三人の家庭教師②
「さて、メリーさんと分かったことだし、三人には自己紹介でもしてもらうか。ちなみに郁人はしなくていい。こちらで事前に情報は集めてあるからな。まずは燐からしてもらおう」
「ワシから? 面倒じゃのう」
燐と呼ばれた九尾の狐は頭を掻き、一度伸びをしてから、自己紹介を始める。
「ワシの名前は東雲燐じゃ。見ての通り、九尾の狐じゃ。趣味は特にないのう。嫌いな人間はへたれ。脅かしたい人間は、色気にすぐに惑わされるような男じゃな。好物は大福じゃ」
「はしたないですわ」
「胸があるって本当に良いよね~」
燐の発言に魔女とメリーさんはあからさまに不満全開の様子だった。
その理由は郁人にもすぐに分かる。
燐と比べると二人の胸はあってもないようなものだからだ。魔女に関しては膨らみがあるのは分かるぐらいだが、少女姿のメリーさんはまな板だった。メリーさんに関してはそれが本来のあるべき姿のため、違和感はない。
それと嫌いな人間に自分のことが入れられている発言を燐がしたが、郁人は無視する事にした。
本当のことなので言い返せなかっただけなのだが――。
「胸の話になるとすぐにそう言うから嫌じゃ」
「燐は色気以外の取り得がほとんどない妖怪ですから、仕方ないですわ」
「ほう、言うてくれたな」
魔女の挑発に乗るように燐の顔が引きつっている。今にでも戦闘態勢にな
ってもおかしくない様子だった。
しかし、それを小十郎が止める。
「止せ、今は自己紹介をしているんだ。やるなら二人でこっそりとやれ」
「すまぬ」
「すみませんでしたわ」
燐と魔女は小十郎に向けて、素直に謝罪した。
しかし、燐は魔女を睨み付けていた。
「じゃあ、次はエイミーに自己紹介をしてもらおう」
「分かりましたわ。私の名前はエイミー・オルブライトですわ。趣味は宝石集め。嫌いな人間は、色気しか取り柄のない奴。驚かしたい人間は、科学しか信じられない人間ですわ。あと、ショートケーキが好きです」
「やはりワシにケンカを売っておるであろう」
「さりげなくボクにも売ってない?」
「その二人のことはどうでもいいとして、宝石集めって…ちゃんと買ってるんだよね?」
「「良くない(わ)!」」
郁人が二人の会話を無理矢理流そうとすると、二人が言葉をハモらせ、郁人を睨み付けた。
人間と違い、睨み付けられるだけでも威圧を感じた郁人は身体を震わせる。
そんな二人を無視しているエイミーは呆れたように小さく息を吐く。
「買ってないですわ。本物をコピーして、コピーした物を返せばいいんですから。楽なお仕事ですわ」
「ちゃんと買いなよ」
「人間の使うお金など、私たちに必要ありませんもの。興味なんてないですわ」
郁人は何も言い返せなくなる。
考えてみれば、ここの住人にお金なんてものは必要ない。そもそも盗んだとしてもバレることが絶対にないからだ。バレたとしても警察にもどうすることも出来ない世界。
この発言から、人間というのは妖怪にとって格下の相手にしか見られている事が郁人にはよく分かった。
「じゃあ、次、行こう」
小十郎がタイミングを見計らい、メリーさんを見つめる。
「は~い。ボクの名前はメアリー・ナディア。メアリーと呼ばれるよりは『メリー』って呼ばれた方が嬉しいかな。二人と同じように説明すると、ボクの趣味は人形集め、嫌いな人間は変な風に大人ぶる人かな? 脅かしたい人間は人形を粗末に扱う人。そういう人間に人形やフィギュアの怨みを教えてあげたいよね」
「子供の仕返しみたいな考えじゃな」
「そもそも人形集めが子供みたいなんですけどね」
「二人ともボクのこと、絶対バカにしてるでしょ?」
メアリーは二人を睨み付け、ワザとらしく確認する。
二人はそれに気付いていながらも普通に言い返した。
「よく分かりましたわね。その通りですわ。まぁ、燐に関しては胸ばかりが成長して、そのことに気付かずに言ったのかもしれませんが……」
「ワザとに決まっておろう! さっきからなんじゃ、エイミーは! 変に頭が固いせいで胸も同じく成長しなかったのであろうが!」
