一週間経過①
郁人がアンダー・ワールドに来てから、一週間が経った。
訓練が続く毎日の中で、少しずつ変わっていったものがある。
郁人がしみじみと感じたのは生活でのことだった。
三日目までは妖怪の視線をかなり感じていたが、今ではそんなに感じなくなったことである。
それまでは行く場所行く場所で視線を感じていた。
そのため、郁人は気を抜けるところが家しかなく精神的に参ってしまいそうだった。
しかし、四日も経つと妖怪も珍しいという感情は感じなくなったらしく、まるで昔からここで生活をしていると感じさせるほどの落ち着きを手に入れることが出来た。
生活が変わったとしても、郁人のやることは変わらない。
今日もいつものように浮遊の修行場に来ていた。
最近、この訓練が増えているのは三人が比較的安全と判断したからだ。
「は~い、お兄ちゃん集中してね~」
メアリーが元気よく、郁人に言った。
前回と同じように今日はメアリーが右手、エイミーが左手となっている。燐は不満そうに空中で待機していた。
そして郁人もいつもと同じように「大丈夫、俺は浮ける」と思い込んだ後、一歩踏み出すもバランスを崩して落ちそうになるがすぐに助けられる。
「相変わらずじゃな」
「分かりきっていたことですわ。でも、もうそろそろ少しぐらい浮く予兆みたいなものが欲しいですわね」
「そんなこと言うものじゃないよ。お兄ちゃんだって頑張ってるんだからさ」
「ごめん。なんかよく分からないけど、上手く出来ないんだよな」
郁人は素直にエイミーに謝った。
思い込みと言われて、必死に思い込んでいるのだが、何かが足りないのは分かる。その『何か』がどんなものかと聞かれると全く分からない。
そんな状態の郁人を燐が励ます。
「ひとまずは数をこなすしかあるまい。頑張ればよいのじゃ」
「うんうん、がんばろがんばろ」
「ですわね」
二人も燐に同調して、郁人を励ました。
変わったといえば、三人も少し変わってきていた。
燐とメアリーに関しては、最初から自分の欲求に忠実だったが、それに輪をかけたように酷くなった。
エイミーは相変わらず誰かが側に居る時はツンを演じている。
ただ二人きりなると、すぐにデレるようになった。
燐とメアリーもそのことは分かっているらしく、郁人とエイミーが二人になれる時間をワザと作っている。そのことについて郁人も気付いているが、二人がそれでいいのなら自分がとやかく言う必要もないので口を挟まずにいた。
三人の夜の寝床争いもローテーションを組むということで問題は解決している。
最初の頃のシャンケンでは平等になれないという不満が出始めたためである。
一週間を三では割れないので、郁人の一人で自由に寝たいという意見を出したがあっさり却下され、三人の勝手な考えにより、一週間埋まることなく隣で寝る相手を決められた。
嫌われるよりはマシなのだが、もうちょっと自由が欲しい。
それが郁人の望みだった。
しかし、三人はそれを認めようとはしない。
他の二人が誰かが用事で離れようと一人は絶対に付いている。
まるで監視されているような状態。
そうかと言って、文句を言うほどではない。本当に自由がないわけではなくある程度の自由はあるためである。
お互いにとって、まさに都合のいい状態なのだろう。
「ん、どうかしましたの? ぼんやりして」
訝しげにエイミーが見つめていることに気付いて、郁人はハッとした。
「なんじゃ、変な方向をじっと向いて? なんかあっちにあるのか?」
「何にもないよ。お兄ちゃんに分かって、ボクたちに分からないなんてことがあるわけないでしょ?」
「それもそうじゃのう。何か考え事か?」
「そ、そんなところかな」
まさか三人の変わりようについて考えていた、と言えない郁人は必死に誤魔化すことにした。
そんな郁人を三人は見つめる。
思いっきり疑っているような目で――。
「変な事考えないですわよね?」
「変な事って?」
「だから男が好きそうなことですわ」
エイミーはエッチな考えに走ってしまったらしい。
「なんじゃ、そんなことか。そろそろ溜まってきたのか?」
「あれって出さないと身体に悪いの?」
エイミーの発言に悪乗りして、二人は郁人に尋ねだす。
確かにここに来てから、郁人は一人の時間がないのでする暇はない。
そのことは三人も分かっているはずなのに、なぜこの会話に繋がってしまうのか、郁人は謎で仕方なかった。
「考えてないって」
「嘘は駄目ですわよ? そう言いながらも、女性の身体を狙うのが男性なのですから!」
「ワシは問題ないんじゃがの」
「ボクも別に平気だよ? ただお兄ちゃんがロリコンってバレるだけだけど」
顔を真っ赤にしつつ、警戒するエイミー。
からかうように真顔で言う燐。
メアリーに関しては思いっきりからかっている。
そもそもなんで妖怪とシないといけないのだろうか、と郁人は考えてしまう。人間だから人間にしか興味がないのは当たり前であり、郁人には異種強姦などという趣味はない。それどころか、最初の脅しが効いているため、襲うという考えは最初から抹消している。
そう考えているとある考えが郁人に浮かぶ。
「あのさ、実は俺の事を心配しながら、三人が俺とシたいんじゃない?」
郁人は三人を順番に見た後、、鼻で笑ってみせる。
三人の事だから動じないと思っていた。が、郁人の予想を大きく裏切る結果を見せた。
三人は顔を真っ赤にして、動揺し始める。
そんな反応をする三人に郁人も戸惑ってしまう。
言うんじゃなかった、と後悔した時にはすでに遅くメアリーがあの人形を取り出そうとしていた。
「ジャック、お兄ちゃんと一緒に滝にダイブしてきて」
「おまけに身体も軽くしてやろうかのう」
「ちゃんと目を開けていられるように魔法かけておきますわ」
三人は赤い顔のまま、前髪で目元を隠しながら、口端を歪めている。
逃げられない。
郁人は直感でそう悟った。
逃げたとしても、あのすり抜けの訓練の時と同じような――いや、それ以上の展開になってしまうことが明白だったからだ。
それだったら――と、郁人は自分から崖から飛び降りた。
「お、おい!?」
「あ、ちょっと!?」
「お兄ちゃん!?」
三人もまさか郁人自身が飛び込むとは思っていなかったのだろう。
驚いた顔のまま崖を覗き込み、郁人の落下する様子を眺めていた。
「なんだかんだで、あやつも勇気がついてるのじゃのう」
「ですわね。しばらく前ならこういうこともしなかったと思いますわ」
「今回は成長したということで見逃そうかな」
水面へと顔を出した郁人を見ながら、三人はそう納得するように呟く。
がむしゃらに飛び込んだ郁人も怖いを感じることはなかった。
どちらかというとあの三人に強制された方が余計に怖いという事を本能的に分かっていたからだ。




