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夢②

 郁人は翌日も夢を見る事になった。

 しかし、今度は平安時代の夢とは違い、洋風な場所と服装。

 昨日の夢と同じように意識ははっきりしているものの、身体の自由がほぼ利かないという状態に嫌な胸騒ぎを感じていた。

 しかし、目に入る映像は郁人の気持ちを無視して、淡々と紡がれていく。


「アニー、今日は大丈夫だったかい?」

「えぇ、問題ないわ」

「気をつけるに越したことはないからね」

「そうね。なんでこんな世の中になってしまったのかしら」

「分からないよ。気付いたら、こうなってたんだから……」


 郁人の脳は昨日のように勝手に知識を与えてくれず、何が起きているのか、さっぱり分からなかった。

 周りの様子を確認する限り、窓もカーテンで隙間なく閉められている事から、何かに警戒している事が分かる。

 自分たちは何かに追われているのだろうかと、勘ぐっていると外で悲痛の叫び声が上がった。


「あぁ、また一人。いったい何人殺せば終わるの、この地獄は!!」

「でも、かばう事は許されないんだ。そうすれば、自分たちも疑われる……」

「魔法を使える人なんているわけないじゃない! レオン、どうしてこんなことが続くの!?」

「すべて協会が悪いんだ。偶然で生まれた不幸を魔女のせいにしたから。そう皆を信じこませてしまったから」


 レオンと呼ばれた郁人は怒りをぶつけるように壁を殴ろうとしたが、直前で思い止まる。

 下手に物音を立てるわけにはいかないためだった。

 こんなことをすれば、『仲間を連れて行かれて、怒っている』と誤解されるかもしれない。

 そう考えると、悔しい気持ちを我慢する事しか出来ない

 何も出来ない歯痒さを郁人が感じていると、場面がいきなり変わる。


 レオンの家の扉が勢いよく開かれた。

 何かの勘違いで自分が魔女と疑われてしまったのかと思い、つい郁人は身構えてしまう。

 しかし、そこに入ってきたのは恋人であるアニーだった。

 今までのような不安な顔ではなく、絶望に近い顔となっていた。

 何をしてしまったのかは分からなかったが、魔女と勘違いされるようなことをしてしまった、と郁人は気付く。

 アニーの腕を引き寄せると、鍵の付いている全てのものを施錠しにかかった。


「ねぇ、話を聞いて!」

「その話は後だ。君がしてしまったことが何かは分からないけれど、『魔女狩り』のことだろう? 部屋の奥に避難してくれ。こんな時のために隠し部屋を造っていたんだ」

「わ、分かったわ!」


 郁人はそう言ってアニーからの説明は後にして、施錠と窓をカーテンを閉め始める。施錠し終わっても、納得するまで何度もその確認を続けた。

 それぐらい慎重にならないといけないからだ。

 確認している時に見かけたアニーは、奥の部屋のソファーで毛布で丸まり、震えを治めようと蹲っている。

 何十回したか分からないほどの確認をした後、郁人はようやくアニーの元へと向かう。

 アニーはまだ震えが治まらないらしく、歯をカチカチと鳴らし、来た時よりも情緒不安定になっているのか、物音一つにも敏感になっていた。


「いったい何をしてしまったんだい?」

「し、親友が……ま、まま……、魔女に間違われてしまったの。それを、助けようとしたら……わ、私も……」

「そうか、分かったよ。こっちにおいで」


 アニーに向かって、郁人は手を差し出すとアニーは震えながらもその手を掴み、立ち上がる。

 そして二人はキッチンへと向かい、その床下の扉を開けた。

 こういう仕組みの家はたくさんあるため、目立つものではない。この仕組みがある家は物置として使うのが一般的になっている。


 郁人も物置として使っていた。

 その中に入れてある荷物を全部取り出し、自分たちが立っている場所の方へ向かい進むと地下室へと続く扉がある。その扉は木の板一枚分の低さで作ってあり、その上には周りと同じ材質・木目でそろえてある板をのせ、ぱっと見ただけでは分からないようにカムフラージュしてあるため、家を解体するぐらいの家捜しをしないと見つけられない自信が郁人にはあった。

 しかし、アニーはやはりこれでも心配だったようだ。


「これで大丈夫なの?」

「大丈夫だよ」

「本当に?」

「本当だよ」


 郁人はそう言うしか出来なかった。

 魔女探しに参加した事はないため、どんな風に家捜しをするのかも、どれくらい家がめちゃくちゃにされるのかも見当がつかない。もしバレたら、と考えると郁人も不安だったが、現在いまのアニーには「大丈夫」以外の言葉は役に立たないので、そう言うしか出来なかったのだ。

 こうして郁人のアニーを匿う日常は始まった。

 そして再び場面は切り替わる。

 始まったのはアニーの悲痛の訴えからだった。


「もう殺して! 私耐えられない!」

「落ち着くんだ、アニー! まだ誰にもバレてないよ!」


 アニーが精神的に参っていることが郁人には分かっていた。

 それは郁人が懸念していたことが当たった瞬間でもある。

 この生活が始まった時から、郁人はこの生活が長く続くことはないと分かっていたため、終わり方も二つほど思いついていた。一つは魔女探しの連中に見つかった場合。もう一つはアニーが精神的に参ってしまい、この生活が続けられなくなる場合だ。


