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浮遊

 あれから郁人はしばらくしてから目を覚ました。

 全身はそれなりに痛く、とりあえずレンガに激突した記憶は微かにあり、自分が生きていると自覚しつつも身体が動かしにくいことに気付く。

 それは全身が包帯で巻かれていたからだ。

 これで妖怪になれ、これ以上痛い思いをしないで済むかと思ったら、実は治療上の意味で包帯を巻いていただけであり、妖怪になったのではない事を知り、郁人はがっかりした。

 そして紛らわしい事をするな、と本気で怒った。

 三人もそれなりに反省している様子だったので許し、全身の包帯を取り、しばらくしてから次の修行場に向かう。


「あのさ、なんでこの場所?」


 次に訪れた場所は浮遊の修行場。

 結構な階段を郁人は登らされた後、たどり着いた場所は断崖絶壁。軽く下を見下ろすと妖怪にしては大した高さではないが、人間からすれば全く違う。一度だけ上ったことのあるプールの十メートルの飛び込み台に近い感覚の高さ。

 あの時も後悔して、情けなく階段で下りた記憶がある郁人には無理だった。

 そもそもさっきの家での件もある。

 あの時の記憶が全く抜け切れていない郁人には怖い以外の感情はない。


「こ、ここも家で必要だからのう」

「そ、そうですわ! 頑張りましょう!」

「うんうん、お兄ちゃんならやれるよ!」


 思いっきり三人の目は泳いでいる。

 郁人は全力で睨み付けた。

 妖怪からすれば、人間の睨み付けるものなんて蚊に刺された痛みもないぐらいのものなのだろう。三人の様子の全然変わらない。

 そこであることに郁人は気が付いた。


「あれ、他の妖怪は?」


 周りに妖怪一人居ないのだ。

 さっきの場所では大勢居たはずなのに、見回してみても見当たらない。


「なんか視線が集まってやり辛そうだから、閻魔様に言って、しばらくここに妖怪が来ないようにしてもらったんだよ!」

「閻魔様に感謝しないと駄目ですわよ?」

「分かってるよ。それで、ここではどんなイメージをして浮かべばいいんだ?」

「さっきと一緒ですわ。ただこればかりは人によって違いますから、なんとも言えないですけど」

「どういうこと?」

「人それぞれによって、浮き方が違うのじゃよ」

「なるほどね」

「あれ、分かったの?」


 郁人の返事に三人は意外そうな反応を示す。

 そうは言ってもアニメや漫画、小説などの知識がほとんど。しかし、さっきの修行場で燐が言っていた言葉から考えると分かったような気がしたのだ。


「全身を浮かせるか、足場を作って立つぐらいかな? エイミーに関しては道具も使ったりしてたから、物を動かして浮くとかもじゃない?」


 郁人の答えに三人は拍手で応じる。

 つまり正解ということだ。


「その通りじゃ。これも慣れれば、特に意識することなく使えるのじゃがな」

「んで、それが使える前に俺にいったいどんな修行をさせると言うんだ? まさか……突き落とすとかしないよな?」


 さっきのことを踏まえて、郁人は尋ねてみた。

 流れからして、このことしか思いつかない。むしろ分からない方が馬鹿なのだ。

 三人ともやはりその方法を考えていたらしく、視線を逸らして苦笑いを浮かべている。


「さあ、今度はどうしてくれるんだ?」


 郁人は三人に近寄ると、三人が集まってコソコソと話し出す。


「それで本当にどうするんじゃ?」

「また変な手段使ったら、そのうち逃げ出しそうなんだけど」

「そう言われても、私もそれしか考えていませんでしたし……」

「くっ、なぜワシらが人間のああいう目で見られないといかんのじゃ!」

「そ、そうですわよ! 私たちが人間に命令する側ですのよ! 強制でいいんじゃないですか?」

「それだとお兄ちゃんが可哀相じゃない? それにボク、あれ以上、怒られるの嫌なんだけど」


 メアリーはさすがにさっきのこともあって消極的になっていた。


「そうじゃな。これ以上、機嫌を悪くするのも考えものじゃ。そもそもワシは、なぜかあやつに嫌われたくないのじゃ」

「うん、ボクも~」

「き、気持ちは分かりますけど……、それが任務なんですから、ちゃんとやらないとダメですわよ!」


 エイミーも情けない感じで、そう言った。

 三人はコソコソと話している様子だったが、実はどんどん声が大きくなり、後半は普通に郁人も聞こえたため、三人が変な考えを起こさないように簡単に見張ることが出来た。

 真剣に困っている三人の様子を見ながら、郁人は人間界での事を思い出していた。

 自分自身があんな風に他人に気を使われたことはあまりない。

