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益体もない妄想シリーズ

『勇者パーティに盗人が入ったわけ』

作者: 蜻蛉野ベル

 俺は超一流のスリだと自負している。

 母親が死んでから十二年間、盗みの技術だけで食ってきた。雨の日も風の日も金でも食い物でもいつだって何だって盗んできた。

 しかし、俺ことルーウィン・ハイザイトは超一流のスリである。

 ただ悪戯に盗みを繰り返すのは超一流のすることじゃない。

 如何に優れた技術を持っていても、考えなしに盗みを繰り返すだけで十年以上も逃げ切るれるほど王国の騎士団は馬鹿じゃない。

 俺はファドラス王国のあらゆる町や村で盗みをやってきたがどんな時でもどんな場所でも守ってきた、たった一つの掟がある。

「少なく、そして頻繁に」

 俺は口癖のようにその言葉を繰り返す。

 大金をすったって碌なことにはなりやしない。

 狙うのは中流階級の奴らだ。貴族や騎士団には決して手を出さない。強欲な成金商人にもだ。そして盗る金はその日に使う金の三分の一程度、そして財布ごとは絶対盗らない、鉄則だ。

 それさえ守れば後は適当な奴を標的にして一日三回盗みを繰り返すだけ、そして適当な時期を見計らって別の街に移動する。そんな感じで生きてきたがこれが中々どうして上手くいく。

 掟さえ守っていれば安泰だ。

 そう、守ってさえいれば。

 俺は掌に持つ古びた皮財布を見て溜息をつく。その中身は約一万シリル、ファドラス金貨十五枚とファドラス銀貨三十二枚。慎ましやかに生きるとすれば一家族が3年は生きられるほどの大金である。

「どうしてこうなった」

 俺の声は全く途方にくれていた。

 中央広場には人が忙しそうに行きかっているが、俺だけは深刻な顔で噴水の淵に座り込んでいる。


 見た目は見るからにみすぼらしい奴だった。

 ボロボロで茶色のフードつきマントを羽織り顔を隠すようにして歩いていた。

 俺は超一流のスリらしく外見から相手が何処に財布を持っていてその中身がどれぐらいか見抜くことができる。

 ソイツは外見に似合わないほどの大金を持っていた。

 俺と同じスリが如何にかして貴族の財布を掏って逃げ切ったんだと思ったんだ。その手柄からちょいと拝借すればこれからしばらくは遊んで暮らせると思って魔がさした。

 どうせ罪は全部ソイツが被るんだと思って金貨を二、三枚拝借するだけのつもりだったのにまさかあいつが――

「勇者だったなんてな」

 盗むときに見てしまったのだ、勇者専用装備にして最強の聖剣エクスカリバーを。

 動揺のあまり皮財布ごとと盗んできてしまったのが最大の過ちだ。

 幸い調べてみたところ財布に妙な術式が刻まれている様子はないのでこちらの居場所が探知される心配はないようだが

「やはり、返すしかないよなぁ」

 言葉とともに溜息も漏れる。

 あっけないほど簡単に掏れたんだ、きっと返すのだって簡単だ。

 そうであると信じたい。


 なんてことを思っていたのが二時間前、何故か俺は金髪碧眼の如何にも貴族然とした美少女と飯を食っている。しかもこの美少女、食べる量が半端ない。確実に少女の体積以上の量を詰め込んでいる。

「今更ですけど本当に奢りでいいんですか?」

 口いっぱいに肉を頬張りながら申し訳なさそうに聞く少女。

 銀貨三枚分(一般家庭の食費一か月分)も食っておいていう台詞かと思ったが、どうせ使うのはコイツの金なので気にしない。

「ああ、構わない。いくらでも食ってくれ」

「じゃあお言葉に甘えさせてもらいます。おじさーん、ポドス焼き後十人前追加してくださーい」

「あいよー」

 この骨付き肉に豪快に齧り付いている美少女が勇者だなんて一体誰が信じるだろうな?

 しかもこの勇者金を掏られた挙句に行き倒れていたのだ。どんだけ間抜けなんだ。こんな勇者に倒される魔王が少しだけ哀れに思えてきたぜ。いや、そんなことはどうでもいい。

俺はただコイツに財布を返せさえすればいいのだ。それ以上に望むことなど何もない。


「いやー、本当に助かりました。なんとお礼を言ったらいいか」

結局この女、銀貨五枚分も食いやがった。店の食材が尽きなかったらまだ食うつもりだったに違いない。伝説の勇者の直系の子孫だけあって化け物だ。

「礼なんか、いらん。それに俺なんかにそんな丁寧な言葉使いして貰う必要ないんだが」

「命の恩人に対してそんな訳にもいきませんよ」

「堅いな。もっとくだけて喋った方が似合うんじゃないか?」

「そうですか?」

「うん」

 勇者なんて存在に少なくとも俺はへりくだって欲しくない。それで無くとも理想の勇者像が音を立てて崩れていっているのだ。まったく勇者に礼を言われるスリって何だよ。ギャグか?

