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閻魔様①

 あの後、骸骨は一言も話さなくなった。

 郁人はそれが少しだけ寂しく感じるも話してくれなくて安心するという二つの相反する気持ちが混ざり、複雑な気持ちになっていた。だからと言って、自分から話しかけるなんてことが出来るはずもなかった。

 この骸骨に対して怖いという感情が第一に働いてしまっているからだ。

 皮肉にもそのおかげで、郁人はいくつかの情報を得ることが出来た。


 一つは、ここがお城っぽい建物だということだ。

 辺りを探っている内に造りが洋館に近いものだと気付く。装飾品の趣向やシャンデリアなどの洋風な物が多数に設置されてある。

 骸骨の言葉から、閻魔の趣味であることは間違いないだろう。

 『あの世』なのに、このお城に窓があることも郁人には不思議だった。ここに住んでいる住人は壁をすり抜ける術があるので、窓を使って外を見る必要がないと思ったためである。

 そのことが気になるも骸骨に話しかける勇気がないため、疑問として残った。


 そしてもう一つ気になったのは、城の中を歩き回ったような感じがしたのに幽霊または妖怪に一人も出会わなかったことだ。

 雰囲気が洋風だからメイドっぽい立場の人が働いていてもおかしくないはずなのに誰かが働いているような気配のする部屋は一つとしてなかった。

 出会ったとしても場合によっては気絶する自信がある郁人にとって、出会わない方が良かったのだが、少しだけ他の妖怪と会ってみたい気持ちもあったのだ。


「ほぉら、着いたぞぉ」


 ある一室の扉の前に着くと骸骨はそう言って、郁人の方へ振り向く。

 今まで辺りを見回してきた郁人には、骸骨がそう言って止まった部屋が広い部屋だということが分かった。

 しばらくドアを見なかったためである。

 そんな広い部屋の中では何かを叩く音が聞こえた。時折、声も聞こえてくる。

 叩く音に限り、郁人にも聞いた覚えがあった。

 母親が好きなドラマでたまに出ていた法廷のシーンで、裁判長がよく叩く音。

 つまりここで何かの判決を行われていることは間違いない。もちろん『あの世』で行われる法廷は一つしか思いつかなかったが、念のため郁人は骸骨に尋ねた。


「あのさ、ここって天国か地獄行きかの判決する部屋?」

「おー、よく分かってんなぁ。正解だぜぇ、郁人ぉ」

「ここでやる判決ってそれぐらいしかないよね」

「まぁまぁ。郁人は死人じゃいないんだし、裁かれることはないぜぇ?」


 それを聞くと郁人は少しだけ安心することが出来たが、完全に恐怖を拭い去るまでにはいかなかった。

 なぜなら、この世界で一番偉い人であろう閻魔に会うためである。緊張しないわけがない。むしろ機嫌を損なわせてしまい、殺されるような展開が絶対に起きないとは限らないからだ。

