牢屋②
それからしばらくして目を覚ました郁人は奥に設置してあるベッドの上でで体育座りをして小動物のように身体を震わせていた。
目を覚ますと柱の向こう側に骸骨がいたからである。寝起きびっくりのレベルを超えていたので、再び気絶しそうになったがなんとか耐え、やっとのことで今の位置まで移動したのだ。
「あんた、ちっと驚きすぎじゃないかい? ちょっとショックだよぉ」
「そ、その見た目に俺はショックを受けたんだけどね」
「そんなにおかしいかい?」
骸骨は郁人に指摘されたことを真に受け、自分の身体を確認し始める。
しかし、郁人の思うおかしさと骸骨のおかしさは同じではない。
骸骨本人にとってすれば、その姿は当たり前の姿。何もおかしいところなんてないのだ。
むしろドラマで出てくるような白骨死体よりも変色がなく、標本で利用されるほどの真っ白具合。人間感覚の綺麗さで考えるならば、骸骨仲間からすればモテるかもしれないと考えてしまうレベルだった。
骸骨は郁人の言っている意味が案の定分かっていないため、首を傾げて困っていた。
「そういや、囚人の名前ってなんだっけ?」
「よ、吉原……郁人……」
「郁人かぁ、覚えとかないとなぁ。いつまでも囚人って呼んじゃ可哀想だからなぁ」
「べ、別に覚えなくていいから!」
郁人は少しだけ首を横に振って遠慮した。
骸骨と名前を呼び合う仲になりたくなかったためである。
「そもそも骸骨だけのくせにどうやって記憶すんだよ!」と郁人は思わず突っ込みを入れたくもなったが心に止める。そのことについて質問をすれば、骸骨はきっと答えてくれる自信が郁人にはあった。しかし、その回答には怖い系も混ざっているということは簡単に予想出来たため、聞くわけにはいかなかったのだ。
それよりも郁人にはもっと気になることがあった。
「あのさ、ここはどこなのさ? あんたみたいな骸骨が動く時点で普通じゃないのは分かるけど」
「んー、難しい質問だねぇ。人間に簡単に表現するには『あの世』って言ったら分かりやすかい?」
「なるほど、俺は死んだのか……」
骸骨を見た時から、そうじゃないかな、と郁人は思っていた。
だからこそ、逆に認めたくなかったのだ。
これからの人生が一番楽しいはずなのに、それを体験せずに中途半端に人生が終わってしまったという事実が郁人の心に突き刺さる。ショックという四文字の言葉では現しきれないほどの辛さ。
涙が自然と流れてきたため、郁人は腕でその涙を拭うけれど、止まる気配は全くない。
「泣くなよぉ。まだ郁人は死んでないから安心しろってぇ」
そんな悲しみにくれる郁人を励ますように骸骨はそう口を開いた。
郁人はその発言を聞いて、その言葉に縋るように鉄格子の方へ近寄る。
『あの世』と言われて思いつくのは間違いなく死後の世界だけ。それなのに、死んでないとはどういうことか分からず、郁人の頭の中にはいくつもの?マークが浮かぶ。
「こう言うとやっぱ元気になるんだなぁ」
骸骨は郁人の様子が明るくなったことに満足しているようだった。
「そんなことより死んでない理由は? ここはあの世なんだろ?」
「郁人の場合は、生きたまま連れて来られたのさぁ」
「なんでだよ!?」
「オイラには詳しいこと説明されてないから、よく分かんねぇけど、それだけは間違いない」
「じゃあ、いつかは元の世界に戻れるってわけだな!」
「それは分かんねぇ」
無責任な発言に郁人はガクッと項垂れる。
さっきの励ましの言葉が無責任とさえ思えてしまうほどの手のひら返しだったからだ。
骸骨は悪びれた様子も見せずに笑っている。
喜んだ後に生まれた後に残った空しさを吐き出すために郁人はため息を吐いた。
感情を弄ばれた郁人は少しだけ余裕が出来たため、柱に背中を預けるようにして、ここに連れて来られた理由を考え始める。
しかし、いくら考えても、どう悩んでもあの世に連れて来られるような身に覚えはないので、イラつき表現するように何度も髪を搔く。
骸骨はそんな郁人が面白いのか、ずっと見つめていた。
「人生いろいろだから、落ち着くのが一番だぁ」
「そう言われても落ち着かない」
「その割にはもうオイラにはビビってないみたいだけど?」
骸骨の言うとおり、郁人の中では骸骨に対する恐怖が消えつつあった。
ショックを受けている自分に対し、励ましの言葉をかけてくれたこの骸骨が悪い人物だとは思えなくなっていたからである。
だけど郁人は素直になることが出来ずに拗ねたように言い返す。
「なんかあんたが無駄に親身になってくれるから、怖いという気持ちがなくなったんだよ」
「それなら良かったぁ。喉渇いたならミルクでも飲むかぁ?」
骸骨がミルクの話をし始めると思ってなかった郁人は軽く吹いてしまう。
どういう経緯で骸骨になったのかは分からなかったが、この骸骨をよく見ると、所々にヒビが入っていたり、欠けたりしていた。
その気遣いを自分にすればいいのに、と郁人が思ったのは言うまでもない。
「そろそろだなぁ」
骸骨が不意にそう漏らす。
「何が?」
「閻魔様のところに郁人を連れて行く時間」
「え、遠慮するよ!」
「こればかりは決定事項だからなぁ。それにオイラは下っ端だから、閻魔様の言うことは絶対だぁ。逆らうと殺されてしまうんだわぁ」
「死んでるじゃん!」
「死ぬは死ぬでも『魂の消滅』だぁ」
郁人のツッコミに骸骨は楽しそうに笑いながら返してくる。
骸骨は持っていた鍵で牢屋の扉を開ける。
開けたということはもちろん『出てこい』という合図だったため、郁人は素直に牢屋から出る。
それ以外の選択肢がなかったからだ。
そして先を歩き始める骸骨の後を追う。
「あのさ、時計とか持ってないのに時間がよく分かるよな」
「人間と違って、体内時計は正確なのさぁ」
「なるほど、それなら間違いないね」
「でもさ、こうやって普通に連れて歩いてるけど大丈夫なの? 俺、逃げるかもよ?」
「逃げられると思うかい?」
その瞬間、骸骨がいきなりこちらを振り向く。
骸骨の目にあたる部分は真っ黒くなっていて、今まで何も見えなかったはずなのに、現在の骸骨にはそこに怪しく光るものがそこにはあった。
殺意を持って殺すかのような冷たい眼光が郁人の身体を突き抜ける。
同時に郁人は全身の力が一気に抜けてしまい、その場に座り込んでしまう。
「もし逃げてしまったらぁ、オイラが郁人を殺さなきゃいかなくなるからやめとけよぉ」
「は、ははは……」
思わず空笑いが郁人の口から漏れる。
それだけで逃げ切れるはずがないと悟らされてしまった郁人の中には、さっきまでの甘い考えは消えていた。
本来の存在としての怖さを身を持って感じ、知ってしまったからだ。
「余計なことを言うからだよぉ。そうじゃなきゃ、こんな風にしなかったのにさぁ」
骸骨も今の行動は不本意だったらしく、残念そうに言いながら肩を落とす。
「うん、逃げない。分かった、ごめん」
郁人は余計なことを言ってしまったことに本気で後悔しながら、まだ立ち上がれそうにないので頭を軽く下げて謝った。