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別の存在

 郁人には小十郎の言った意味も三人が囲んだ意味も分からなかった。

 そして何がおかしいのかも分からないまま、惑うことしか出来ない。


「郁人、お前は本当にビビってないのか?」

「え、どういうこと?」

「本当は怖がりのはずだよな?」

「自分であまり認めたくないけど、間違いなく本当だよ」


 物心ついた時からそうだったので、郁人が間違うはずがない。

 だからこそ、今日も骸骨を見た時や閻魔が死人を消滅ころす瞬間に出した殺気に怯え、気絶してしまったのだから。

 もし間違っていたというのなら、それは自分自身の存在すらも否定することになってしまう。

 しかし、燐が口にした言葉は郁人にも信じられない一言だった。


「お主がワシに向かって挑発に近い発言をした時、軽く殺気を飛ばしておったのじゃ。気が付いてないみたいじゃがのう」

「え? いやいや、嘘だろ。つか、どっきりとかいらないから!」


 郁人には燐の言葉が信じられなかった。

 郁人がビビりなのは情報や現状で四人は知っているのは分かっている。だからこそ、それを調節してビビらないようにしてくれた、と思っていたがそうではなかったらしい。

 それなら無意識でやっていた、と言ってやろうと思ったが、


「ごめんね、このことに気が付いてから四人でお兄ちゃんを見たでしょ? 全力ではないけど、ある程度本気で殺気を飛ばしてたんだよ」


 メアリーによって言葉を封じられる。


「う、嘘だ!」

「嘘じゃないですわ。閻魔様の無言の指示でしたから、遠慮なく殺気を飛ばしましたわ」

「殺気にも慣れれば、ある程度の事は流せるじゃろう。が、ここには閻魔殿もおったのじゃぞ? ワシらだけならまだしも閻魔殿もおる状態で、お主がそれに耐えられるというのは考えられぬ」


 そう言われて、郁人は自分がしたことの不思議さにやっと気が付いてしまった。

 自覚した途端、自分の中でおかしな感覚に襲われる。

 吉原郁人を形成する存在がまるで違う何かに浸食され、別の者に変わっていく感覚。絵の具で白い画用紙を一気に全部の端から真ん中へ向かって塗り潰していく感じだった。

 郁人自身もそれをどう対処していいか分からず、簡単に意識が飲み込まれてしまう。

 燐、エイミー、メアリーの三人はいきなり郁人が苦しみ始めたため、その行動が本気か演技なのか判断が付きにくく戸惑っていた。



「お、お兄ちゃん? 大丈夫?」

「演技ならやめてくださいですわ?」

「これが演技ならたいした者じゃぞ、こいつは」

「演技じゃなかったら、どうするんですか?」

「まずは原因を探らぬとのう」

 

