曜日異聞
さあ、今日も始まる漫才のお時間。ドリとボタンのお二人です。お題は『曜日異聞』。なんかタイトルだけ聞くと、そんなんでお話になるのー?って感じなんですが、そこは期待の若手。今日も手際よく笑って勉強とまいりましょうか。さあ、登場です。皆さん、拍手でお迎え下さい。では――
1.起
ちゃかちゃんちゃんすっちゃんちゃーん。拍子木の音と共に登場する二人。
「ドリでーす」
「ボタンですぅ」
「なんやかんやでもう7回目ですよ」
「まあな、こんだけ続くとは作者も思わんかったやろな。いかにネタだけはあってもお話しにするのが下手かという証明やろ」
「まあまあ、そこまで言うとすぐに落ち込みますから。ほどほどにね、ボタンさん」
「ふん。とことん貶してやった方がええんや。底の底まで行ったらもう落ち込むとこないねん。這い上がるしかあらへんのやから」
「そりゃそうですけど、そこまで行ったら戻ってくるのにどれだけ時間がかかる事やら」
「へたれはしゃあないのお。ほなら、今日のネタ、いこか」
「今日のネタは一週間です」
「一週間ってあれか? 月曜日は糸と麻を買って、火曜日にお風呂を焚くというやつ?」
「で水曜日にお風呂に入る」
「そんなもん、とっくに冷めとるやないか!」
「初めてこの歌詞を聴いたときからそう思ってたんですよ。ロシアの人ってそんななんですかね」
「いや、知らんけど。きっとウオッカ飲みすぎの酔っぱらいやねん。で、この歌の解説でもすんの?」
「いえいえ、歌の方じゃなくて、曜日の方。なんで月曜、火曜っていうんでしょうね?」
「あ? えらくまた、基本的な所に目を付けはったなあ」
「みんなが知っているけど、実はよく知らないってのはいいネタになるんですよ」
「でもそれはなあ、あまりに常識やろ。太陽系の惑星。太陽(日)、月(太陰)、金星、火星、水星、木星、土星やないか。セーラームンでもやってることや」
「そうですよね。どこからスタートするかは別にして、月、火、水、木、金、土、日というのは小学生でも知っていると」
「幼稚園児でも知っとるかもね」
「どうしてこの順なんですか?」
「あへ?」
「うーん。地球に近い順……ちわう。月と日は別格としても、水星が金星より近いはずはあらへん。ここがひっくりかえっとったらよかったのに」
「勝手に入れ替えないでください。でも地球に近い順というのはいい線行ってるんですよ」
「ほお? それはどういうこと?」
「時代は天動説だと思ってください。宇宙の中で自分は固定してるわけです。すると見た目、一番早く動く天体が一番近い訳です。で、七つの星の中で一番速いのは?」
「え? 月? 太陽? あ、あかん。そんな難しいこと言わんといてー」
「地球の自転を止めれば、太陽の周りを365日かかって回ります。天動説なら、太陽は365日かかって元の位置に戻ってくるわけで、一日約一度動くわけですよ。
月は地球の周りを約27日あまりで一周します。だから一ヶ月は30日弱なわけですけど。で360度を28日で割ると一日約15度。これに地球の自転が加わりますけど、それは月も太陽も同じですから、月の方が速く動きますね」
「で、スピード競争の結果は?」
「内惑星は太陽より速く動くように見えますから、月、水星、金星、太陽、火星、木星、土星です」
「やっぱり曜日とは全然別物やねえ」
「それがまた不思議な話で、プラネタリーアワーというのがあるんですよ」
「星占いとかででてくる、”あなたを支配する星座”とかでいうところのプラネタリーアワーなん?」
「そうらしいですよ。僕はあまり星占いとか女性雑誌には詳しくないんですけどね。
で、本来この七つの星から来る曜日、えっと七曜っていうんですけど、これは1日じゃなくて、1時間毎に地上を守護するって考えだったらしいんです。その順序は、地球から最も遠い土星に始まり、内側へと進みます。で1日、つまり24時間たつと、当然、3つ前にずれてきますよね。だから土星、太陽、月、火星、水星、木星、金星、土星となります」
「あ、土、日、月、火、水、木、金、土になったわあ」
「で、この先頭がその日一日の守護の星となって、その日は守護星の名で呼ばれるようになったと」
「ふうん、これが曜日の順番の始まりかいな」
2.承
「今までの話が七つの曜日の話、七曜なんですが六曜というのもあるんですよ」
「えー、なんやねん。それ。北陽なら知っとるやけど」
「ああ、それはお笑い界での先輩ですからねえ。んじゃなくて。六曜という名前ではイマイチでも、大安とか仏滅とかは聞いたことあるでしょ?」
