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翌朝①

 郁人は最悪の音で目を覚ました。

 本来、朝を迎えた時は小鳥の気持ちいい鳴き声で起きることが定番なのだが、なぜか小鳥ではなく、カラスの鳴き声だったからだ。

 カラスの鳴き声で起きたくなかった郁人は目を閉じたまま、身体を横に向ける。

 その時、郁人の手が柔らかい物に触れた感触があった。

 これを抱き枕かクッションと思い、迷うことなく郁人は引き寄せると、


「んっ……」


 変な声が郁人の耳に入ってくる。

 しかも感触が抱き枕やクッションのような感触じゃないことにも気付く。引き寄せた物体の後ろの方は柔らかいことには柔らかいが、ごつごつとした部分に手が当たる。

 それが何かを確認するように郁人は手を何度も上下に往復させた。


「ん、んんっ!」


 郁人は今、自分が抱きしめているものが人間だと完全に認識した。いや、正確には背中に手をまわした時点で脳がそう指令を出していたが、認めたくなくなかったのだ。

 郁人は硬直した。

 なんてことをしてしまったんだ、という気持ちからの緊張と相手も目を覚ましたのか、視線を感じたためである。

 

 怒りなどではなく、相手も戸惑っているような雰囲気だった。

 いつまでもこのまま現実逃避しているわけにはいかないと思った郁人はおそるおそる目を開け、胸の中に納まっている人物を確認すると――頬を赤く染めた燐の顔がそこにはあった。

 お互い無言の状態が続き、それを破ったのは二人とは別に背後から聞こえた不機嫌そうな声。


「あなたたちはいったいいつまでそうしているつもりですか?」


 郁人が声の主を確認する前にその声の主が二人を見つめるように顔を覗かせる。

 エイミーだった。

 その隣にはメアリーの顔もある。

 エイミーは思いっきりジト目だったが、メアリーはにこにこしていた。

 

