風呂
「なんでこういうことに対して、本気を出すかな……」
郁人は銭湯と化した風呂場を見渡し、縁にもたれるようにしながらお湯に浸かり、呟いた。
「風呂場が小さいからいけなかったんですわ」
「エイミーにしては良い考えじゃったな」
「これならいつでも四人で入れるね」
「入らないけどな」
元々、家に備わっていた風呂場は二人が限界の広さだった。
だから日をずらして一緒に入ろうと郁人が提案すると、誰が最初に入るかという問題で三人は揉め始めた。揉めに揉めた後、最終的にエイミーの「風呂場を広げよう」という発言に、二人が賛同し、今に至る。
その方法をエイミーに説明されたが難しい話が出てきたため、郁人にはよく分からなかった。要約すると、空間を広げて、その分だけ風呂場を銭湯のように改装したということらしい。
こうして三人一緒にお風呂に入れようになった。
「しかし、お主はなぜ背中を向けておるのじゃ?」
「お前らをワザと見ないようにしてんの!」
郁人の背後では三人が身体を洗っている。
だからこそ、そちらを見ないようにしていた。
「ボクは別に見てもいいんだけどな~」
「ワシも大丈夫じゃぞ? エイミーはどうなのじゃ?」
「べ、別に構いませんわよ? そのために一緒に入っているんですし……」
三人はそんなことを勝手に言い始めたが、郁人は最初から見るつもりはない。見るつもりがないからこそ、郁人も自分の身体を洗い終わるまで三人が風呂場に入る事を禁止にしていた。
何よりも一緒に入る時点でタオル着用は義務付けている。
きっと三人もそのことが分かっているから、こうやってちょっかいを出しているのだろう。
「絶対に見ないから安心しろ」
「ちぇ、つまんないの~」
「はいはい。あ……やっぱいいや」
「何ですか? その中途半端な止め方は。気になるんですけど」
「ちょっと気になる事があっただけ」
「何々?」
「燐のことで」
「なんじゃ?」
郁人は前から燐のことで少しだけ気になっていた事があったことを思い出した。
もちろん風呂関連のことである。
乙女の恥じらいというものがあると思っているから、郁人は尋ねても大丈夫かと躊躇ってしまう。
そんな郁人の気持ちを察してか、
「答えたくないものは答えぬから安心せい。ま、そういう質問するとは思えぬが――」
楽しそうに笑っている。
郁人は背中に燐だけではなく、エイミーとメアリーの視線を感じることが出来た。
二人も郁人の聞きたいことに興味が湧いているらしい。
こうなると話すまで粘り続けることが今までの暮らしの中から分かっているため、郁人は素直に聞くことにした。
「燐って尻尾が九本あるだろ?」
「うぬ、九尾だからのう」
「その尻尾一本一本丁寧に洗ってんのかなって思って」
「あぁ、そういうことか。もちろん洗っておるぞ?」
「大変じゃね?」
「それなりにのう」
「じゃあ、ボク一本洗ってあげるよ!」
そんな燐を大変だと思ったメアリーは、そう言うと燐に近寄ると、何気なく尻尾を思いっきり根元から掴む。
「ちょ、待て! ひゃう!」
メアリーの突然の行動に燐の静止が間に合わず、珍しく艶かしい声を上げる。
郁人も燐がそんな声を出すと思っていなかったため、心臓がいきなり脈打ち、ドキドキし始めてしまう。
「どうしたの?」
「ば、馬鹿! いきなり触るな! 自分では大丈夫じゃが、他人に触られると結構敏感なのじゃぞ!?」
「へー、そうなんですか?」
エイミーは燐の言葉を確認するかのように、燐の尻尾を掴む。
「はうっ! こ、こら! エイミーも面白がるな!!」
燐は再び艶かしい声を上げて、肩で息をしているのか郁人の耳に聞こえる。
燐の状態も心配だったが、郁人にとって自分もそれどころではなかった。
エイミーとメアリーは燐を弄って楽しんでいるのかもしれないが、郁人もその巻き添えをくらい男として反応が出てしまったからだ。
