これから住む家①
その後、郁人は人間界で着ていた服と同じ物が用意されていたため、そのことに驚きつつも素直にその服に着替えた。と、言ってもTシャツにジーンズ、黒の上着なので、被ったとしても不思議ではなかったからだ。
三人もそれぞれ着替え、外に出る。
外に出ると、先ほどの説明があったように城の両端に円柱の建物がまるで並木道のように並び、道を作っていた。
これが三人の言っていた中央通りだと郁人は分かる。
しかし、なぜ建物が円柱で作られているのかまでは教えられていなかったため、尋ねる事にした。
「なぁ、なんで円柱なんだ?」
「さあ? 私たちにとってはこれが当たり前だから、よく分かりませんわ」
「どうせ閻魔殿が考えたことなのじゃろうよ。基本的に閻魔の趣味でこの町は成り立っておるからのう」
「見栄えが良いから、みたいな理由からかもね」
メアリーが言うようになんとなく見栄えがいいのは郁人にも分かるが、違和感は拭えない。
郁人の知っている並木道とは木で出来ているため、これでは並家道という名前が相応しいと思った。
しかし、建物を柱として考えるとこの城が別格に感じるのも確かだった。それだけ小十郎の城は聖域に近いものなのだろう。近づいてはいけないというような禁止令は出ていないみたいなので、恐れ多くて近づけないだけなのかもしれない。
郁人はそう思うことで納得した。
三人はすでに郁人の家は分かっているらしく、先導し始めたので郁人はその後に続く。
この中央通りを通るかと思っていたのだが、どうも違うらしく、すぐ城に沿うように左の方へと歩き始める。
「道も石で出来てるんだ」
「雲で出来ているとでも思ったのか? それはあくまで人間が想像したものじゃよ」
「まぁ、天国とか雲の上にあるってイメージだからね。っていうか、俺の家は町に造られてないんだ?」
「当たり前ですわ。そんなに妖怪たちの注目の的になりたいんですの?」
「そういうわけではないけど……」
「町中にお主の家があったら、いろんな妖怪が夜な夜な脅かしに来るぞ? それでもよいのか?」
「絶対に嫌だ」
尋ねた自分が馬鹿だったと、郁人は反省した。
ここでは人間の考える普通はないのだから、間違いなくあり得ると理解したからだ。
だからこそ、小十郎の近くに家がある理由が分かった。
郁人がそう考えていると、目の前に一軒の家が見えて来る。
歩いて、そんなに時間は経っていない。
本当に城の真横に作られていた。
他の妖怪と同じ円柱の家が――。
「やっぱりか」
「言いたい事は分かるが、我慢せい」
「そうだよ~、せっかく閻魔様が用意してくれたんだからさ~」
「んで、他の家と比べると高いけど何階建て?」
「四階建てですわ」
「ふーん。あ、本当だ」
さっきまで歩いていた場所からは見えなかったが、近づくに連れて窓らしき四つの凹みあることを郁人は確認する。
「ちなみにもう部屋割りも考えてあるんだよ!」
「そうなんだ」
メアリーはちょっと威張り気味にそう言ったが、郁人は部屋割りよりもっと重要なことが気になっていた。
この円柱の家には直列になるように各部屋に一つ窓が設置されているのだが、窓以外の他の物が何も見当たらないのだ。
普通に考えるのならば、家にはもっと重要なものが必要だ。出入りするためには間違いなく不可欠なもの――それはドアだ。しかし、そのドアらしきものが三人が立っている場所には見当たらない。
もし、郁人が他人を家に案内するとしたら、ドアがある場所へ行き、そこで話をする。すぐに入れるように考慮して――。
つまり、ここで立ち止まったということは、玄関はこの位置になることを示している。
郁人はその予感が外れる事を本気で願ったのだが、郁人の考えを知らないメアリーは部屋割りの説明していた。
「燐ちゃんは一階が落ち着くということで一階。二階がボクだね。んで、三階はエイミーちゃん。それでお兄ちゃんは優遇しないといけないということで四階です、やったね! じゃあ、各自部屋の様子を確認してみようか」
「じゃあ、また後でですわ」
「ちゃんとお主も確認するのじゃぞ?」
三人はそれぞれに部屋に入っていく。
燐は普通に壁をすり抜けて入り、エイミーとメアリーは一度浮遊してから、割り当てられた部屋の中へと外壁をすり抜けていく。
郁人はその様子を見守る事しか出来なかった。
「やっぱりか」
予想した通りの入り方に郁人はどう突っ込んだらいいのか分からず、家に近づき、外壁を軽く触ってみる。
材質は石に近い。
こんなものを生身ですり抜けることなんて、不可能だった。
仕方ないので、燐の部屋を窓から覗いてみる。
燐の部屋はなぜか藁が一面に敷かれており、物が一切ない状態。その上でゴロゴロとくつろぐ燐の姿が見えた。
何か人形らしきもので嬉しそうに話しかけているが、いったい何を話しているかまでは聞こえない。
「いったい何を話してるんだろう」
まだメアリーならば、何かを話している様子を見ても普通の反応が出来たと思うが、燐だと違和感しか感じない。
視線に気が付いた燐が窓を見てきたため、自然と二人は見詰め合う形になってしまう。
油断していた燐は一気に顔を赤面させると、少し怒り気味で窓に近づいてくると思いっきり開けた。
「なぜ、お主がワシの部屋を覗いておるのじゃ!?」
「部屋に行けないからだけど……」
「はぁ? 簡単じゃろうが。浮いて、すり抜けるだけのことじゃ!」
「生身の人間にそれが出来ると思う?」
「……」
ハッとした顔を燐は浮かべる。
完全に忘れていたという顔。
冗談でやっているのかと思っていたのだが、普通に忘れられていたことに郁人はちょっとだけショックを受けた。
「ちょっと待っておけ」
二人に相談するため、軽く浮遊したが思い出したように止まり、
「ワシの独り言が聞こえておったか?」
と、尋ねてきたので郁人は首を横に振る。
その言葉を信用できないかのように燐は数秒ほど郁人を見つめたが何も感じなかったのか、再び二人を呼びに上昇していく。
降りてくる時には二人とも罰が悪そうな顔をしていた。
「わ、忘れてましたわ」
「ボクたち目線だったからね~。さてどうしようか」
「どうしようもなにも一つしか手はないじゃろ」
「どう考えても、これしかないですわね。分かりましたわ」
三人は会話もロクにせず、結論を出した。
郁人の部屋の窓へと続く縄ばしごをエイミーが魔法で出す。
「ありがとう」
「どういたしまして、ですわ」
「じゃあ部屋を見てくる」
「ボクも部屋に戻ろうっと」
郁人が縄ばしごを上り始めた様子を確認すると、メアリーの発言で二人もそれぞれに移動し始める。
やっぱり上るよりも浮くほうが進むスピードが早いらしく、あっという間にエイミーとメアリーは郁人を抜いていく。
「じゃあ、先に行くね」
「お先にですわ」
郁人はちょっとだけ羨ましかった。
風は吹いていないが、登る影響で多少揺れてしまう。そのため、足を滑らせて落下した時の想像をすると恐怖が生まれたが、部屋に上る手段はこれしかなく、怖いとか言っていられないのも事実。
郁人には我慢するという選択肢しかなかった。