「二人はもう仲がいいんだね~」

「ま、待て待て! なんで三人が一緒に寝てるんだよ!?」

「そんなことより、ワシを早く離さぬか!」

「ご、ごめん」


 郁人は慌てて、燐の背中に回していた手を放し、そのまま三人から距離を取るようにベッドから降りて、近くにあった椅子に座る。

 燐の方も少し気まずそうに頬を紅く染めたまま起き上がり、座り込む。 


「別にわたくしは気にしませんわよ? ずっと抱き合っていたら?」


 エイミーも寝起き直後なのか、軽く背伸びをしつつ、まるで興味がなさそうにそう言った。

 口ではそういう言い方をしているも目は全く笑っていない。

 郁人はそれに気付いていたが、苦笑いをして誤魔化す事が精一杯だった。

 メアリーはそんなエイミーの発言を気にした様子もなく、郁人の側に近寄ると膝の上に座る。


「なっ!?」

「えっ!?」

「ちょっ!?」


 メアリーがそういう行動を取ると思っていなかったので、三人は驚くも、


「ん、どうしたの?」


 メアリーは二人の事は気にしていないらしく、郁人を見上げながら笑みを浮かべた。


「なんで俺の膝の上に座るのさ?」

「座りたいから。それだけだけど?」


 はっきりと言い切られてしまった郁人は反応に困りつつもなんとなく頭を撫でてあげたいという気持ちに襲われ、その本能に従い、メアリーの頭を撫でた。

 メアリーも撫でてくれるとは思っていなかったのか、一瞬驚いた顔をするもすぐに嬉しそうに顔を蕩けさせる。

 郁人がメアリーの頭を撫でていると二人はメアリーを羨望の眼差しで見ていた。

 そのことに気が付いた郁人が二人を見ると、二人はワザとらしく顔を逸らす。


「も、もしかして二人もして欲しいの?」

「お主はアホか。して欲しいわけあるまい」

「べ、別にそんなこと思ってもないですわ。よ、妖怪として人間にそんなことしてもらうなど、もっての他ですわ!」


 一番羨ましそうに見ていたエイミーがそう言った。

 そんな風に見ているエイミーの気持ちが郁人に分からなくもない。

 燐に関しては不可抗力ではあるけれど抱きしめ、メアリーは自分から膝の上に座りに来て、頭も撫でてあげている。

 何もされてないエイミーが羨ましそうに見てもおかしくないからだ。


「ごめん」


 郁人はメアリーにそう言うと、膝の上から下ろし、エイミーの元へ向かう。

 エイミーは歩み寄ってくる郁人を見て、少し動揺している様子だった。

 近くに行くと、郁人はエイミーの頭を撫でると一瞬、嬉しそうな顔を浮かべた。が、すぐに郁人の手を払いのける。


「な、何をするんですか!」

「不公平は良くないかなって思ったからさ」

「よ、余計なお世話ですわ!」

「じゃ、ワシが代わりに撫でてもらおうかのう?」

「なんでそうなるんですか!?」

「ボクはいつでもいいよ!」

「メアリーは黙ってなさい!」


 二人に弄られ始めるエイミーを見ながら、郁人も一緒に笑った。

 人間界で暮らしている時と変わらない楽しさがそこにはあったからだ。

 そこでエイミーの服を見て、郁人は疑問を浮かぶ。

 昨日着ていた服ではなく、寝間着に変わっていたからだ。

 しかもこの部屋に歩いて来た記憶もなく、そもそも三人で一緒に寝ている理由すらも分からなかった。

 郁人は無言になり、考え込んでいると、


「どうかしたの?」


 急に黙り込んでしまった郁人を不思議に思ったのか、メアリーが尋ねてきた。

 郁人が考えている事を口にしようと思った矢先、燐が先に口を開いて余計なことを言い始める。

 

「どうせエイミーを見ながら、変な事でも考えておったのじゃろう?」

「そんなわけないでしょ!?」

「そのわりにはエイミーは嬉しそうじゃのう?」

「う、うるさいですわよ!」

「話を切るようで悪いけどさ、なんで俺は寝てたんだ? そもそも昨日の記憶があまりないんだけど……」


 郁人の質問に対し、三人は困った表情を浮かべた。

 昨夜起きたことは小十郎に口止めされたため、本当のことは言えない。

 郁人はそのことを知らないので、答えが返ってくる前に次の疑問も口にした。


「それに、なんで三人が一緒のベッドで寝てるんだ?」


 それも昨日の件が関係していた。

 郁人ではない何かがまた現れた時のことを考え、三人で郁人を見張るように小十郎に言われたためである。

 しかし、そんなことを言えるはずがなく、三人がそれぞれ悩んだ末に出した答えがこれだった。


「に、人間と一緒に寝てみたかったからじゃ!」

「わ、私は人間の寝顔を見てみたかっただけですわ!」

「お兄ちゃんを下僕にしたかったから!」


 ほぼ同時に答える三人。

 二人の回答はある意味納得することが出来たが、メアリーの回答に郁人は驚いてしまう。が、すぐにそれが嘘であり、何かを隠している事に気付く。

 三人の目が泳いでいるからである。

 隠すという事はそれだけの理由があることをちゃんと分かっているため、郁人はそれ以上聞く事を止めた。

 妖怪には妖怪の事情があり、人間には人間の事情がある。話したくないことがあってもおかしくないからだ。

 

「二人はまだ分かるけど、メリーさんのが一番酷い」

「妖怪としては当たり前の答えかもしれんがのう」

「さっき自分から甘えに行った人が言える言葉ではないですわね」

「し、仕方ないじゃん! 本当のことなんだもん!」


 二人は若干引いており、メアリーが慌てて反論している。が、間違いなく不利なのは明らかだった。

 その立場を打開すべく、


「それはもう良いから、窓際に来て!」


 無理矢理話題を変えるメアリー。


「分かったよ。って、昨日から気になってたんだけど、なんで窓があるの?」


 昨日から気になっていたことだった。

 妖怪などは壁をすり抜ける事などは容易に出来るのだから、絶対に必要のない物なのに設置するということはそれなりの意味があるに違いない、と郁人は思っていた。

 

「窓があるだけで部屋が明るくなった感じがするからですわ」

「あ、そう」


 納得するには十分な答えだった。



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