夢④
「お兄様の事が好きです」
楓はまたノックせずに部屋に入ってくると、郁人にいきなり抱きついて、そう告白した。
お互い気持ちは分かっていても、今まで決して言わなかった言葉。
郁人は楓の背中に手をまわそうかと悩んだ末、両肩に手を置いて引き離す。
「答えは分かっているんだろう」
「はい、分かっています。でも伝えたかったのです」
楓の目は真剣そのもの。
今までに郁人が見たことがないほどの迷いのない目だった。
楓の心境に何が起きたのかは分からなかったが、気持ちを伝えることですっきりするのならそれでいいと思っていた。
もちろん郁人はその言葉に対しての返事を伝えるつもりは絶対にない。今の状態でも満足しているからだ。
郁人の考えを読んでいたように、楓は追究し始めた。
「ですが、お兄様の本心を聞いておりません。だから教えてください」
「本心を言ったからって、叶うはずはないだろう?」
「お兄様は、なんですぐに諦め切れるのですか!?」
珍しく噛み付く楓に郁人はたじろいでしまう。
今まで郁人に意見を主張してくる事がなかったからだ。父親に対しては娘に甘いところが少しあったため、こういう風に言って父親を困らせている場面を何回か見たことがあった。
まさか自分にまでこういう風に言ってくると思ってなかった郁人は動揺してしまった。
それだけ本気ということなのだろう。
その気持ちを受け取った郁人は素直に自分の気持ちを伝える事にした。
こっちも本気でぶつからないと駄目だと思ってしまったからだ。
「好きだよ、楓のことが」
「本当ですか?」
「ああ、嘘じゃない。これだけは本当だ」
「良かった。もう思い残すことはないです」
「何を言っているんだ?」
「ううん、何でもないです」
楓は満足そうに笑い、郁人の部屋を出ていった。
郁人には楓のしたかったことが分からなかったが、明日には元に戻っていると思ったため、また宿題の続きをしようと机に向かうのだった。
そして、突如として場面が変わる。
郁人は牢屋の中に居た。
頭の中では告白された翌日の朝に起きた出来事が勝手に映し出される。
郁人が目を覚ますと、一緒のベッドで冷たくなった楓と一緒に寝ていた。
死因は出血多量。
郁人がなぜか持っていた果物ナイフが楓の首を切り裂き、致命傷を与えたらしい。
郁人は殺した記憶も果物ナイフなど持って寝たはずがない。そもそも一緒に寝ていたのは小学生の頃だけで、何よりも寝るのに抜き身の刃物を持って寝ることなど絶対にありえない。
しかし、現実は郁人の言葉など警察官は聞く気がないらしく、柄に付いていた指紋から犯人は郁人だと決め付けられ、警察へと連行された。そして色々と詰問された後、半ば強制的に『狂った妹への愛情からの殺害』ということになり、死刑となった。
もちろん郁人は死刑にされる前に自殺した。
フォークで喉を突き刺して――。
その恐怖により、郁人は目を覚ます。
「はぁはぁ……っ、頭がいてぇ……」
完全にその人物になりきっていた反動のためか、郁人は起きた瞬間から頭に激痛が走り、思わず唸った。
夢だとは思えないほどの夢。
昨日から自分が自分ではないような夢に近づいていることが分かっていたため、もしかしたら今日は昨日より酷くなるかもと思っていたのだが、その通りになってしまった。
分かっていたからこそ、余計に気分が悪くなる。
「大丈夫、お兄ちゃん?」
今日はメアリーが郁人の状態に気が付いたらしく、ゆっくりと身体を起こし、心配そうに見つめた。
そんな風に見つめるメアリーが郁人には夢の中である人物である楓に見えてしまう。
雰囲気がそっくりだったからかもしれない。
だからこそ、郁人はメアリーの両肩を掴み、問い詰めた。
「か、楓。なんでお前は俺を殺人犯に仕立てたんだ? 俺のことが好きだって言ってたじゃないか! 叶わないからって、そんなことするのかよ!!」
「え? 何のこと?」
「俺だって楓のこと好きだって言っただろ! なんでだよ!?」
「ちょっ、落ち着いてよ、お兄ちゃん!」
郁人はよく分からなくなり、頭を左右に振ると頭に再び激痛が走り、ベッドに倒れ込み、しばらく悶えた。
その間も心配そうにメアリーは郁人に声をかける。
しかし、郁人にはその声さえも聞こえないほどの激痛に苦しみ、悶えた後、ゆっくりとメアリーの方を見た。
今度こそ間違いなくメアリーだと認識した郁人はさっきまでの行動について頭を下げる。
「はぁはぁ、悪い。なんか意味分かんないことを言っちゃったな。なんかおかしいんだ」
「夢のせいだね。二人から聞いてるよ」
「っていうか、今大声を――」
郁人は大声を出してしまったので、燐とエイミーが起きていないかと、慌てて確認する。しかし、二人が起きる気配はない様子で熟睡していた。
その光景に郁人はホッとする。
「二日続けてだから、ボクたちもそれなりに準備はしてたんだよ。二人は自分の周りに防音の結界張ってるから安心していいよ」
「そっか、良かった」
「それで、どんな夢を見たの? あ、嫌なら別にいいんだよ。でも気になるからさ」
メアリーはちょっとだけ不安そうに郁人を見つめる。
別に話したくないわけではないので、郁人は素直に話すことにした。話すことによって、もしかしたら気分が晴れるかもしれないからだ。
簡単にあらすじだけを話すと、
「そっか、不思議だね。でもボクたち妖怪が見せているわけでもないし……。変な力も感じないんだよね~」
意外にもメアリーは真剣に考えてくれた。
「そうなのか?」
「そういう風な夢を見せる妖怪は居るけど、最近はお兄ちゃんを脅かそうとする妖怪いないでしょ?」
「確かにそうだな」
「なんで、そんな夢を見るんだろうね」
メアリーも必死に悩んでいる様子だったが、情報が少ない今の状態では解決出来ないという結論に至る。
もしかしたら妖怪が絡んでいるかもしれないという可能性を考え、念のためメアリーは人形のピーターに見張りを頼み、二人は寝る事にした。
こうして眠りに就くのだが、やはり郁人は不安で寝つきが悪かったのは言うまでもない。




