これから住む家②
郁人は部屋の窓に着くと、扉を開けようと窓の確認をしてみる。
日本でよく使われる引き違い窓ではないことは外見を確認するだけで分かる。
そのためスライド以外の開け方を試してみるが、全然開く気配がない。
「鍵が掛かってるのか……」
郁人はため息を吐き、下の階にいるエイミーに解錠を頼みにいくことにした。
ここで初めて郁人は縄ばしごは上がるより下りる時の方が怖いことを知ってしまう。安全のために下を逐一確認しないといけないからだ。
それでなくても最上階なのだから、生身の人間がここから落ちると死ぬことは確定。死ななくても何かの障害が残りそうなことぐらいは目に見えて分かる。
郁人はなるべくそのことを想像しないようにして、エイミーの部屋へと向かった。
「もっと他の物を出してもらえばよかった」
そう呟きながらも郁人はエイミーの窓の位置にたどり着いた。
何か用事をしていたらいけないと思い、確認するために窓から中を覗く。
エイミーも何かの人形を抱きしめていた。
何の人形を抱きしめているかまでは分からない。
分かるのは燐と同じ人形で、それが人間の形をしているということだけだった。
その様子を見て、全然忙しくない事が分かると郁人は窓をノックした。
それまで気付いてなかったのか、エイミーは身体を跳ねさせて人形を放り投げる。
エイミーにしては珍しい反応だった。
「い、いきなりなんですか? 私に会いに来てくれたのは嬉しいですけど、そういうことは早めに言って欲しかったんですが…」
「ご、ごめん。何かする予定だった?」
「予定も何もないですわ! 大丈夫です!! そ、それで何か御用ですか?」
郁人はエイミーに対して、少しだけ違和感を覚えた。
さっきまでの様子とは全然違ったからだ。
物腰が柔らかい。
そういう表現があっていると思う。
郁人の中では『ツンデレ』という単語が思い出される。
しかし、郁人の中でのツンデレとは違う。
郁人の知っているツンデレとは、恋愛フラグを立てていく中で、ゆっくりデレ始めるものだと思っているからだ。これがなんというものに当てはまるのか分からない郁人は少しだけ対応に困ってしまったが、素直に自分の用件を伝える事にした。
「窓の鍵が閉まってて、中に入れないから、開けて来て欲しいんだけど頼めるかな?」
「ちょっと待っててください」
エイミーは上の階へとすり抜ける。
そしてすぐに戻ってきた。
「もう大丈夫ですわ!」
「ありがとう! なんかこき使ってごめん」
「大丈夫ですわ! その……お礼として一つしてもらいたいことがあるんですが良いですか?」
「まぁ、俺に出来ることならいいけど…」
「ハグしてください」
「……」
「……」
「もう一回いい?」
「だから抱きしめてください!」
「わ、分かった!」
エイミーが自分からそういうお願いをしてくるとは思わなかった郁人は耳を疑ったが、エイミーの顔は本気だった。
顔を紅潮させ、緊張しているらしく、身体を少し強張らせている。
三人と一緒だった時のエイミーとは全然違うため、郁人も少しだけ緊張してしまう。
しかし、約束は約束なので一回だけ深呼吸をして、郁人はエイミーを抱きしめる。
郁人が背中に腕を回すと、エイミーも同じように背中に腕を回し、抱きしめ合う形になった。
エイミーは郁人より背が低いため、胸にすっぽり埋まる形になり、エイミーがどんな表情をしているのか、郁人には分からない。しかし、胸に顔を埋める瞬間に見えた顔は嬉しそうな顔をしていたのは間違いない。
郁人はエイミーのそんな顔が見えただけでも満足だった。
「まさかエイミーがそんな風に抱きしめてもらっておるとはのう。新発見じゃな」
からかうような燐の声が後ろの窓から聞こえた。
途端に、エイミーは突き飛ばす。
その顔にはさっきまでの嬉しそうな顔はなく、今まで見ていた顔がそこにはあった。
思いっきり不機嫌そうな顔を浮かべている。
「いきなり乙女を抱きしめるなんて、最低ですわよ!」
「え、えぇぇえええええ!!」
郁人は驚きの声をあげるしか出来なかった。
なぜそうなってしまったのか、意味が分からない。
「お兄ちゃんにいきなり抱きしめる勇気なんてないと思うけどな~」
「うむ、絶対にこやつにはないじゃろ」
「で、でも事実ですわ」
窓の外で浮遊している二人は郁人を弁解してくれているが、エイミーは絶対に認めようとしない。しかもエイミーは少しだけムキになっているため、二人からすれば、バレバレ。
間違いなく、からかっている。
このままではらちが明かないと思った郁人は、その言い合いに口を挟んだ。
「二人とも急にどうしたのさ?」
「あ、そうそうお主が自分の部屋を見て、驚いたかと思って様子を伺いに行こうと思っておったところじゃったんじゃ」
「うんうん。それでどうだった?」
「まだなんだよ。部屋の鍵が閉まっててさ」
「そうですわ。それで私が鍵を開けて戻ってきたら、お礼とか言われて抱きつかれたんですわ!」
「はいはい、分かった分かった。その話はもう終わりじゃ」
「絶対、信じてないですわよね?」
「それはもう良いから、行こうよ」
「メアリーもですか!」
「そんなに噛み付かなくても……。二人とも流してくれてるんだし」
「わ、分かりましたわ」
郁人は窓際に向かい、縄ばしごを使おうと手をかけた時に燐が手を振り、郁人を無理矢理宙に浮かせた。
いきなりのことに戸惑う郁人。
「時間の無駄じゃ」
「あ、ありがとう」
郁人はただ身を任せているだけで何もする事はなかったけれど、宙に浮いている状態がなんとも不思議な気分だった。
ふわふわとしているため、いまいちバランスが取りにくく、一瞬にでも上下が逆転になりそうな感覚。
時間はかかるけれど、まだ縄ばしごで上った方が安心感はあるように感じてしまった。




