蠱毒の始まり
少し少ないか?
まず蠱毒というのは前世でもあった呪詛の一種と同じと考えても良いでしょう。蠱毒は一定の空間内で殺し合わせ、強い呪いを生み出すための呪法です。そのとき生まれるのは強い呪いを身に宿した、最後まで空間内で生き残った生物だったり、強力な呪いを残した猛毒だったりします。
次に合成獣ですが、この世界では元から存在している魔獣をキマイラ、魔術やその他の方法で人工的に作られた存在をキメラとしています。
なので、この『東西人魔識本』にある合成獣はキメラを表しているのでしょう。
この本には蠱毒を魔術的に再現し、より強力なキメラを生成できるとしています。
そして蠱毒による手法で強力なキメラを造りたいとき、大事なのは二つあると書いてあります。
一つは空間が閉じられているということ。世界は空中に漂う魔力の流れによって循環していますから、その流れによって溜め込んだ負の感情を外に逃がさないようにするための措置です。
もう一つは閉じた空間内で死んだ数が多くなれば多くなるほど、生まれる存在は強くなるということです。
この二つの条件を満たせば、簡単に強力な手駒が手に入るというわけです。
具体的な手順は、魔術による結界で空間を閉じたあと、中にいるものたちを殺し合わせるということです。
けれど、なるべく強力なキメラを造るためにも大規模、それこそ万単位の数は欲しいですし、それだけの規模を閉じ込めるための結界の準備も必要です。
まぁ、数については当てがありますから心配はしていません。けれど結界魔術は儀式の必要なものがほとんどなので、その準備も必要です。それに人目に触れない意味でも人払いの魔術も広範囲に用意しなくてはならないので動くにはまだ少し時間が掛かるようです。
* * * * *
さて、あれから三日が過ぎました。
結界と人払いを同時進行で調べていたのですが、途中で結界と人払いを同時に使用するのは面倒だと思って、結界に人払いを組み込んだりしていたら三日も過ぎていました。普通にしていたら、昨日の時点で行動できたことを考えれば明らかに無駄なことをした気がします。
手間を惜しめば、余計な手間をかけると学んだのだと思っておきましょう。
そんなわけで現在、レーヴェ、ザッカートを連れて夜の貧民街に来ています。この世界では珍しくもない人のゴミ溜めです。
別にこの貧民街から人が消えたとしても表立って騒ぎたてる人はいません。むしろ喜ぶ人の方が多いかもしれません。
どいつもこいつも諦めたような顔をして、見ているこちらが不愉快になるようなクズばかりなので、手駒を手に入れるついでに掃除をしようと思いました。
ということで、貧民街を今回の蠱毒の標的に決めました。
実はゴミ掃除以外にも理由があって、蠱毒を調べていたときに思いました、元々が負の感情が強い場で蠱毒を使えばより効率的に強い個体が造れないかと。あくまで、ついでですからそこまで期待しているわけでもありません。
まず結界魔術に必要な鉱石に魔力が宿った魔石を指定範囲内の外周に置いて、ぐるりと囲います。
本来なら魔石なしで魔力と儀式だけで結界は使えたのですが、今日使う魔術は結界だけでないので魔石を使いました。
お陰で大分、お金を使ってしまいました。
とりあえず魔石をばら撒くのは終わりました。
「ザッカート、レーヴェ。下がっておいてくださいね、巻き込まれたら助けるのが面倒なので」
「………わかりました」
レーヴェは無言で下がりましたが、ザッカートは何か言いたげな様子でした。
「ザッカート、何か言いたいことでも?」
「………本当にやるのですか」
「今さらですねぇ。どうでしょう、アナタは止めますか?」
「いいえ、アナタの道を遮ることなどありません」
どちらかと言えば、ザッカートは私の行いで人が死ぬよりも、私が自ら手を汚すのを好ましく思ってません。だからと言って、私を止めることもしないでしょう。
彼は私の騎士なのですから。
「別に止めても良かったのに、それはそれで楽しそうでしたから」
「ご冗談を」
「冗談でもありませんが良いでしょう。ザッカート、下がりなさいな」
―――始めますよ。
私は持ってきていた。短剣を抜き、手の平を切りつけました。滴る血は指を伝って、置かれている魔石へと落ちました。
血に含まれている魔力と魔石の魔力が反応して光を放ちました。光は連鎖するように魔石を伝い、魔石に含まれる魔力を活性化させていきます。
魔石から放たれた魔力に方向性を与えるために魔術を発動しました。
『不可侵領域・神域指定』
これで、ここの貧民街は他から隔離され、閉じ込められました。しかし、閉じ込めただけでは殺し合いになるわけではないので、さらに魔術をもう一つ発動させました。
『広域拡散・神託の十戒』
本来、光属性の『神託の十戒』は自分よりも魔力量の少ないものに十個の命令をできるようになる魔術です。しかし、今回は『広域拡散』という魔術で適応範囲を無理矢理に広げたので、命令できる数が一つになってしまいました。
けれど、一つでも出来れば十分でした。元々、一つ以上の命令は必要ありませんでしたから。
与えた命令は至極単純に、―――殺し合え、というだけでしたから。
魔力を一気に使ったため、少しふらつきますが気にはなりませんでした。
なにせ今は気分がいいのですから。
『さぁ、さぁ、一体、最後に残るのは何でしょうか。男?女?大人?子供?果たして人の形をしているでしょうか?』
『諦めて、敗北して、絶望して、そこに身を落としたのでしょう?』
『けれど甘いんですよ、私の前で止まり続けられるわけがないでしょう』
『そこにいるのは自分以外は全て敵です。醜く殺し合え、無様に地べたを這って生を請え』
『最後まで生き残ったなら、私が救い上げてやりましょう。そのためにも目の前の死と絶望を乗り越えて見せろ』
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!??』