「なんですって!」
「二人とも本当に子供のまま成長したんだね。分かったよ、ボクは二人より大人の自覚があるから、大人しく見守る事にするよ」
「「誰が子供じゃ(ですわ)!!」」
三人がお互いを睨み合う。
まるで三すくみのような状態になっていた。
郁人は完全に蚊帳の外になっているので、被害に巻き込まれないようにいつでも逃げられるように椅子を引き、腰を浮かせる。
しかし、その必要はなかった。
目を閉じ、黙って聞いていた小十郎が目を開くと同時に衝撃波が部屋中に走る。
三人はその衝撃波に身体を震わせ、大人しく席に座り、姿勢を正した。
「す、すまん。悪かったから、そんなに殺気を飛ばさぬでくれ」
「は、反省しておりますわ。だ、だから止めてください」
「ご、ごめんなさい。も、もうしません」
燐とエイミーはカタカタと身体を震わせ、メアリーに関しては涙目になっていた。それだけ怖かったらしい。
しかし、郁人には何が起きたのか、全く分かっていなかった。
衝撃波が走ったことはテーブルなどが震えたことで分かったのだが、それが殺気だとは気付かなかったのだ。
法廷の時のことを踏まえて、自分には殺気が届かないように調整してくれたのだろう、と郁人は思うことにした。
しかし、郁人は小十郎の様子が少しだけおかしい事に気付く。小十郎が少しだけ不思議そうに自分のことを見つめていたからだ。
でも、すぐに何事もなかったように郁人に話しかける。
「郁人よ、この三人の声を聞いて、何か思い出さないか?」
「思い出す?」
郁人は三人を順番に見つめる。
そのことについて、実は少しだけ頭の端に何かが引っかかっていた。何がどう引っかかるのか分からなかったため、気にしないようにしていたのだ。
しかし、小十郎がそう聞いてきた事により、それが間違ってなかったと分かる。
そして必死に思い出そうと、頭の中を必死に回転させると、あの日のことを思い出した。
ここに連れて来られる夜のことを。
「あぁぁあああああ! この三人だったのか! あの日、俺をここに連れて来たの!」
「気付くのが遅いのう、こんなんで大丈夫なのか?」
「誰かさんが思いっきり首に手刀を繰り出すから記憶でも欠如したんでしょ」
「ご、ごめん。少しは手加減したつもりだったんだけど…」
メアリーは申し訳なさそうに頭を下げる。
「まさかメリーさんが手刀を繰り出したとは思ってもみなかった。てっきり燐さんかと思ってたのに」
「ほう、お主にはワシがそんなに乱暴者に見えるのか?」
「しまった」と、口をと閉ざした時にはすでに遅く、燐の怒りのオーラが向けられる。手をポキポキと鳴らし、すでに臨戦態勢である。
しかし、本気で怒っているわけではないようで、そこまで怖くなかった。
その様子を見ながら、さっきと同じように小十郎が首を傾げている。
「ん、閻魔様どうなされたのですか?」
「なんかおかしな顔してるよ? 気になる事があるの?」
その様子に気が付いたエミリーとメアリーが尋ねる。
「何かおかしいことに気が付かないのか、お前たちは?」
「どういうことですか?」
「ボクにも分からないんだけど……」
「閻魔殿よ、さっきからおかしいぞ? 詳しく話してくれ」
二人の会話に燐も混ざり、小十郎を見つめる。
小十郎は燐の方を向くと、質問した。
「燐、お前今の郁人の発言に軽くだが殺気飛ばしたよな?」
「当たり前じゃろう」
「だからおかしいんだ」
小十郎の言葉で、三人はハッとした表情で郁人を見つめる。
郁人は四人に見つめられて、少したじろぐ。
まるで四人の目つきがさっきまでの和やかな雰囲気と違い、睨みつけるような感じで見つめてきたからである。まるで真っ暗な部屋から光る目だけで見られているような感覚。
そうやって見られるだけで、郁人は居心地が悪くなってしまった。
「お前、本当に郁人か?」
小十郎は疑うように郁人を見つめた。
三人は小十郎の言葉が言い終わる前に椅子から立ち上がると、一飛びで郁人を囲む。