「え、それなんか。もちろん知ってるがな。結婚式は大安がいいとか、葬式は友を引くから友引は避けるとか常識やね。大安、仏滅、先勝、友引、先負、赤口があって全部で六つ。だから六曜やね。昔っからある日本の暦やねえ」
「それがですねえ。実は六曜は昔からではないと……」
「えー、あんた、なに言うてんねん。仏滅だの用語がもう古いやないの」
「まず、六曜ですが、元々は中国で出来たと言われています。いつの時代かは不明で、一説では三国時代の諸葛亮孔明が発案し、六曜を用いて軍略を立てていたとの話があるんですがあくまで俗説で証拠がありません。他にも唐の時代の作であるという話もありますが、これも真偽不詳なんです」
「そやけど、それにしても古いことは古いやないか。それが日本に伝わってきたんはいつ頃やねん」
「中国から日本に伝わったのは、14世紀の鎌倉時代末期から室町時代にかけて、とされています。その名称とか解釈や順序も少しずつオリジナルとは変わってきていて、現在では赤口以外は全て名称が変わってて、19世紀初頭の文化年間に現在の形になったそうです」
「へえ、名称が違うんかあ」
「これもいろんな説があるそうですが、一説では即吉→共引→周吉→虚亡→泰安→赤口の順で繰り返されていた、と言われています。ちなみに即吉が先勝。早い者勝ちって感じが同じですね。共引が友引なのはすぐ分かりますよね。小吉、周吉と少し吉日だったのが、字面に引っ張られて凶の感じになってきたのが先負。”空亡”、”虚亡”と言っていたのが、全て空しいと解釈して”物滅”と呼ぶようになり、これが近年になって”佛(仏)”の字を当てはめて仏滅。泰安は読みの”たいあん”が大安につながったと」
「仏滅ってお釈迦様が亡くなったって日やないの?」
「旧暦の2月15日が仏滅なのは六並びでの偶然です」
「さよか。ま、それにしても六曜は江戸時代なんやろ。古いやん」
「江戸の幕末頃から、民間の暦にひっそりと記載され始めたそうです。明治時代に入って、吉凶付きの暦注は迷信であるとして政府が禁止したそうなんですが、その時六曜だけは迷信の類ではないということで引き続き記載されたことから人気に拍車がかかることになって、第二次世界大戦後に爆発的流行をしたそうです。つまり、はやったのは戦後なんですよ」
「あ……。そんなに新しいんかあ。で、でも、七曜やて明治からやろ?」
「七曜のほうは古代バビロニアで生まれ、紀元前1世紀頃のギリシア・エジプトで完成したと考えられています。それから様々な経路で中国に伝わり、日本には入唐留学僧らが持ち帰った宿曜経等の密教教典によって、平安時代初頭に伝えられたそうです」
「はあっ? ……平安時代とな」
「使われ方は六曜同様に吉凶判断の道具だったらしいですけど。藤原道長の日記『御堂関白記』には毎日の曜日が記載されているそうです」
「……つまり、七曜は平安時代から使われているとな」
「その後江戸時代になると、借金の返済や質草の質流れ等の日付の計算はその月の日にちが何日あるかがわかればいいという理由で、七曜は煩わしくて不必要とされ、日常生活で使われることはなくなったそうです。今のように曜日を基準として日常生活が営まれるようになったのは、明治時代初頭にグレゴリオ暦が導入されてからということ」
「うわあ。あての常識とまるっきり反対やないの!」
「ま、常識なんてそんなものですよ」
「……って、なんかあんたに言われると腹立つわあ」
3.転
「腹立ちついでに愚痴言いたいんやけど」
「ぼ、僕に対する愚痴は勘弁してくださいよっ!」
「そんなつまらんネタはこっちから願い下げやねん。安心せいや。ちゃうちゃう。曜日の話やねん」
「それは安心しました。で、どういう愚痴ですか?」
「英語やねん。ええか、日曜日はなんやった?」
「日曜日はサンデー(Sunday)。♪びゅちふーさんでー」
「歌はええねん。サンは太陽のSunやなあ。月曜日はマンデー。MondayはMoonや。ここまではええ。火曜日はなんやった?」
「えっと、えっと、(小声で)♪さんでまんでちゅずでぇうぇんずでさぁずで……」
「歌はええっちゅうねん!」
「ちゅーずでぃです」
「何で火曜日はチューデーやねん? 火星って英語で何やねん!」
「マーズです。Mars」
「なんでマーズデーやないの! それだけやない。水曜日は? 木曜日は!」
「水星はマーキュリー(Mercury)。木星はジュピター(Jupiter)。金星ならビーナス(Venus)。ついでに土星はサターン(Saturn)です」
「さすがにすらすら出すやないの。土曜日のサタディはなんとなくサターンデーって感じはするけど、他は? マーキュリーデー、ジュピターデーか? 金曜日のフライデーはみんなしてフライ食べる日か? カレーならいざ知らずフライなんか聞いたことないで!」
