神は死に、世界は残酷である
ちと少ないです。
久しぶりにゴブリンたちの奇行を見て楽しんだわけですが、レーヴェの戦いを見て思ったんですが現時点でレーヴェはエルフとしての限界を超えています。
意外と凄いことなんですよね、ゴブリンを一撃で殺しきるというのは。
確かにゴブリンたちは弱いですけれど生命力だけは異常に強いんです。まぁ、剣などの斬撃を急所に打ち込めばそこまで難しくはないので、鈍器ではということですが。
そんなゴブリンを打撃の一撃で仕留めるのは人間ではまず無理でしょうし、人間よりも膂力で劣るエルフではなおさらです。
これはご褒美をあげるのを早めても良いかもしれません。
考えるのはこれくらいにして、ひとまずやることを済ましてしまいましょう。
「レーヴェ、とりあえずお疲れ様でした。後で反省会もしますが、今はそれよりもやることがあるので、少し見ておきなさい」
そうです、まだやることがあります。
私が何をするか理解しているザッカートは実に嫌そうな顔をしています。
逆に理解できていないレーヴェは不思議そうに私のあとに付いてきます。
そうして一つの小屋の前に辿り着きます。
扉もありませんが、中は薄暗くよく見えません。しかし、何があるかなんて分かりきったことです。
「……っ!?」
中を覗いたレーヴェの息を飲むのが分かります。
まぁ、始めて見たら驚くでしょうねぇ。
なにせ中にいるのはボロボロに汚された様子で置かれている、虚ろな目をした女だったのですから。
「ねぇ、レーヴェ。これがゴブリンどもに捕まった女の末路ですよ、なんとも哀れですよね」
レーヴェに語りかけると、彼女は少し震えているのでしょうか?
その様子についクスクスと笑ってしまいました、自分でも悪趣味だとは思いましたが笑うのを止められません。
今、レーヴェにあるのは怒りでしょうか、悲しみでしょうか、それとも恐怖でしょうか?
笑い続ける自分を責めるようにレーヴェは強く睨んできました。ああ、そんな目をされたらゾクゾクしてきちゃいます。
「どうですか、一歩間違えればアナタもこうなったかもしれないのですよ?」
レーヴェに背を向け、ボロボロの女たちのほうを見ました。女たちと言っても二人だけですが。
「なんて悲惨なのでしょうね?なんて残酷なのでしょうね?運命を恨みましたか?世界を呪いましたか?」
「せめてもの慈悲です、感謝しなさい」
腰の剣を抜き、そのまま二人の女の心臓を一撃ずつ突き殺しました。
そうしてレーヴェの方に向きなおれば、唖然とした表情をしていましたが、すぐに我に返り口を開きました。
「なんで……!?」
「なんで殺したかなんて分かりきったことですよ。これからの先、彼女たちがあの状態でまともに生きていけると思うのですか?」
「それは……?!」
「ああ、別にアナタと議論するつもりはありませんからこの話は終わりです」
まだ納得していない様子のレーヴェに構わず小屋からでます。
外で待っていたザッカートが布を渡してきたので、それで剣の血を拭いました。
小屋からレーヴェが出てきたのを確認して、小屋ごと魔術で燃やします。
『葬り焔』
この魔術は骨すら残さずに焼きつくす炎を生むものですが、名前的にちょうど良いでしょうから使いました。
呆けた様子のレーヴェに語りかけます。
「レーヴェ、このは世界はアナタが思っている以上に優しくないのですよ」
「アナタがさっき見たのはこの世界での敗者の姿です。敗北し、全てを諦め、絶望したものたちの姿です」
「アナタが復讐を果たしたいと願うなら覚えておくべきです。そして思い知りなさいな、自分も負けてしまえば、ああなってしまうと」
悩め、悩め。私たちのいる世界はどこまでも残酷だ。
それでも何かを為そうとするならば、抗い続けなければ後ろに戻ることも出来なくなってしまうのだから。
ふと、燃えさかる炎を前にこの世界の宗教にあった神様の物語を思い出しました。
―――この世界を創った神は二柱いた。一柱は争いと死を司った悪神、もう一柱は平和と生を司った善神だった。
―――あるとき悪神は勇者によって討たれることになった。悪神の死を人だけでなく全てが喜んだ。
―――けれど善神だけは悪神の死を悲しんだ。その優しさゆえに悪神を憎むことが出来なかったからだ、むしろ愛してすらいた。ともに世界を創り、命の種を撒き、世界を育んできたのだから。
―――善神は悲しみに暮れた。いつしかその悲しみは歪み、善神であるはずのそれが全てのものを憎むことになった。
―――こうして新たなる悪神は生まれた、善神の死とともに。
―――だからこそ、善神のいないこの世界はひどく残酷であるのだ。
確かにこの世界は報われないことのほうが圧倒的に多いのです、それこそ救いであるはずの信仰すら疑いたくなるほどに。
殺しても殺しても湧くように現れる魔獣に、自分よりも下の者をいとも容易く踏み潰す貴族、下の者を見ようとしない王族。
弱者は人として生きることさえ、許されない世界。
これが私のいる世界、私が生まれた世界です。
無慈悲で残酷で、だからこそ、なんとも反抗しがいのある世界なんでしょうか?
小屋が焼ける様子を目に刻むかのように睨むレーヴェを見ながら、この世界について思います。
前世の記憶があっても、私は私でしかない。だからこそ私は自分のために人を拾い上げ、救い、また落として、殺すでしょう。
次は時間が飛ぶと思います。