「じゃ、俺はこの辺で」

 財布は既に返却済みだ。もはや心配することは何もないのだが、これほどの失態をしてしまった街に長居をする気に離れない。適当なヤツから旅の支度金を掏って早々に旅立とう、そんなことを考えながら俺は回れ右をしてその場を立ち去ろうとしたのだが、

「何故に腕を掴む?」

「いえ、そういえばまだお名前もお聞きしていなかったなと」

「そんなの如何だっていいだろ」

「如何だってよくないです」

 嫌にしつこいヤツだ。行き倒れて動けない勇者を食堂まで引きずっていくために仕方が無かったこととはいえ、顔を晒したってだけでデメリットにしかならない事態なのだ。その上本名まで知られるのは不味い。

 かといってこの娘は強情そうだ。ここは適当な偽名でお茶を濁すべきだろう。偽名ならば、問題はない、はずだと信じたい。

「俺の名はナロー・ディ・ストライカーだ」

「ナローさん……ですか」

 勇者の声の調子が変わった。

 悪い予感がする。

「ナローさん、もう一つお聞きたいことがあるんです」

 勇者の眼差しが急に真剣なものになる。

「何だよ急に、」

「なんで私にお金を返してくれたんですか?」


 何故と思う間もなく俺は勇者の手を振り払い駆け出していた。超一流のスリらしからぬことだが、俺はわりと逃げ足には自身がある。物事には段階というものがあって、俺も駆け出しの頃にはよくヘマをやらかしたものだ。逃げ足の速さはその恩恵である。

 人生何が役に立つかわからない。クソみたいな俺の少年時代の経験も今この瞬間に役立っていることだしな。

 ともかく俺は勇者からできるだけ遠ざかるために走った。幸い昼時であることが功を奏したのか、人通りは多くすぐに勇者をまけた上に、資金の調達もできた。

 この街に未練など何もない。

 後は明日に向かって走り出すだけだ。

 

 ただ、


 俺は超一流のスリだ。

 つまり人間の屑だ。

 最低のゴミだ。

 社会に対して何の貢献もしないような虫けらにも劣るカスである。


 そんな俺の明日もまた碌なものでもないし、盗みをやってその日暮しを続けてるヤツに幸せなんてものは転がり込んでこないのだということを俺は十分知っている。

 定住せず、友人も作らず、特に目的も夢もない。

 俺はとりあえず生きてきただけなのだ。

 ナロー・ディ・ストライカー。

 それはまだ母が生きていた頃、俺が夢中になった英雄の名だ。

 魔法を使えない少年が唯の一振りの鋼の剣で邪悪な竜を打ち倒し、お姫様を見事救い出す。そんなありふれた物語の中の英雄の名だ。

 だが、ナロー・ディ・ストライカーは存在しない。

 魔法を使えない少年は人間の屑に成るのが精々なのだ。


 魔法を使えないのは唯の出来損ないの証である。

 英雄の資格なんかでは決してない。


 俺が人生に置いて最も痛感した事実だ。


 ならば、俺がここで逃げることは最善手なのであろうか?

 そんなことを考えながら走っていたのが不味かった。

 自己嫌悪なんてするもんじゃない。したら最後、致命的なミスを引き起こすか、絶望的な不運に見舞われるかだ。俺の場合はその両方だった。

「いたッ!」

 赤毛の女にぶつかってしまったのだ。そしてこともあろうにそいつは王国騎士団の鎧を身に着けている。

 いや、まだだ。まだ挽回できる。ヤツはまだ俺が何者か知らない。さっさと謝罪して逃げよう。それでダメなら地獄の沙汰も何とやらだ。

 女が振り返った瞬間に俺は地面に頭がめり込む勢いで土下座した。

「申し訳ございませんでした」

「お前、スリだな」

 殺気を感じ、俺は土下座の体制のまま後方にスライドするという離れ業をやってのけた。すると、さっきまで首があったところを風切音とともに鋼の剣が通り抜けた。

「何を根拠に」

「勘だ。が、安心しろ。私の勘は外れない」

 顔を上げると女騎士は剣を振り切った体制から再び切りかかろうとするところだった。

 立ち上がる時間もないので横に転がる。

「ともかく話を」

「お前を殺した後たっぷり聞いてやる」

 二度三度と地面を転がりながら剣を避ける俺。

 見ろよ、世界が回ってやがる。

「死んだら話も何もないだろうッ」

「死んでもちゃんと尋問してやるさ。ただし、沈黙は肯定とみなす」

 ダメだ、この女。勇者とは別の意味で頭が逝ってやがる。

 よく見ると美人なだけに残念だ。

 今日はよく、美人に会う日だぜ。勇者も女騎士も頭が残念であることを除けば、俺が今まで見てきた美女の中でもぶっちぎりである。くそったれの神も偶には気を利かせてくれることもあるのだろうか。