 驚かして楽しむクラスメートはいても、あんな風に好意を伝えてくれる人はいなかったからだ。

 だから郁人は三人に提案を出す事にした。


「あのさ、誰か一人でいいから手を繋いで欲しいんだけど。落ち始めたら助けてくれたらいいよ」


 その言葉に三人はちょっとだけ明るい表情を郁人に向けた。


「じゃあボクがやるよ!」

「ワシじゃろ!」

「私がやります! 燐とメアリーには任せられません!」


 郁人はため息を吐いて、三人の結論が出るのを待つ事にした。

 言い合いでは決着がつかないことに気付いた三人はじゃんけんをし始める。

 結果は燐が右手、メアリーが左手、エイミーは箒で見守る役目に決まった。


「長すぎだって」

「すまん。エイミーがいつまでもうるさいからいけないのじゃ」

「そうそう、後出しがどうとかって」

「だって本当の事ですわ!」

「はいはい、それはもう良いから! んでさ、さっきから聞きたい事があったんだけど、良いかな?」

「何かな?」

「精神エネルギーって、そもそもどうやって生み出すんだ?」


 一瞬にして空気が固まる。

 そして三人が悩み始めた。

 様子を見る限り、言葉で表現する事がなかなか難しいらしい。


「よく分からん」

「私もですわ」

「うん、ボクも」


 結論、分からない。

 その分からないことをやらされ、さっきは死ぬ思いまでした郁人は一瞬で帰りたい気分になった。

 郁人の表情から、それが読み取れたらしいエイミーが慌ててフォローし始める。


「あれですわよ! その……、『思い込み』というものですわ!」

「思い込み?」

「そ、そうじゃ! よくあるじゃろ? なんか思ってたら、叶ったとか!」

「それはあるけどさ、よく分かんない」

「大丈夫だよ! ここはそういう力がよく働くから!」

「じゃあ、すり抜けの修行場での妖力、魔力云々の話は?」


 また三人は悩み始める。

 この三人を見ていると、郁人はこの質問をしなければよかったと、思い始めた。

 それぐらい苦悩しているからだ。


「ごめん、もういいよ。うん、ごめん」

「すまぬ」

「ごめん、役に立たなくて」

「すみませんですわ」


 郁人が謝ると三人も謝り始めた。

 そして一気に葬式のような雰囲気へと変わる。


「まぁ、やるだけやってみようか。ね、お兄ちゃん」

「そうだな」

「一応、お主が『浮ける』と思った時に歩き出せばよい。ワシらが合わせる」

「ちゃんとフォローをしますわ」


 こうしてやっと練習が始まった。

 崖から一歩踏み出せば、バランスを崩して落ちる位置に立つと目を閉じた。

 エイミーが言っていた思い込みが大切だというのならば、本気でそう思わないといけないからだ。

 しかし、目を閉じたからといっても上手くいくわけがなかった。気持ちではそう思ったとしてもどこかで否定的な考えが浮かんでしまう。しかも、崖から見た下の光景が目に焼きついていているため、落下する恐怖や失敗した時の恐怖が頭の中で想像出来てしまい、なおさら足が竦んでしまう。

 そんな時だった。

 郁人の怯えに気付いたのか、燐とメアリーが強く握り締めてくれた。

 その手の温もりに郁人は安心し、その手を握り返し、思い込むことに意識を集中させる。

 何度も声に出して「大丈夫」と繰り返し、郁人は勇気を出して一歩を踏み出す。

 燐とメアリーも郁人の行動に従うように同じように一歩踏み出した。

 しかし、そう簡単に上手くいくはずがなく、郁人はバランスを崩して、落下しかける。その感覚が一瞬でなくなったことから、郁人は助けられたことが分かり、ゆっくり目を開けた。

 やはり浮いていた。


「た、助かった」

「やっぱり無理じゃったか」

「そんな単純なものでもないしね~」


 成功するはずがないことは分かりきっていたのように言う二人。

 誰の魔法で浮いているのか、郁人には分からなかったので、三人に対してお礼を言う事にした。


「ありがとう」

「気になさらなくていいですわ。これが頼まれた事ですし」


 エイミーはプイッと顔を逸らしながら言っていた。

 そして、さっき立っていた位置よりも奥に郁人を下ろす。


「もう諦めるか?」

「いや、もう少しだけしようかな。すり抜けの時よりは安全が保障されてるし」

「りょ~か~い」

「その意気ですわ」


 やはり郁人がやる気を出すと三人は嬉しそうな顔になる。

 そのことが郁人もそれが嬉しくなり、自然とやる気になっていった。

 結果、この後二回頑張ったが成功は一回もなかったのは言うまでもない。


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