 魔女探しの連中はアニーの所在を確かめにこの家にも来たが、上手く誤魔化す事が出来たが、その代わりにアニーが日に日に駄目になっていく姿が顕著になっていった。

 ランプの明かり以外何もない部屋で一人きりなのだから、仕方ないことなのかもしれない。

 でも郁人は郁人の生活をしないといけなかった。

 周りに匿っている事を隠し通すためには――。


「もう嫌よ! 私は堂々と生きたいの!」

「その気持ちは分かるよ! でもまだ三日じゃないか!」

「三日も経っているのよ!? これからどうなるかも分からないのに、ずっとなんて嫌よ。レオン、私を殺してよぉ」


 アニーはそのまま泣き崩れる。

 郁人はそれに対して、何の準備をしていなかったわけではない。

 入り口まで行くと、木箱の上に乗り、手だけを伸ばして銃を取る。

 終わり方の予想が出来ていたからこそ、ここに来る時はすぐに実行出来るように準備をしていたのだ。

 アニーは郁人が持ってきた銃を見て、少しだけ驚いていたがすぐににっこりと笑った。

 これで苦しみから解放されることが嬉しいかのように――。


「覚悟は出来てるのかい?」

「えぇ、大丈夫よ。ここに居ても幸せなんかなれない。それならいっそのこと、生まれ変わりたい。そしてまたレオンと新しい人生を歩みたいの」

「分かったよ。アニーを殺した後に、俺も君の後を追うよ」


 郁人は銃の八方準備をし、あとは引き金を引くだけの状態にまで持っていく。

 準備をしている間にアニーは神に祈りを捧げるポーズになり、待機していた。

 そんなアニーのこめかみに郁人は銃を突きつける。


「何か言い残すことはあるかい?」

「次も一緒になりましょうね。愛してるわ、レオン」

「愛してるよ、アニー」


 郁人は引き金を引いた。

 発砲音が部屋に木霊し、アニーの身体が銃弾を食らった反動でそのままバランスを崩して倒れこむ。

 床に広がり始める真っ赤な血を見て、郁人は力なく腕を下ろす。

 愛する人を自らの手で殺したことを実感した瞬間でもあった。


「さようなら、アニー」


 今まで気丈に振舞っていたのだが、その必要もなくなったために溢れてきた涙を拭うことなく、アニーの亡骸を抱きしめる。

 まだ身体は温かい。

 でも今までのように会話をすることが出来なくなってしまったことで一気に寂しくなってしまう。

 愛しい彼女を助けてあげることが出来なかった後悔と自分の手で殺してしまったショックなどが一気に溢れ、郁人は絶望してしまった。


 そして郁人もアニーとの約束通り、その後死んだ。

 いや、レオンという人物は死んだのだ。

 銃を口の中に入れて、撃つという形で。

 その行動が終わった瞬間に郁人は目を覚ました。

 息が荒いことと冷や汗が出るのは当たり前のことだったが、今回は涙も流れていた。


「ははっ、洒落にならないな」


 昨日とは違い、ほぼと言っていいほど『レオン』という人物との同化しているような錯覚があった。

 自分がその人物として生きているような感覚。

 手には、まだあの銃を触っていた感触が残っており、もしその銃を触れば、発射までの流れを簡単に再現できそうなほどだった。


「酷い汗と呼吸が荒いですけど、大丈夫ですか?」

「エイミー、悪い。起こした」

「大丈夫ですわ」


 エイミーは眠そうな顔のまま、ゆっくりと身体を起こす。そして、どこから出したかは分からないハンカチで、汗まみれになっている郁人の顔を拭き始める。


「悪夢、ですか?」

「そんなところ」

「そうですか。じゃあ一つだけ私が魔法をかけてあげますね」

「え?」


 エイミーはにっこりそう言うと、郁人の頬に軽くキスした。

 郁人はその行動に驚き、声を上げそうになったが、熟睡している燐とメアリーが起きるとまた大変なことになりそうなので、手で口を押さえて必死に我慢した。

 エイミーはにっこりと笑っている。

 しかし、さっきまでと違い、郁人の心に恐怖はなくなった。

 逆に違う意味で心臓が驚いていたけれど。


「何するんだよ!」

「あら、私は魔女ですわよ? つまり日本妖怪と違って、西洋の妖怪である私にとっては普通ですわ」

「そ、それはそうだけどさ……」

「さ、まだ朝まで時間があるので寝ましょうか」

「そうだな」


 キスのおかげで郁人はエイミーのことを軽く意識してしまっていた。

 エイミーからすれば、本当は口にしたかったのかもしれない。それを我慢して頬にしたのかも知れないと、余計なことを考えてしまう。

 軽くエイミーの方を見ると、もう寝息を立てている。


「なんだかな」


 そんなエイミーのことを考え出した郁人は違う意味で眠れなくなってしまった。


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