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すり抜け

 三人は修行場の一つ、『すり抜け』に訪れた。

 最初に、ここに訪れた理由は家の件があるためである。

 生活に必要なものを最初に学ばせる事が大事だと、三人の中で結論づいたらしい。

 郁人からすれば、基本的にはどれも危険なものであることは予想出来ていた。

 その予想に応えるように、この修行場でも危険な訓練が行われている真っ最中だった。

 この修行場には高さが三メートルぐらいのレンガがまばらに設置されており、一つに一人が着けるようになっている。それに向かって全力で走り、すり抜けることが出来たら成功。出来なかったら激突して痛い思いをする仕組みになっている。

 幽霊や妖怪が人間と同じ痛みを感じるのか分からないが、先に訓練している妖怪の子供たちもぶつかるとそれなりに痛いのか、親の元へと泣きながら帰る姿もあった。


「やっぱ痛いよな、これ」


 郁人は思わず青ざめ、呟く。

 これを生身の人間にやらせる行為自体が間違いなく地獄の所業だと思えた。


「やり方は教えるから、安心せい」

「やる前からそんな調子でどうするんですか!」

「大丈夫だって! お兄ちゃんになら出来るよ!」


 三人はすでに出来るため、完全に他人事のように言う。

 本気で逃げ出したい気持ちになる郁人だったが、簡単に逃げ出せない理由があった。

 中央通りからこの修行場に着くまでの事だ。

 歩いている最中にいろいろな妖怪が歩いていた。

 もちろん通りということなので当たり前であり、ごく自然のこと。

 通り過ぎる段階でいろいろな妖怪が郁人のことを興味津々で見ており、隙があれば脅かしに掛かろうという魂胆は丸分かりだった。そのことが分かっている三人が郁人を囲むように守ってくれていたため、一回も脅かされずに済んだのだ。


 それは今も変わらない。

 ここにいる全員が郁人の方をチラチラと見ていることから、隙さえ見つければ、ここでも容赦なく脅かしに来ることが目に見えている。

 この訓練が嫌で逃げ出したとしても結果的に悪い方向にしか進まないことが分かっている郁人には、逃げるという選択肢は選べず、諦めて訓練に励むしか道はなかった。


「視線も痛いし、ぶつかっても痛いのか」

「人間だからのう。諦めい」

「ぶつかること確定なのか」

「むしろぶつからずに訓練する方法を私が知りたいですわ」

「ぶつからずに訓練する方法なんてないんだし、素直に諦めなよ~」


 エイミーとメアリーが無駄に『ぶつからずに』を強調していた。 

 四人は近くに設置された壁へと向かい、一定の距離まで近づくと、燐がそのやり方の説明をし始める。

 


「まず体内にある精神エネルギーを燃やすのじゃ、それが妖力、魔力、霊力になるのは妖怪によって違うがのう。ちなみにワシが妖力じゃ」

「私は魔力ですわ」

「ボクが霊力ね。根本的な精神エネルギーを使うことは変わらないから、安心してね?」

「本当にバラバラなんだ」

「だから選ばれたんじゃよ。それで自分が使いたいと思う力をイメージするのじゃ。今回はすり抜けじゃから、一瞬だけ『全身を透明にするイメージ』になるかのう?」


 燐は不安そうに二人に尋ねていた。

 二人も少し不安そうに頷く。


「なんで、不安そうなの?」

「昔過ぎて覚えてないのじゃ! 今まで誰かに教えたこともなかったからのう」

「私もですわ」

「ボクも~」

「普段はどうやってやってるんだよ!」

「慣れたら意識せずに出来るものなのじゃよ。こんな風にのう」


 そのお手本を見せるように、燐が壁をあっさりと通り抜け、戻ってくる。

 が、見ているだけでは意識しているのか、意識してないのか、郁人には全然分からない。


「簡単じゃろ?」

「全然そう思わないけど?」


 郁人ははっきり断言した。

 そもそも精神エネルギーというものを今までに感じたことがない。どういうものがそれにあたるのか、それすら分からない。

 その全く分からない力をすぐに感じ、使いこなせと燐は言っているのだ。

 どう考えても出来るはずがない。


「まだ浮遊よりは簡単ですわよ? 長時間力を使うわけではないんですから。あの壁を通り抜けるだけで済むことですわ」

「変化も長時間その状態を維持しないといけないんだし、一瞬だけなら楽勝みたいなもんだよ!」


 二人も妖怪目線で語っている。

 どうやら人間目線で考える事が欠如しているようだった。


「何事も挑戦は大事じゃ! 行くだけ行ってくればよい!」


 燐はそう言って、郁人の背中を押す。

 押し出された郁人は少しよろめきながらも体勢を立て直し、仕方なく小走りでその壁に近づく。

 人間が通り抜けることが出来るのか、他の妖怪も気になるらしく、視線が一気に郁人に集まった。


 そのせいで余計に緊張してしまい、郁人はやっぱり期待に応えることは出来ず、壁に手を付いて立ち止まる。途端にがっかりした雰囲気とこの場に居る全員のため息が郁人には聞こえた気がした。

