牢屋①
体中がひんやりする感覚に郁人は身体を震わせ、目を覚ます。
最近寒くなってきたため、母親に言って毛布や布団を出してもらい、寒さ対策はばっちりのはずだった。
郁人はまだ眠かったため、目は開けずに手探りで何度も毛布の行方を探すが見つからない。
いくらやっても見つからないので、郁人は仕方なく眠気を我慢して目を開ける。
「……ここ、どこ……?」
何段も石が積み上げられ、それが部屋を形成している。唯一、石を積み上げて作られていない場所は細い鉄の棒が等間隔で立っており、壁を造っていた。
少なくとも郁人の知っている家でこんな造りをしているものは一切ない。温かさなど求める方が間違いだと改めて気付かされてしまったほど。
その光景を見ただけで郁人を襲っていた眠気は一気に吹き飛び、変わりに眩暈と鈍い鈍痛が頭が郁人を襲った。
「いてて……、くそっ!」
郁人は目の前の現実から目を背けたかったが、頭痛が起きている脳がそれを許してくれなかった。だからこそ、痛みが治まるのを待ってから改めて周囲を確認し始める。
一番に目に入ったものはやはり今、郁人が座っているベッドだった。この部屋に唯一あり、ベッドの付属品として当たり前のように付きそうな毛布は一枚もない。
せめてベッドがあるのだから毛布が欲しいと思ってしまったが、重要なのはそこではない。
今の郁人にとって、ここがどこなのかを理解することが先決なのだから。
いや、もうすでに答えは理解かっていた。
「牢屋……だよな? この部屋の形状から考えても、それしか考えられないし……」
そう呟き、郁人は鉄格子に近づく。
牢屋が寒いおかげで頭は冷静に働き、昨日の夜に起きたことを簡単に思い出すことが出来た。
断片的なものだったが、それだけで嫌な汗が身体中から噴き出す。
こんなところでのんびりしている場合ではないということが自覚すると、両手で一本ずつ柱を掴み、大きな声を出した。
「ふざけんなあぁぁあああああ! 出せぇぇえええええ!!」
郁人の声が反響し、広がっていく。
牢屋の造りと全く同じ造りの廊下のせいだ。
反響のおかげで声は遠くまで響くと確信出来た郁人は両手で握っている柱も揺らしてみることにした。棒との設置面に少しだけ隙間があったらしく、その柱も鈍い金属の接触音を立て始める。
郁人の声と柱の接触音のせいで、牢屋は一気に騒音となった。
しばらくそれを続けていると、
「こぉら、うるさいぞぉ。静かにしろぉ、囚人」
おっさんのような声が郁人の耳に微かだが届く。
まさか反応が返ってくると思わなかった郁人は少しだけびっくりしてしまうが、この千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないため、その人物に必死に声を届ける。
「静かにしろじゃなくて、ここから出してくれって! 俺は何もしてないんだよ!!」
「囚人が偉そうにそんなことを言ってるんじゃない。そこにいるのは理由があってだ、分かったかぁ?」
「分かるわけがないだろっ!」
どこからか聞こえてくる声の主は郁人の話は耳を貸さないつもりらしく、完全に他人事のような返し方だった。
少しだけ反響はしているものの、近くにいることだけは分かるぐらいはっきりした声。
それでも郁人は呼びかけ続けることにした。
この状態でやれることはこれぐらいしかなかったからだ。
「俺の話を聞いてくれって!」
「静かにしてろってぇ。分かったかぁ」
郁人にとって、その適当な返事が苛立ちを増長させるものでしかなかった。焦りと苛立ちの気持ちを表現するべく、さっきより鉄の棒を思いっきり前後に振る。
鈍い音がさっきよりも大きくなり、今まで以上に不快な音に近い音へと変化した。
さすがにそこまでの音となると、その人物も郁人に適当な返事では納得しないと思ったのか、真面目な声へと変わる。
「ったく、最近の若い奴は短気でいけねぇや」
「短気とかそういう問題じゃないんだよ! ここに閉じ込められている理由が分からないから出せって言ってんの! いや、何かの間違いなのは確かだ! だから俺の話を聞いてくれって言ってんだよ!」
「分かった分かった。話し相手になってやるから、落ち着きなよぉ。今、そっちに行かぁ」
面倒と言わんばかりの言い方で言うと、椅子から立ち上がるような軽い音が聞こえ、足音が聞こえ始めた。
話を聞いてくれると分かり、少しだけ安心すると心に余裕が生まれたのか、足音が少しだけおかしいことに郁人は気付く。
靴などを履いている音と少しだけ違うような気がしたからだ。
気になってしまった郁人はそれを確認するため、自分の足でその場で歩く動作を行った。しかし、靴を履いてなかったため、擦れる音がするのみで参考にならない。
それでも郁人は靴で歩くような音とは違うという確信があった。あくまでも想像の話にはなるが、この廊下を靴で歩いた場合、カツカツという音になったからだ。
しかし、この人物の歩く音は郁人の想像とは全く違う音。音だけで表現するならば中が空洞で出来ている金属のような音だった。
そこで郁人は思いついたものは『義足』という物。実物では見たことはないが、もしこの廊下を歩いた場合にそういう音がするのかもしれないと思ったのだ。
ただ不思議なことに規則正しいリズムで廊下に音が響くため、さすがに郁人も気になってしまった。障害者かも知れない人に怪我の質問をするということは失礼なのは分かっていたのに。
「足、怪我してる?」
「いんやぁ、普通だがぁ? なんかおかしいかぁ?」
「すごく軽い音だからさ」
「確かに軽いといやぁ、軽いかもなぁ。俺は武器と防具しか持ってないしぃ……」
「いくら牢屋番と言えど、それぐら――」
一度、言葉を失った後、
「うぎゃああぁぁあああああああああああああああああああ!」
郁人は絶叫した後、気を失った。
牢屋の前まで来た人物が予想していたものとは違ったためだ。
この人物は本当に嘘を吐いていなかった。
本人の言った通り、右手に槍を持ち、頭と身体に防具を身に着けている。
それ以外、本当に何も持っていない。
人間として生きるために必要な内蔵、表皮がない骨だけの存在。
つまり骸骨。
「あんれまぁ、気絶しちまったぁ……」
郁人を気絶させた本人は困ったようにそう言い、カリカリと自分の頬を指で掻くのだった。