郁人の変化②
郁人は再び崖の端に一人で立つと目を閉じて、集中する。
目の前が真っ暗闇になる中、今まで感じたことのない感覚を郁人は感じた。
胸の辺りに何かよく分からない違和感。
例えるなら蝋燭に灯る小さい火のようなものだ。
やっと点いたという感じだったので、郁人はこれが『精神エネルギー』じゃないかと仮定して、もっと燃やす方法を考える。三人は『思い込み』と言っていたから、火を燃え盛らせるイメージをしてみた。
郁人のイメージにその蝋燭は応えるように火は大きくなる。
思い込んだことが成功したため、テンションが上がった郁人はそのまま火を全身に纏うイメージをしてみた。
蝋燭の真ん中辺りから一本の線が出ると、ゆっくりだか確実に伸びていき、身体の輪郭に沿って進んでいく。
身体を一周して再び蝋燭の元へと戻ってくると、身体がポカポカとしてくるような感覚を味わった。
「その調子ですわ」
「うむ、いい感じじゃ」
「あとは空中に浮くイメージをしてみて」
郁人の状態を感じ取った三人のアドバイスが耳に入ってきた。
次のアドバイスを貰えたということは、進歩したということ。
郁人は一気に自信が付き、そのまま空に浮くイメージを浮かべる。今まではそのイメージすらなかなか出来ず、出来たとしても煙のように簡単になくなってしまう。
それなのに今日は具体的なイメージと共に長時間それを保てる自信があった。
このことから、郁人の中には成功する確信が生まれる。
郁人はその直感に身を委ねて、道を歩くかのように一歩踏み出す。
道はないその先へと。
そして、郁人はゆっくりと目を開けた。
「お、おおー!!」
郁人は自分の状態になんて表現したらいいか分からなかったが、浮いているという事実だけは目に映った。
「やったのう!」
「長かったですわー!」
「お兄ちゃん、おめでと~」
三人も相当喜んでいるようで拍手までしてくれた。
今までの苦労が一気に報われたような気がして、郁人は涙が溢れてしまいそうだった。
そんな風に郁人が感動していると、急に三人が慌て始める。
「早く戻って来るのじゃ!」
「なんで?」
「良いから早くですわ!」
「もうちょっと感動をか――」
「後でも出来るから!」
「問題ないっ――えぇぇえええええ!!」
言葉を言い終わる前に郁人は落下し始めた。
まるで階段を踏み外してしまったかのような感じで。
本当に階段を踏み外してしまったのなら下の段に足がかかるが、ここは崖なのだ。両足とも空中のため、そのまま垂直落下し始める。
今までのような落ちそうになったら、すぐにその場で止まる感触もない。
本当に落下していくだけ。
そんな状態の中、郁人はなぜか怖いと感じていなかった。
三人を信用しているからなのか、それとも前に飛び込んだときに安全が分かったからなのかは分からない。
落ちているというのに目を開けていられたのだ。
そして、足が水面に触れる直前で、郁人の身体がガクンという反動と共に止まる。
「だ、大丈夫か?」
息を荒くした燐が隣にいた。
動揺した表情を隠しきれていない。
「さ、サンキュー」
「だから早く戻れと言うたんじゃ」
「本当ですわよ、焦りましたわ!」
「でも無事だったんだし、良かった良かった」
エイミーとメアリーも降りて来る。
ホッと息を漏らしている様子から、二人も焦っていたらしい。
燐は郁人の身体を操作して、もう少しだけ高く浮かせる。
「あれぐらい浮けたのなら『すり抜け』ならやれそうじゃな。行ってみるか?」
「先に言っときますけど、今みたいにのんびりしてたら壁に身体がめり込みますわよ?」
「頭がめり込んだから、本当に大変なんだからね?」
三人はそう注意し始める。
さっきの浮遊を見たからこそ、成功する確信があるらしい。
郁人も今ならなんでも成功するような自信があった。
「それでどうする? 焦る必要はないがのう」
「あなたにお任せしますわ」
「お兄ちゃんの気持ち次第だからね」
半分諦めの言葉を言いつつ、顔は挑戦して欲しそうな表情を三人はしている。
さっきのでも約二分は浮いていたのだから、壁をすり抜けるぐらいなら問題はないと思った郁人は、
「挑戦するか!」
三人の言葉に頷いた。
燐が郁人を陸へと下ろすと、そのまま三人で『すり抜け』の修行場へと向かい歩き出す。