 さらにいえば女騎士は俺のドストライクだった。勇者は貧乳だったがこの女は違う。鎧を着ていても分かる。

 この女は巨乳だ。

 鎧も通常とは若干デザインの異なった特注品であるし間違いない。

 屑みたいな俺にとっては、こんな美女の剣に貫かれて死ぬなら悪くないんじゃないか。いや、もちろん希望をいうなら貫いて死にたいんだけども。

 と馬鹿みたいな思考を繰り広げていた時、俺は若干以上生き残ることを諦めていた。

 何故なら女騎士が、『これで終わりだあああああぁ!』等と嫌に感極まった感じで必殺技っぽいエフェクトを発生させながら上空からダイビングしてきているのだ。この辺り一体を壊滅させそうな雰囲気だ。

 背後に紅く輝く巨大な鳥、いうなれば不死鳥を背負って不敵に笑いながら飛び込んでくる女騎士は、はっきり言って恐怖そのものだったので、現実逃避してみたのである。

 しかし、女騎士の『セカンドフェニックスファイナルエディションM3エグゼクティブモデル【初回限定版】ッ!』という色々とツッコミどころのある必殺技コールがそれを赦してくれなかった。

 ツッコミたくて現実逃避に集中できない。

 一言突っ込ませてもらえるならば必殺技(笑)。

 そしてまさに燃えるフェニックスが、俺所か周りの民家をも巻き込んで爆散しかけたとき勇者が颯爽と登場し、伝説の聖剣エクスカリバーを抜き放つ。

「あなたのピンチにキラッ☆と登場♪ ミラクル勇者シルキーハートでーす♥」

 そしてなんとフェニックスを打ち消して見せたのだった。

 さすが魔術師殺しの聖剣である。達人は道具を選ばないというが、伝説の剣は担い手を選ばず力を発揮するものらしい。

「ナローさん、なんか失礼なこと考えていませんか?」

「いやさ、今の何だよ」

 絶対にふれたくなかったのだが、ふれないわけにはいかなかった。

「ナローさんが言ったんじゃないですか。もっとくだけたほうがいいって」

「くだけるの方向性が違うんだよッ! あれじゃあただの勇者(笑)じゃねえかッ! 俺の勇者様像を返せよ」

「そうですか。ダメでしたか」

 と馬鹿なことをやっているうちにフェニックスごと吹っ飛ばされていた女騎士が復活した。

「勇者様、何事ですか。その者は小汚いスリですよ」

 土埃を立てて吹っ飛んだくせに白銀に輝く鎧は僅かのくすみも見せなかった。相当高位な魔術的措置が施されていると見て間違いない。となると少なくとも師団長クラス、いや下手すると近衛騎士団の隊員の可能性もある。どちらにしろ生身で魔獣に対抗できる化け物クラスの人間であることには違いない。

 俺はそんな相手に剣を向けられているのだ。勇者(笑)と言う盾があっても生き残れる気がしない。

「確かにナローさんはスリです」

「ならば即刻首をはね」

「ですが彼は私の命を救ってくれました」

 女騎士が言い終わる前に勇者は言葉を遮った。

「ありえない。そのような者に勇者様のお命が救えるわけが」

「私の言葉が信じられませんか」

「いえ、そのようなことはありませんが」

 女騎士はとても不満そうだ。

 そうだろう。俺だって勇者が行き倒れているところに出くわすなんて思わなかった。

 むしろこの隙に逃げるべきなんじゃなかろうか。

「たとえそうだとしても盗みの罪は消えないでしょう。罰を与えるべきです」

「ええ、確かにそうです。ナローさん」

「な、なんだよ」

 逃げようとした瞬間に話しかけられてタイミングを見失ってしまった。勇者(笑)のくせに以外に侮れないかもしれない。

「あなたには私達の旅についてきてもらいます」

「はぁ!」

 どういう思考回路をしていればそういう結論になるんだ。

「一緒にいればスリなんてできませんし、世界を救うなんて究極の奉仕活動です。我ながら良い考えです」

「確かにそうですね。気に入らなければ斬ってしまえばよいですから」

 思いのほか女騎士が乗り気だ。お前は止めろよ。なんで勇者パーティに盗人が入るんだよ。明らかにおかしいだろうが。

「という訳で今日からよろしくお願いします。ナローさん」

「拒否権は」

「罪人にそんなものあるわけないだろう」

「ということです。最低でも銀貨五枚は働いて返してもらわないと」

 気づいてたな勇者。

 どうしてこうなったんだ。やはり、悪いことをしていると碌なことがないということかよ。


「そういえばナローさん」

「何だよ」

「私もナロー・ディ・ストライカーは好きですよ。いつか本名教えてくださいね」

 と笑顔で勇者は耳打ちした。

 その一言で俺は何故だか勇者についていってやる気になった。

 とりあえず、銀貨五枚は返さないといけないらしいしな。


つづきません(きっぱり)

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