 今まで苦しんでいた郁人は急に静かになった。

 何事もなかったようにゆっくりと身体を起こすと、迷うことなく両足をテーブルの上に置く。


「よう、閻魔。お前が悪いんだぜ? 郁人をこんな場所に連れて来るからな」


 郁人は、郁人ではない別の声ではっきりと小十郎に言った。

 周りを囲んでいた三人は人格とも言える変化に付いていけず、さっき以上に戸惑ってしまう。

 しかし、郁人ではない何かが小十郎に対し、敵意を向けていることだけは

確実だった。

 それだけで三人の行動は決まる。小十郎を守るため、それぞれに先手必勝で攻撃を繰り出そうとする。

 が、小十郎がそれを手で制して三人を止める。


「なぜじゃ!」

「郁人を死なせるつもりか?」

「くっ、そうじゃった!」

「さすが閻魔だな。よく分かってる」


 郁人はそれを拍手で賞賛する。

 三人は何も出来ない事に歯がゆそうに睨み付けることしか出来ない。

 小十郎も郁人ではない何かの挑発染みた賞賛に乗る様子はなく、淡々と質問し始めた。


「お前は誰だ?」

「名前なんてねぇよ。あえて言うのなら、吉原郁人だ」

「ほう、あのビビりくんではないみたいだが? 別の人格といったところか?」

「正解だ。閻魔が知りたいのはそういうことではないんだろう?」


 小十郎は軽く舌打ちを打つ。

 場の空気の流れが間違いなく郁人ではない何かの方に流れていた。それを引き戻そうとしたのだが、その考えが読まれていたためである。

 郁人は不適な笑みを溢す。


「くっ、閻魔殿に向かって……」

「落ち着きなさい、そうやって乗ってしまえば相手の思う壺ですわ」

「そうだね。まさかこうやって人間に調子に乗られるなんて」


 三人はそれぞれに悔しそうな表情をしつつも、隙を見つけようと様子を伺うことが今出来る精一杯だった。

 そんな三人の考えも読めているらしく、郁人ではない何かは背もたれに首を預けるように首を反らし、三人を見つめてこう言った。


「お前らは甘いな。閻魔を見てみろよ」

「どういうことじゃ?」

「燐ちゃん、なにこいつの話に耳を貸してるの!?」

「じゃが、しかし……」

「しかしも何もないですわ!」

「お前らは閻魔の面子を守ろうとしているんだろう? だけど、その本人の閻魔は違うみたいだぜ? 郁人を助けようとしてることに気が付いていたか?」


 三人は郁人ではない何かに言われて、小十郎を確認する。

 そこでやっと気付いたのだった。

 小十郎が冷静を装いながらも、身体が強張っていることに。何かあれば、攻撃しようという意思を身体で現していた。

 郁人ではない何かはテーブルから足を下ろしながら、


「そろそろ時間か。正体を明かす時間がなくなったのは残念だが、最後にプレゼントでもしとくか」


 と言い切る前にテーブルの上に乗ると、そのまま小十郎向かって奇襲をかける。

 三人は警戒してしていたこともあり、奇襲に対しての反応も素早かった。

 しかし、下手に攻撃は出来ない。

 やれることは少なく、小十郎への攻撃を防ぐことと郁人の動きを止めることだけだった。

 閻魔の顔に向けて放つをパンチを燐が目の前に現れて九本の尻尾全部で壁のようにして受け止める。エイミーは金縛り、メアリーはどこからか出した二体人形を使い足にしがみつかせ、動きを完全に封じた。

 その連携に郁人ではない何かは悔しそうな笑みを漏らす。


「ちっ、さすがだ。また会えるといいな、閻魔よ」


 郁人はそのまま意識を失ったかに見えたが、すぐに意識を取り戻す。


「あ、あれ? 俺は何をしてたんだっけ?」

「郁人、覚えてないのか?」

「う、うん」


 意識が戻った郁人の目に映ったのは燐の尻尾になぜか拳をめり込ませて、その横から覗き込むようにしている小十郎の顔だった。

 しかも身体が全然動かない。

 なんでこうなっているのかさえも分からず、思い出そうと考え込んでいると身体の自由が急に利くようになるが、郁人はそのままテーブルの上に崩れ落ちた。

 身体に力が入らなかったためである。

 

「あ、あれ?」

「大丈夫か?」

「大丈夫……じゃないかも……」

 

 そんな郁人を燐がお姫様抱っこをしてテーブルから郁人を下ろし、そのまま床へと寝転がらす。

 抱えられて下ろされている時に見えたテーブルの上の料理の悲惨な状態や目の前にいた燐の体勢からして、郁人は自分が小十郎を襲おうとしたことだけは推測出来た。

 なんでこんなことが起きてしまったのか、と思い出そうと思っても異常な眠気が急に押し寄せてきたため、考えることさえままならない状態になってしまう。

 しかし、謝罪だけはしたかった郁人はなんとか声を搾り出した。


「す、すいません」

「気にするな。ゆっくり休め」


 小十郎は郁人の状態に気付いたらしく、笑顔でそう言った。

 郁人は小十郎の言葉に甘え、郁人はあっさりと眠りの世界へと旅立つ。


「あれはいったい何だったの?」

「さあな、分からん」

「そうじゃのう」

「分かっていることはあの方が手強いということだけですわね」

「このことは郁人には秘密にしとけ。それとお前らに新しい任務も渡す」


 小十郎は腕を組み、真剣な顔つきになる。

 郁人の身体を乗っ取った人格のことを知らなかったからだ。

 小十郎の雰囲気から、三人もそれぞれに緊張した顔を浮かべながら、しっかりと頷いた。


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