プロローグ
あなたは別の世界に行ってみたいと思いますか?
そこの世界へ行ったとして、どんなことをしていますか?
最強の勇者様?
古の魔法使い?
それとも何か別の職業で頑張っていますか?
この世界で生まれ、この世界で生きているからこそ、違う世界で生きてみたいと思い、人は違う世界の生活に憧れる。そちらの世界の方が過ごしやすいと思ってしまうから。
しかし、そんな世界はないといつかは気付いてしまう。
だからショックを受けて、今を生きることが精一杯になる。
それが人間だから。
吉原郁人もそのことに気付いてしまった。
ちょっと昔まではUMAやUFO、幽霊、お化け、妖怪、サンタクロースなどを信じていた。しかし、それらは存在しないということを理解かってしまったのだ。
原因は親がサンタクロースだったということから始まり、集合写真の不思議な位置にある手も実は友達の手など、その他にもいろいろとあるが、大半は科学によって解決してしまうことが多い。
しかも自分の身近には幽霊、お化け、妖怪を見た人がいない。そのことから存在しないと気付いてしまったのだ。
中学三年生である今、郁人は受験勉強のためだけに学校へと通い、家に帰れば勉強そっちのけでゲームや読書が日課となっていた。
そんなある日の事――。
同じ毎日を繰り返していた郁人は珍しく真夜中に目を覚ました。
何かの音が聞こえたためである。
きっと何かの機械が誤作動を起こして、音が鳴っているのかと思っていた。が、意識がはっきりとし、周りの静けさのせいで、耳が勝手にその音に集中してしまう。
そして、それがただの音ではないことに郁人は気付く。
音ではなく、声。
しかも人ではなく、複数いるようで話し方がそれぞれ違う。
その瞬間、郁人の体中から体温が一気になくなり、身体が一気に冷める。つまり、心に恐怖が宿ったことを知らせる合図だった。
郁人は必死に目を閉じる。
そうでなくても郁人はビビり体質なのだ。教室でも誰かに不意打ちで肩を叩かれてしまうと身体が跳ねてしまうほど。小学生の頃は声も出ていたが、それはなんとか克服した。
しかし、そういう話はいつの間にか広がり、クラスメートから『ビビりくん』という不名誉なあだ名がついていた。
そんなに郁人にとって、今の状況が怖くないわけがなかった。それどころか普通の人の倍ぐらい怯えている自信があるほど怯えていたのだ。
そのせいで心で寝ようと思っても身体が完全に目覚め、目を閉じていても瞼の内側の暗闇を目が映し、耳はその会話を聞こうと勝手に働いていた。
「本当にこやつで間違いないのか?」
「私が嘘をついているとおっしゃりたいのですか?」
「本当に疑り深いな~。名前と住所を何度も確認したから大丈夫だよ~」
「そうか、こやつがのう。まぁ、もう目を覚ましたみたいじゃからいいか」
「じゃ、拉致ろう!」
耳に不吉な単語が入り込んだ瞬間、郁人は布団を蹴飛ばし、飛び起きる。
そして部屋の明かりを付けようとスイッチコードに手を伸ばそうとしたが、
「すまんのう、もう手遅れじゃ」
耳元で生暖かい息と共に女性の声が郁人の耳に入ってきた。
違う意味で身体がゾクッとしてしまうも声が聞こえた方向を確認しようと郁人は顔を向けるが時には全てが遅く、ほぼ同時に口と手を拘束。すかさず目隠しもされてしまう。
「お母さ――」
「ごめんね、お兄ちゃん」
咄嗟に助けを呼ぼうと郁人は大声を出そうとしたが、それは幼い声に遮られ、首を鈍器で殴られたような衝撃が走る。
そして眠りに就く時と同じように郁人は闇に意識が吸い込まれたのだった。