 改めて、細心の注意を心がけようと郁人が心に決めたタイミングと同じくして、


「ちゃんと礼儀正しくするんだぞぉ? それだったら閻魔様怒らないからなぁ」


 骸骨が余計な口を挟んできた。


「わ、分かってるって。言われなくてもちゃんと気をつけるよ」


 骸骨は親切心で言ってくれたことは分かっているが、それが逆に郁人の緊張が強めてしまったことは言うまでもない。

 しかも何の合図もなしにドアを開けたため、郁人は落ち着く暇もなく、部屋の中に招かれてしまう。

 せめて扉を開ける合図が欲しかった。

 部屋に入り、郁人の目に入ったものは、法廷のイメージそのままの内装。

 裁判長が座るような少し高い位置に座る美青年の横顔があった。


 その美青年が閻魔だと郁人はすぐに分かった。

 郁人のような庶民的な服装ではなく、高級感のある服。木槌を叩く姿もどこか気品のある動き。極めつけは頭から生えている二本の角。

 完全に目の前にいる骸骨とは大違いの容姿だった。

 もちろんそれは郁人のイメージする閻魔とも違っていた。

 郁人の想像では赤鬼が巨大化した姿だ。大半の日本人がそのイメージをすると思う。


 しかし、この閻魔はベースが人間に近いところから、そのギャップに郁人は驚いてしまったのだった。

 そんな郁人の驚きとは関係なしに閻魔は閻魔の仕事をきっちりとこなしていた。

 中央に立っている死人の情報が書かれてあるノートを郁人たちが入る前から見つめていたが、ようやく判決が決まったらしく、口を開く。


「地獄」

「はぁ!? ちょっと待ってくださいよ!」

「うるさい。連れていけ」


 閻魔は容赦なく言い切った。

 身も蓋もなくその死人を手下である小鬼が連れて行く。

 郁人はその半透明な死人が小鬼に引きずられながら、どこかに連れて行かれる姿を見送るも不思議と怖いと感じなかった。

 それは最初のインパクトが強かったせいなのかもしれない。


 現在いまは横で姿勢正しくしている骸骨の方が間違いなくインパクトは強烈だった。

 次の死人が中央に立つと閻魔は面倒くさそうに、次のノートを読み始める。

 今日だけで何人裁いたのか分からなかったが、疲れていることだけは郁人にも分かった。

 そんな閻魔の様子に気付いた死人はヘラヘラとしている。


「何をヘラヘラしている?」

「閻魔様も疲れるんだなって思ってさ」

「当たり前だろう。貴様では精神が朽ちるほどの人数を裁いているからな」

「へっへ、そりゃご苦労さんなこって!」


 完全に舐めきっている様子。

 閻魔もそのことが分かっているのか、ゆっくりと立ち上がる。そして軽く身体を動かしてから、その死人の元へと向かう。

 椅子に座っている時よりも少しだけ楽しそうな表情を浮かべており、まるでその様子はチャンピオンが挑戦者に対して浮かべる笑みのようにも郁人には見えた。


「それで俺の判決はどうするんですかい?」

「そうだな、どうされたい? 天国・地獄の二択しかないが」

「もちろん天国でしょ! こんなの適当にやればいいんすよ!」

「うむ。そうだな」


 まるで雑談のような会話に閻魔は頷くが、目が全然笑っていない。

 閻魔の様子に気が付いた小鬼や骸骨が険しい表情をしていた。

 

「言われてみれば、それが一番楽だな。だが、仕事をそんな風に手を抜いても良いのか? 貴様もなんとなくの理由で人を殺したらしいが……」

「しょうがないですよ。人を殺すということに興味があったんですから」

「そうか。俺もそれを見習おう」


 その死人の頭に手を置くと、青い炎が死人を包む。

 さすがに熱いのか、その死人は声無き声を上げ、床を転がるようにしてもがき苦しむが勢いは増すばかり。

 不思議なことに床にその炎が燃え移る気配は全くない。

 目標だけを燃やし尽くしていた。


 その炎より一番驚いたことが郁人にはあった。

 閻魔が殺気を全く出していなかったことだ。

 普通、誰かを殺すときはそれなりの意思を感じることは骸骨から体験済みである。骸骨よりもさらに数倍格上の閻魔にはそれ以上のものがあってもおかしくないはずなのに、郁人は全く感じることが出来なかったのだ。


 それどころか、閻魔は子供のように無邪気な笑顔を浮かべていた。

 その時、郁人は自分の身体がおかしいことには気付く。

 股間辺りに濡れた感覚があり、その部分に顔を向けると股間あたりからズボンが濡れてしまっていた。

 もらしたということはすぐに分かったが、恥ずかしいという気持ちよりもその現象が起きた理由が分からず、郁人は動揺を隠し切れなかった。


「お前ごときに俺の仕事の大切さが分かるか。消滅ね」


 閻魔が冷たく言いきると、同時にそれは燃え尽きる。

 その瞬間、郁人は何が起こったのか、理解かってしまった。

 閻魔の殺気が、脳の理解出来る範囲を超えたために認識できず、身体だけが先に反応してしまったことに――。

 理解かった途端に、意識まで遠のき始める。

 抗うことも出来ず、郁人はそのまま床に倒れ込んだ。


 

 

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