 さすがに全員というのは気のせいかもしれないが、少なくとも後ろの三人は間違いなくため息を漏らしていたのは間違いない。


「やっぱダメか」

「分かってましたけどね」

「お兄ちゃんの事だから、絶対にああすると思ってたけどさ」

「さて、どうしようかのう」


 戻ってくる郁人を見つめながら、三人は頭を唸らせていた。

 どうも良い方法が思いつかないらしい。


「ひとまずほんの一瞬でも透明になれるように練習させる?」


 メアリーがそう提案した。


「どうやってですか?」

「こうやってやるしかないでしょ」


 メアリーが手招きしてきたので、郁人はメアリーに近寄ると腰辺りに手を置いてきた。

 その状態で燐とエイミーにもどこかに手を置くようにメアリーが促す。

 二人もメアリーの意図が分かったようで、両肩に手を置く。


「何のつもり?」

「ボクたちがこうやって手を置いているから、お兄ちゃんはこのまま一瞬でも透けられるように努力してくれたらいいよ」

「そうですわね、私たちが体重をかけていればいいだけの話ですし」

「地道にやっていくしかないのう」


 みんながしている訓練は諦めたらしく、地道な練習が始まった。

 いくら地道な練習が始まったところで、上手くいくはずがなく、それも三十分と持たない。

 肩に腕を置いとくという単純な事が我慢できなくなった燐の様子がおかしくなる。ストレスでイライラが抑えきれないような状態。最初の頃は落ち着いていた尻尾が忙しなく動いていたからだ。

 エイミーはエイミーでそれに触発されたらしく、不機嫌な様子になっていく。

 メアリーは言い出した本人だからか、疲れた表情は浮かべていても文句を言う気配はない。


「もういい。こうなったら無理矢理じゃ!」

「ですわね。こんなことでは絶対にラチが開きませんわ!」

「ちょっと待った! いったい何をするつもりだよ!」


 郁人はその様子に絶対にまともじゃない方法を取ることが分かる。


「無理矢理、壁にぶつけるだけじゃ」

「心配しなくていいですわ。ちゃんと私が治療しますから、安心して死にかけてくださいですわ」


 心配以外考えられない発言をする二人にメアリーもさすがに注意し始めた。


「それはいくらなんでも酷いよ!」

「大丈夫じゃ! よくあるじゃろう? 死にかけると不思議な力が発現するとかしないとか、郁人が持つ本に書いてあったからのう」


 それはあくまで空想の世界であり、現実であるわけがない。

 あっても何百万分の一だ。

 そんなことを信じるなんて狂気の沙汰も良いところだと郁人は思った。


「あるわけなだいろ! なぁ、メアリー!」

「へ~、人間って実はすごいのだね」


 最後の砦であるメアリーは目をキラキラとさせ、燐はそうなることが分かっていたように口端を歪めていた。

 郁人はこの場から全力で逃げることを選択するしか助かる道がないことを悟り、駆け出す。

 他の誰かに脅かされようが、現在いまの郁人にとってどうでもよかった。

 現在は自分の身を守る事が何よりも先決だからだ。

 しかし、それはメアリーによって阻まれる。


「ジャック、お兄ちゃんを捕まえて、あのレンガに向かって突撃だよ!」


 持っていたバックから人形を取り出すと、少しだけ大きくなり、その命令通りに郁人に向かって走り出す。

 郁人はそんな人形に逃げ足が負けるとは思っていなかった。所詮、人形の足なのだから、そこまで速くないはずと高をくくっていたのだ。

 しかし、それが甘かった。

 自転車並みのスピードで追いつき、そのまま背中に蹴りを食らわす。そしてバランスを崩してこけた郁人の下に無理矢理入ると腹部から持ち上げ、そのまま命令通りにレンガに向かって突撃した。


「ちょ、ま、待て! ほ、本当に死ぬからマジでやめてぇぇえええええ……!!」


 悲痛な叫びをあげる郁人に対し、ジャックは止まる素振りすら見せなかった。むしろ郁人を追いかけてきたスピードよりも速いスピードで突撃し、郁人は頭からレンガに突っ込む。

 同時にレンガが盛大な音を立てて崩れ落ちる。

 その音に周りの妖怪たちも何事かと郁人が埋まるレンガに視線が集まり、それを実行させた三人は呆然としていた。


「ワシはあそこまでのスピードで行けなんて言うてないぞ」

「もうちょっと手加減するべきではなかったのですか?」

「ごめん、ジャックって少し馬鹿だからさ」


 ジャックは何事もなかったように主人であるメアリーのところに戻ってくる。

 褒めて欲しそうにメアリーを見つめていたため、メアリーはご褒美として頭を撫でる。

 その間にもレンガの隙間からは赤い液体が漏れるように流れ、範囲を広げていく。

 確認しなくてもその赤い液体が何なのか三人には分かっていた。

 郁人の血しか考えられないからだ。

 三人はお互いに顔を見合わせた後、郁人の名を呼びながら、全力で救助を始めた。 


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