二人が燐で遊ぶのを早く止め、しばらく浴槽の方へ来ない事を祈った。
「ここはどうです?」
「ちょ、だから……やめ、ろ……とっ」
「えー、こっちでしょ?」
「こ、こらぁ……ひ、人であそ、ぶなぁ!!」
しかし、二人は楽しそうに燐で遊び続けている。
燐の艶かしい声が治まる事はない。
それどころかメアリーが郁人にも振ってきた。
「お兄ちゃんも燐ちゃんの尻尾洗ってあげれば?」
「え!?」
「ちょ、それは勘弁してくれ!」
「いいんじゃないですか? 二人ともそれなりの反応があるみたいですし」
エイミーは郁人の状態さえも分かっているようで、意地悪するようにそう言った。
「そ、そうなのか?」
「いや、そこで興味を持つなよ!」
燐も自分の反応に興奮してくれた喜びからか、嬉しそうに尋ねてきたので、郁人はそう突っ込むことしか出来なかった。
「まぁ、お主が洗いたいのなら、洗わしてやってもいいんじゃが……」
燐はしばらく考えこんだ後、恥ずかしそうにそう言った。
エイミーとメアリーはこの状況を楽しんでいるらしく、はしゃいでいるようだった。
「ったく、お前らは……」
郁人は少しだけ考えた。
きっとこのノリには乗った方がいいんじゃないか、と。据え膳食わぬは男の恥ということわざもあるぐらいだ。
一回ぐらいはサービスしてもいいかな、と郁人は思ってしまった。
「分かったよ。だから全員タオルは身体に巻けよな。じゃないとしてやんね。つか、燐は胸と下だけでも隠せ」
「は~い」
「分かりましたわ」
「う、うむ」
三人はそれぞれにシャワーで泡を流したあと、タオルを身体に巻きつける音が風呂場に広がる。
その音にさえも郁人はドキドキしてしまった。
「お、おっけーじゃ」
「私もですわ」
「ボクも~」
郁人も風呂から出て、三人の方へと向かう。
燐を中心にして、二人が左右に立っている。
完全に二人は見守るつもり満々だった。
燐の尻尾の後ろに立つと郁人は燐に尋ねる。
「どうやって洗えばいいんだ?」
「ボディソープを手につけて、洗ってくれればよい……」
「分かった」
燐が珍しく緊張していた。
声も少しだけ上ずっている。
郁人は言われた通りに手に大量のボディソープを乗せて、それを泡立て、燐の尻尾の先の方を軽く触れた。
「あ、それじゃ駄目ですわ」
「え、何が?」
「もうちょっと根元辺りか掴みなよ~」
「こんな風にか?」
郁人は二人に言われるように、燐の尻尾の根元辺りから掴む。
なるべく力を入れないようにしたつもりだったが、
「ひゃうっん!」
今までに聞いた事のない嬌声を燐が上げる。
郁人はその声にびっくりして、思わず手を離した。
「成功ですわ!」
「ね~、簡単に騙されるなんて思わなかったよ~。っていうか、燐ちゃんも注意すればいいのに……」
「し、仕方なかろう。好きな奴にそう簡単に言えぬわ。お主は早く尻尾を洗ってくれ」
「分かったよ」
郁人は燐に言われるままに尻尾を洗った。
さっきよりも尻尾を持つ手に力を入れてないつもりでも燐は嬌声を軽く上げ続けたが止めることだけはしなかった。きっと止めてしまえば、今後一切洗ってもらえないと思ったからなのかもしれない。
だからこそ尻尾一本洗い終わるだけで、燐は身体をくの字に曲げ、肩で息をする始末だった。
「ごめん、下手で……」
「き、気にするな。わ、ワシから頼んだからのう」
「サンキュー」
「じゃあ、私もお願いしますわ。背中を」
「あ、ボクも! ボクは頭がいい!」
二人はこのタイミングを待っていたようにおねだりしてきた。
燐の尻尾を洗ってしまったのだから、二人のお願いを断る権利はすでに郁人にはなく、二人の言うとおりに背中と頭を洗う。
もちろん燐のように艶かしい声が上がる事がなかっただけが唯一の救いだった。
しかし、四人はまだ知らない。
この平和な日々が崩れるまでの時間が、すぐそこまで来ていたことを……。




