夢③
「お兄様! 一緒にお散歩に行きませんか?」
ノックせずに入ってくる妹に郁人はうんざりしていた。
何回、注意してもノックする事を楓は忘れてしまう。
もしかしたら、最初からノックするがつもりはないのかもしれないと疑ってしまう程だった。
「あ、忘れてました」
「何回も注意してるだろう? そんなことでは父上に怒られるぞ?」
「大丈夫です! お父様の前ではちゃんとしますから」
今頃になってドアをノックする楓。
郁人はワザとらしく笑う楓に呆れた。
それでも年頃の女の子としては普通嫌うであろう兄を慕ってくれていることが嬉しいので、楓の散歩の申し出を受け入れるとに楓は嬉しそうに笑う。
郁人はこの笑顔を大事にしてしたいと思っていた。
いくら血が繋がっていなくても、だ。
「分かった。気分転換に散歩でもしようか」
「はい! 早く準備してください。十秒で!」
「無理だから」
「出来るだけ早くお願いします」
郁人は楓に急かされるので、急いで準備し、家政婦に外出する旨を伝えると二人でブラブラと外を歩いた。
行き先なんてものは最初からない。あるのは何時までに帰るということだけだった。特に行きたい場所もないため、帰らないといけない時間の半分まで適当に歩き、後は折り返すというシンプルな散歩をしている。
秋から冬へと季節が移り変わろうとしているため、少しだけ肌寒く感じるが、子供はそうでもないようで元気に走り回っており、あの頃に戻りたいとさえ思ってしまう。
その時、前から楓に聞いてみたかったことを思い出したので、郁人はそのことについて尋ねてみることにした。
「前から思っていたのだが、楓は同年代の女の子とは遊ばないのか? いつも俺を誘って散歩しているが……」
「みんな、忙しいみたいです。家のお手伝いとかで」」
「ふーん」
楓は笑顔でそう言った。
その表情には悲しみも何もなく、ただ現在が楽しいと言っているようで、全然気にしていない様子。
しかし、郁人は本当の理由を知っている。
楓が今言った言葉は嘘ということも。
本当は楓が遊ぶ事を断っていた。
イジメにあっているという理由で誰かと遊ぶと断っているのならば、まだ郁人も納得出来たのかもしれないがそうではない。
乙女として純粋な理由。
楓は郁人のことが好きだからだ。
もちろん、それは兄妹としてではなく異性として。
兄目線で見なかったとしても楓は可愛いレベルだと郁人は思う。表現するならば、人形のような存在だ。置いておくだけでも可愛いものは可愛く、動けばいいと望んでしまう程の人形もある。その人形が動き出した存在が楓といってもいいぐらいの可愛さだった。
だからこそ、いろんな人に好かれてしまうのだろう。
告白して、玉砕した男も数知れず。
「お兄様! 楓の話聞いていますか!?」
「あ、悪い。ボーっとしてた」
「さっきから呼んでたのに、もう知らないです!」
楓は怒って、先に行ってしまう。
郁人はその楓の背中を見送りつつ、歩くスピードを上げることはしなかった。
なぜかは分からないが、そうすることが出来なかったからだ。
楓は本当に怒っているわけではないようで、何度も振り返る姿が見えるが、郁人はそのまま歩き続けた。
ふと、場面が変わる。
外ではなく、家の中だった。
父親の書斎の前。
郁人は入らないといけない気がしたため、ノックをして、
「明弘です。入ってもいいですか?」
そう尋ねて、父親の反応を待った。
「入れ」
「はい」
その言葉に従い、郁人は中に入る。
中には少し苛立った父親の姿があった。
今日は楓のお見合いの日だったことを郁人は思い出す。
この苛立ちはお見合いが失敗した事を語っており、その八つ当たりが来るのかと思うと嫌な気分になったため、何も知らないフリをして尋ねてみることにした。
「どうかしたんですか?」
「楓がお見合いの相手を会うやいなや断りおった。その理由が分かるか?」
「分からないです」
「明弘、お前の事が好きだからだそうだ。笑顔で言い切った」
「そうですか」
「お前はどうなんだ?」
答えによっては強制的にでも離れさせると言わんばかりに目を血走せた父親が郁人を睨みつける。
自分の気持ちを知っているからこそ、こんな風にムキになっているのだろう、と郁人は考えた。
もちろん郁人も自分の気持ちには分かっている。
楓もきっと気付いているはずだ。
しかし、父は絶対に認めようとしない。いくら血の繋がっていないとしても兄妹で恋愛など絶対にあり得ないと思っている固い人間だからだ。
だから答えは最初から決まっていた。
「そんなことあるわけないでしょう。そもそも父上が交際を許すわけがないのでは?」
「よく分かっているな、さすが俺が息子だ」
「話はそれだけですか?」
「ああ」
「それでは失礼します」
郁人は一礼して書斎から出ると、部屋の前には楓の姿があった。
今の会話が聞こえてしまったらしく泣いていた。
その様子に郁人は何もしてあげる事は出来ない。だからこそ、そのまま楓の横を通り過ぎる事が精一杯だった。
楓もそのことを分かっているため、言葉をかけることも引き止めることもしなかった。
また場面が変わり、次は明弘の部屋へと変わる。




