬られてしまいそうですから」
ザッカートのグゥ爺に対する印象を聞いて、少し納得します。
「そうですね、グゥ爺は大戦の生き残りで、元等級外ですから」
「はっ?」
「知りませんでした?」
「なんで、そんな人が執事なんてしてるんですか!?」
「行き倒れたところを、お祖父様に拾われたんだとか、聞きましたよ」
少し呆けているザッカートを放っておいて、レーヴェとクテルをベッドに投げ、私もベッドに身を投げます。
「ザッカート、私は少し眠ります。誰か夕食のときに呼ぶように言っておいてください」
「……わかりました」
久しぶりに魔力を使いきったせいで疲れました。色々と考えたいこともありましたが、今は休むべきです。
そして、私は意識を手放しました。
* * * * *
その日の晩餐にて―――
「第二王女、クーセリア様が降嫁することが決まった」
父が告げた言葉に一瞬、食卓から音が消えました。
それを気にすることもなく、父は言葉を続けました。
「何処に降嫁なさるかだが、今、他の三家とも話している最中だが十中八九、トラバリン公爵家が選ばれるだろう」
緊張が走った。それもそのはず、王女を迎えるのだ。それは次期当主任命と変わらないことなのだから。
「そして、その際はヴァイゼル、お前がクーセリア様を迎えることになる。だが、この話はクーセリア様が十五になるまでは王城にいるから、まだ先になるだろうがな。話はそれだけだが、何かあるか?」
なるほど、父は兄に枷を嵌めるつもりなのでしょう。
もしくはトラバリン公爵家に王家が枷を嵌めるつもりかもしれません。
どちらにしろ、その枷を兄に嵌めるということは、父は私に好きにして良いと言っているわけです。
あア、なんて素敵な親を持ったことでしょう。嬉しくて仕方がありません。
「素晴らしいことではありませんか。これで、ますますトラバリン公爵家は発展することになるでしょう」
「おお、トゥーリはそう言ってくれるか。他に何か言いたいことがある者はいるか?」
私の言葉に相好を崩した父が尋ねますが、唯一、兄に対抗できた私が肯定したのです。否を申せる者はいません。
あえて、かき混ぜることも出来ましたが、せっかくの好意で柵を外してくれるのですから、ありがたく受けましょう。
* * * * *
食事を終え、部屋に戻ってきた私はレーヴェとクテルが脅えるのにも構わず、私は笑い続けました。
「あー、笑いました。すみませんね、なんとも楽しかったものですから」
二人を抱き寄せ、そうは言っていてもまだ可笑しくてたまりません。
私はこの家にいる限りは自由を保証され、兄は枷を嵌められました。
兄はこの公爵家を甘く見すぎでしたね。さてはて、どのように抗うでしょうか?
楽しくて仕方ありません。
せっかく免罪符も貰ったことですし、せいぜい、これまで以上に好きにやらせてもらいましょう。




