変化③
二人の事を考えるとメアリーは計算高い女だった。
そのことは夢の件から分かっていた事ではあったが、郁人はそのことをすっかり忘れていた。
「やっと落ち着ける。朝から晩までうるさい奴らだ」
郁人は身体を洗いながら、そう呟いた。
妖怪もお風呂またはシャワーを浴びるらしく、ちゃんと備え付けてある。
三人も記憶を取り戻してからは少しだけ長風呂になったが、郁人は気にしていなかった。
ただ自分がゆっくり出来る時間があれば、それで良かったからだ。
二日連続であんな風に朝から襲われたため、休まる時がなく、今この場所こそが唯一の心が休まる場所。
シャワーで泡を洗い流しながら、郁人は心の底から身体を休めようと思い、浴槽に身体を沈めた。
そう決めてつけてしまっていたことが本当の油断だったのかもしれないと、郁人は思う。
「お兄ちゃ~ん」
その声と共に風呂場のドアがノックされた。
何か用事でも出来たかと思い、
「どうした?」
仕方なく返事をする郁人。
「え~と、ちょっと開けるよ?」
「いいぞ~」
「お邪魔しま~す」
メアリーは中を確認するようにおそるおそるドアを開けていたかと思うと、一瞬の間に入り、ドアを閉める。
そして湯船に入っている郁人のお腹に座るようにして入ってきた。
郁人も意味が分からず、頭が真っ白になる。
「いや~、あったかいね~」
「ああ」
「大丈夫大丈夫。ちゃんとタオル巻いてるよ?」
「ああ」
「おーい、お兄ちゃ~ん? 大丈夫?」
「ああ」
「なら、よかった」
メアリーの会話に郁人は「ああ」しか答えられないほど、状況が飲み込めていなかった。
しばらくして、郁人は我を取り戻す。
状況的に問題が大有りなことに気付き、声を出そうとしたときだった。
メアリーの小さな手によって、口を塞がれる。
そして笑顔で、
「二人にもある程度許したんだから、ボクのこの行動に対しても何一つ文句言えることなんてないよね?」
郁人が言いたい事を完全に読みきっていたようで、そう止められる。
そう言われてしまえば、郁人は何も言い返すことは出来ない。それだけのことを二人に対して許してしまっているからだ。
「メリー、これを狙ってたのか?」
「ん? 何のことかな? ボクには分からないな~」
「ここまでの流れ、絶対に計算に入れてたろ?」
「それはお兄ちゃんが好きに思えばいいよ。ボクはボクのやりたいことをするだけだし」
肯定も否定もしないメアリー。
それ自体がすでに肯定しているようなものだった。
メアリーの中では今までの過ごしてきた中で、二人が絶対に先に行動する事が分かっていたに違いない。
今朝のエイミーの行動も分かっていたからこそ、ある程度の行動が終了したあのタイミングで邪魔をした、と考えると、どこか納得出来てしまう。
本人は郁人の考えも分かっているような表情で、のん気に鼻歌を歌っていた。
「あのさ、あの二人が邪魔しに来るんじゃないか?」
「それは大丈夫だと思うよ。二人には昨日と今日のことがあるからね。ボクはまだしてなかったし、二人はそれのせいで行動できないんじゃない? 見てるのが限界でしょ」
メアリーはそう言って、ドアを指差す。
確かに燐とエイミーらしき影が映っている。
一応、見張っているらしいが二人は入る事も出来ず、お預けを食らっている状態だ。
「メリー、お前怖いよ」
「え~、そうかな~。ちゃんと二人の意見も聞いて、タオル巻いてるから優しいと思わない?」
「そういう問題なのか?」
「そういう問題でしょ」
「それならいいや」
「でも、これってボクの夢でもあったし、楓の夢でもあるんだよ?」
メアリーは笑顔のままそう言った。
夢での記憶は部分的なものしか見ていないので分からない郁人は首を傾げる。
「お兄ちゃんには分からないと思うけど、あの頃の兄妹って小さい頃は一緒にお風呂に入るって当たり前だったでしょ?」
「それは今もそうだろうけど……」
「ボクたちって子供の頃でもある程度大きくなってたし、ボクは人見知りがあったからね。だから気付いた時にはそういう想い出もなかった。だから他の家の子とかの話がちょっとだけ羨ましかったんだ~」
「そうなのか」
「そうなんだよ~。だから、やっと夢が叶って嬉しいんだよ」
「良かったな」
「うん」
郁人はそう言うと、メアリーは嬉しそうに笑う。
あの頃の自分が弱かったため、楓のために何もしてあげることが出来なかったことを考えると、郁人は申し訳ない気分になり、メアリーをいきなり抱きしめた。
少しでもあの頃の償いをするために。
メアリーも郁人のいきなりの行動に少しだけ慌てた様子だったが、すぐに笑顔を作る。
「いきなりどうしたの?」
「なんとなくだ。あの二人に怒られるかな?」
「大丈夫だと思うよ?」
メアリーの言葉の意味を確認するため、ドアの方を向くと二人の影はすでになく、今の話を聞いて、気を遣ってくれたようだった。
「変な事するなよ?」
「してもいいけど、二人の優しさにも免じて、今回は我慢するよ。ありがとう、お兄ちゃん」
「おう」
メアリーは最初から邪な気持ちはなかったらしく、大人しく浸り、郁人がのぼせそうになるギリギリまで一緒に入るだけで終わる。
兄妹のいない郁人には、一緒にお風呂に入るということが初体験のため、少しだけ楽しかったような気がした。また一緒に入ってもいいかも知れないとさえ考えてしまったほど。
そう思わされたことがメアリーの目的だったのかもしれない。後で改めてそう考えると郁人はいろんな意味でメアリーが怖くなってしまった。
その後も実はいろいろあったのだ。
燐の色気作戦、エイミーの睡眠薬事件、メアリーの妹特性利用作戦など。
思い出すだけで数知れない。
だからこそ未だに言い合いをしている三人に郁人はこう言った。
「もういい加減やめろって。こうなったら決まりを作ろう!」
「むっ、確かにこのままではラチがあかんしのう」
「それは分かるけどさ~」
「油断したら、誰かが仕掛けるからいけないんですわ」
「だからこそ、決まりを作るしかないってことでいいよな?」
「平等だったら問題はない」
燐はそう言って納得してくれた。
エイミーとメアリーもしぶしぶと頷く。
納得は出来ないが、納得しないとこの醜い争いが続く事が分かっているからため、頷く事しか出来なかったらしい。
「それで、どんな決まりを作るつもりじゃ?」
「変なのにしたら速攻で拒否にまわすよ?」
「と言いつつ、エイミーちゃんは何でも反対しそうだけどね~」
「なっ!? そんなことしませんわよ!」
「はいはい、ケンカしない」
手を叩いて、火種を急いで鎮火させる。
まるでこうやっていると小十郎の気分が味わえるようで不思議な感覚だった。
小十郎の苦労が少しだけ分かるような気がした瞬間でもある。
「とりあえず前のように『節度ある行動』を心がけるでいいだろ?」
「うむ、例えば郁人に抱きついて寝るはありなのか?」
「それは前からしてるからありで」
「じゃあ、お兄ちゃんから頭を撫でてもらうのは?」
「俺が撫で魔になりつつあるから、ありだな」
「キスは?」
「ない」
「一緒にお風呂は~?」
「絶対にない」
「Hはどうなのじゃ?」
「死んでもなし」
そんな感じで事細かに三人は自分がしたいことを言い始めたので、郁人はそれを答える羽目になった。
大抵のものがアウトだったのは言うまでもない。