「それは――北欧神話からなんです」
「北陽神話?」
「あ、そっちにつなげますか。さっきのはこの前振りだったんですね」
「わかってまう? へへ、それはそれとして、北欧神話?」
「ええ、北欧神話について話し始めるとそれはそれで本一冊できるぐらいになっちゃうんで簡単に。英語やドイツ語、オランダ語といったゲルマン系の民族の神話体系があって、曜日の一部はその神様の名前からきてるということなんです。
例えば、火曜日(Tuesday) は天空神テュールに由来してるんです。テュールは北欧神話における軍神でドイツ語ではテュール(Tyr) 、ツィーウ(Ziu) 、またはティウ(Tiu) というそうですが、このティウにチュートン語(=古代ゲルマン語)の”の”の意味のesがくっついてTuesdayになったと」
「ほお。そんな由来があったんかいな」
「水曜日 (Wednesday) は主神オーディン。オーディンはOdinなんですが、古い形ではWoden、Wodan(=ウォドン)なんです。やっぱりesがついて、少し変化が入ってウエデンスデイ。ウェンズデイ」
「こんなんなりましたーって感じやな。あのスペルからあの発音はないやろうって昔から思ってたんや」
「木曜日 (Thursday) は北欧の雷神トールに由来しています。この神様はめちゃくちゃでおもしろいんですけど、Thorはトールというよりソーの方が原音に近いかもしれません」
「で、esがついて、ソーズデー、サーズデー」
「はい。金曜日 (Friday) は北欧の愛の女神フレイヤ(フロイア)。Freja、Freyjaですけど、ドイツ語風にフライア、フライヤともいいます。綴りは英語やドイツ語ではFreyaとかFreiaなんかもあるそうです。面白いのは月の女神と言われてるんですよね。でも愛の女神という点ではウェヌス、ビーナス(Venus)と同じなんです」
「ああ、つまり金曜日はやっぱり金星なんやね」
「土曜日 (Saturday) はローマ神話に登場するサトゥルヌスを起源としていますけど、要は土星の守護神。サターンなわけです」
「金土日月は同じなわけで、火水木が北欧の神様なわけやね」
「また、面白いことにはゲルマンの本場、ドイツでは水曜日はオーディンの日ではなくなってるんです。水曜日をMittwochと呼んでいて、直訳すれば「中間週」という名前になっているんです。
同じゲルマン系のアイスランドでは日曜と月曜以外は北欧神話の神様の名前は変えられているそうです」
4.結
「イタリア語、スペイン語などでは、キリスト教やローマ神話に由来する呼び名が使用されています。
例えば、スペイン語ではdomingo(日曜日)は主、lunes(月曜日)は月、martes(火曜日)は軍神マルス、miercoles(水曜日)は商業の神メルクリウス、jueves(木曜日)は神々の王ユピテル、viernes(金曜日)は愛の女神ウェヌス、sabado(土曜日)はユダヤ教の安息日をそれぞれ起源としています。
ポルトガル語では、土曜日、日曜日以外は数詞を冠して、月曜日を第二曜日、……金曜日を第六曜日と呼んで神話に起源をもつ名称を排除しているそうです」
「曜日を数字で言うちゅうのは、なんだか趣がない感じやねえ」
「わかりやすいという利点はありますけどね。でも日本語でも数字に替えてるでしょ?」
「うん、それはなんやね?」
「月ですよ。一月、二月っていうのは元々は睦月、如月でしたでしょ」
「ああ、そうかあ。そうやったなあ。うーん、確かに如月はもう一枚重ねるから更衣なんていうのは風情のある言葉なんやけどなあ。弥生、皐月。いい名前なんやけどなあ」
「覚えやすく使いやすいんですけど、味わいがあるというのとはまたちょっと別物だということですかね」
「うん。今日は綺麗にまとめたちゅうこっちゃね」
「たまにはこういう終わり方もよろしいかと」
「お笑いとしてはイマイチやねんけどなあ」
「では、月の話だけにネタがツキたところでお終いということで」
「あんたの運も尽きんようにな」
お後がよろしいようで、と退場の二人。
ちゃんちゃんすちゃらかちゃん。
北欧神話の勉強をしていたら、曜日の由来がわかってきました。おかげで長年(中学の英語以来?)の疑問が氷解した気分です。あの英語の時間に由来まで……というのは、ちょっと無理な注文かな。でももう少し興味がわいたかもしれません。なんちてね。
もう少し、まとまったら別の作品を投入したいと思います。では。