精神世界①
郁人はどこかの映画館の席に座り、ある戦闘シーンを見せられていた。
周りには誰もいない。
たった一人だった。
「なんだこれ、駄作っぽいな」
映画の内容は陳腐なもの。
ある一人の少年がどこかの異世界に連れて行かれ、その世界の住人になるために訓練させられる。しかし、その少年は二重人格で、もう一人の人格が少年を救う物語。
救うためとはいえ、夜な夜な不意打ち気味に町の人を襲っている時点で正義の行動とは微塵も感じないのは自分だけなのだろうか、と郁人は悩んでしまう。
「っていうか、もうクライマックスっぽいよな」
直感でそう郁人は悟る。
今、画面に映っているのは最後の強敵とも言える三人の女の子のボス。
キツネみたいな女の子、魔法使いみたいな女の子、もう一人は人形っぽい女の子。
彼女たちを郁人はどこかで見た気がしたが、頭の中は霧のようなもので覆われており、しっかりと考える事が出来なかった。
「何かの作品で見たのかも。ま、いっか」
郁人はそのキャラたちのことを思い出すことを止めた。
心の中に何かが引っ掛かる不思議な感覚があったけれど、それも全部気のせいと思うことで、すぐに違和感はなくなる。
「しかし、このボスたち弱いな」
三人はさっきからコンビネーションを上手く使っていて、少年よりも有利に戦えているような気がするけれど、実は苦戦している。
まるで少年のことを気遣っていると言ってもいいような手の抜いた戦い方だった。
「一応、主人公である少年を応援するけど、ここまでボスが苦戦するってのも珍しいよな」
今もまた人形が吹っ飛ばされるシーンが入る。
さっきまでの余裕がなくなっているようだ。
ついさっきまではキツネの女の子の攻撃が主人公の腹部に入り、主人公のピンチに郁人もちょっとだけ興奮し、次の展開を期待してしまったほどだった。
しかし、その攻撃は実は入っておらず、あくまで主人公のチート具合が露見される。
物語上、主人公にそういう補正が入っても仕方ないと思うが、露骨過ぎて郁人は呆れずにはいられなかった。
「あの時は盛り上がったのになー、個人的に……」
そこで郁人は周りを確認した。
誰もいないから、さっきから独り言を言いまくっているのだが、なんとなく周りが気になってしまったのだ。
むしろ、誰もいないと分かっていても、こんな独り言を言っている時点でキモいことはちゃんと分かっている。
でも言わないとやってられないのだ。
「強制されているわけでもないけど、見ないといけない気がするんだよな……」
まるで三人の最期を見せ付けられるような感覚さえある。
それに対する答えはない。
あくまで郁人はそんな気分だったのだ。
『見てるだけでいいのか?』
郁人はいきなり響いてきたその声に身体を震わせ、慌てて立ち上がった。
辺りを確認しても誰もいないことは分かりきっている。入り口から誰かが入ってくるような気配すらなかったのだから。
むしろ頭の中で話しかけられるようなことが普通の人間に出来るはずがない。
でも、その声はどこかで聞いたことがあった。
「見るだけって、見る事しか出来ないじゃん。アドバイスを送れるぐらいなら、主人公にさっさと倒せって言いたいね」
『また逃げるのか? 逃げないと決めたんじゃないかったのか?』
「は? 逃げる? 逃げるも何も俺にはどうすることも出来ないし……」
頭に響く声の主の挑発に郁人は苛立つ。
『あの夢の事を忘れるつもりか?』
「夢?」
『そう、俺たちのことを忘れるつもりか?」
郁人の中から三つの光の球が出てきた。
それは人の形を作る。
「あ、お前たちは!」
郁人はその人物たちの事がすぐに分かる。
あの夢で見た自分の前世の姿だったからだ。
服装から考えても見間違うはずがない。
しかし、なぜ現実世界にこの三人が出て来られたのか、不思議に思っていると、
『郁人、ここはお前の精神世界だ。いや、鬼によって形成された世界なんだ。だから俺たちは出て来られた』
忠道は夢の中で話したような物腰柔らかい声のまま、郁人の考えている事を話してくれた。
次にレオンが口を開く。
『お前は俺たちの想いを引き継いで、あの三人を守るって決めたんじゃなかったのか? 俺はその言葉を聞けて嬉しかったんだぜ?」
レオンは画面に移る三人を指差した。
それと同時に郁人の頭に激痛が走り、今までの記憶が流れ込んできた。
それは三人との思い出。『すり抜け』や『浮遊』の修行の場面、自分を取り合い、イチャつこうと甘えてくる場面など。
郁人は三人の名前を思い出した。覆っていた霧みたいなものがなくなり、頭が今まで味わったことがないぐらいすっきりとした状態になる。
『思い出したみたいで良かった。後は郁人、君次第だよ。今度こそ楓を守って欲しい。こうやって来世の自分に頼むのもおかしいけどね』
明弘は苦笑いを浮かべつつ、申し訳なさそうに郁人に言った。
他の二人も同じように頭を下げる。
三人の気持ちを郁人は分からないはずがなかった。
自分自身が体験したような夢を見てしまったからこそ、あの時の三人の行動の意味を知っている。だからこそ来世の自分にそんな後悔をして欲しくないのかもしれない。
郁人はそう思わずにはいられなかった。
「あのさ、三人は自分の行動に対して後悔はしてないの?」
『してないと言ったら嘘になる。でもあの時はああするしかなかった』
『愛する人を守れない辛さは言葉で現すことは出来ないよ。けど、守れる力がないのも事実だった』
『俺も本当は前世の二人のようにしたかった。いや、どうあっても守るはずだった。それが出来なかったのは、自分に力がなかった証拠だよ』
「でも今の俺にも三人を守れる力はないんだ……」
画面を見ると、三人はすでにボロボロだった。
さっきから主人公にやられたい放題という状態。
それなのに三人は諦めるつもりはないらしく、肉弾戦を挑み続けている。
『だから俺たちがいる』
『俺たちが郁人に道を示す』
『守れるだけの力も渡す』
「いや、待てよ。そんなことして大丈夫なのか? こうやって俺から離れて、俺に話しかけられるってことはあの三人にも話せるんじゃないのかよ?」
『出来るかもしれないな』
『でもするつもりはないんだ』
『だから郁人、お前が三人を守ってくれ』
三人は最初から決まっていたような真っ直ぐな目で郁人を見つめる。
何を言っても揺らぐことがない真剣な目。
前世の三人の役目は燐たちに話すことではない、と言うかのように――。
「分かった。俺に三人を助けるだけの力を貸してくれ。絶対になんとかしてみせるから」
三人は再び光の球に戻り、郁人の中へと入る。
同時に自分の身体が温かくなった。
この感覚は精神エネルギーを使う時と同じような感覚。
三人が力をくれたのだと分かり、
「ありがとう」
そう言うと、郁人の意思に答えるかのように映画館が窓を割ったかのような音と共に砕け散る。
開けた先は真っ暗な闇の世界。
「せっかく俺が助けてやろうと思ったのに……」
その言葉につられる様に郁人とその声の主はスポットライトに照らされた。
照らされた先には小十郎の寝室で見た自分自身がいた。




