こんにちは異聞
久しぶりの投稿で、なんか感覚が変。意外にボタンさんがマジになってしまいました。こういう日本語も正しいのでしょうか。今回はちょっとわが身の反省も入れつつ、では本編へどうぞ。
1.起
ちゃかちゃんちゃんすっちゃんちゃーん。拍子木の音と共に登場する二人。
「ドリでーす。お久しぶりです」
「ボタンですう。こんにちはー」
「は、はい?」
「こんにちはー」
「はあ、こんにちはです」
「ほんに久しぶりやなあ。ちゅうわけで、今日のお題は”こんにちは”や」
「ああ、いきなりのネタ振りだったんですか。驚かさないでくださいよ。でも本当に久しぶりです」
「いやー、なかなか書かんかったからなあ。作者が」
「いろいろ理由はこじつけてましたけど、実はサボ――うげ、ごほほ」
「なんや、どないしたん」
「い、いや、なぜか急に喉を締め付けられまして、やっぱ秘密を漏らそうとしたのが拙かったんでしょうか」
「うんうん。時に権力は非情となるもんやからなあ」
「そこまで話を大きくしないでくださいよ」
「気をつけなあかんちゅうこっちゃ」
「できるだけ叩かれても埃のでない身体にしておきます。で、今日のお題が”こんちには”ですか」
「そや、知っとるん? ”こんにちは”」
「あ、当たり前でしょう。バカにしないでください。小学生だって知ってますよ」
「ふうん。なら”こんにちわ”って書いてないか」
2.承
「え、お、う、い、あ?」
「何言うてんの。あいうえおをひっくり返してんのか」
「えーっと、おおっ、うーん、いやあ、あれえ? の省略です」
「そんなもん、省略すな。ややこしいわ。で、なんで”こんにちは”の”は”は Ha のくせに Wa なんや」
「え、えーっと、聞いたことがありますよ。確か、挨拶なんですよ」
「お、さすが博学やねえ」
「”僕は元気です”を発音すると、”は”は Wa ですよね。あれと同じじゃないかと」
「そやねん。もともと、”こんにちは”は”今日はご機嫌いかがですか?”の”今日は”からなんや。で後の方を省略して、”こんにちは”なんやなあ」
「”きょうは”じゃなくて、”こんにちは”なんですねえ」
「異説もあってな、”わ”は”和”につながるんで、”こんにち和”ちゅうとっから”こんにちわ”という人もおるんやと」
「じゃあ、そのうち”こんにちわ”が正式になる日も来るのですかねえ」
「歴史的経過と使いやすさ、言葉は変化するもんやからなあ。誤用もみんなが使えば正当や」
「他にはないんですか。”こんにちは”が昼間の挨拶なら、”こんばんは”は夜間の挨拶ですよね。時間が違うだけで、同じなんでしょうね。”今晩はご機嫌いかがでしょうか”みたいですよね。”さよなら”とかはどうですか」
「”さようなら”やな。それは、”左様ならば」の「ば」が消えた形やそうや。”左様なら”ちゅうんは
”そういうことで”みたいな感覚やな」
「ふんふん」
「”おはよう”はそのまんまやな。”お早くございます”の略やろ。一部業界では夜でも”お早うございます”なんやけど、それは一番最初に顔を見たら”おはよう”のルールなんやと」
「挨拶はいいですよねえ。もう、知らない顔でもどんどん挨拶」
「でもなあ、微妙なルール、あるんやで」
「え、なんですか、それ」
3.転
「まあ、例を出そうや。ええか、わてとあんたが恋人やったとする」
「えー、そうなんですかあ」
「……今の発言の責任は、後ほど裏で取らせるさかい、覚えときいな。で、わてがあんたに”こんにちは”と言ったとする。どう思うねん」
「――ごめんなさい! もうしません。許してください」
「どっちの発言に対する答えやねん!」
「あ、どっちもです」
「あかんわ。例がよーなかったわ。次の例。ここに母親と子供の写真がある。笑顔の二人や」
「はいはい。如何にもの親子ですねえ」
「で、次のカット。子供が母親に小さく言う。”こんにちは”」
「――うう、なんちゅう悲しいことを」
「ひねくれんと素直に解釈してみい。どうやねん」
「えっと、えっとですねえ。ひっく。悲しいです。なんでですかねえ。なんか悲しいんですよ。ちょっと待ってくださいよね。考えますから。ひっく」
「泣くんか話すんかどっちかにせいや」
「はい、もの悲しくてしょうがないんですよ。その”こんにちは”は。ただの挨拶なのに……ああ、そうか。”こんにちは”は身内には使わないんです。母親が子供に使う言葉ではないんですよ。”お帰りなさい”とかは使えるのに、”こんにちは”、”さようなら”は身内に使っちゃダメなんです。なんでだろ」
「そやな。その言葉は普通使わんわなあ。だから印象に残るやけど」
「”おはよう”なんかは身内でも外でも平気で使えますよね。”こんにちは”はちょっと改まった印象があるんです。だから親しい間柄、しょっちゅう会っているような関係では使えない。
前の例だと、言われた途端に冷たい関係になってしまうとか、別れ話切り出されるみたいに、相手が怒っている印象となりますよね。
後の例だと、ああ、親子関係が壊れた、つまり離婚したとか、そういう感じなんです。だから可哀想だと思ったんですね。久しぶりにあった親子とか。会うのに制限があるような関係になっているとか、いろいろ考えされられますよね」
「実際には前後の映像があって、あの”こんにちは”やからもっと印象が深まるんやけど、それでもこの言葉の威力、わかるやろ」
「ええ、たった五文字の言葉でこんなに情景や感情、過去や未来を予見することができるなんて思いませんでしたよ」
「歴史やなあ。日本語の千年以上の歴史の積み重ねで、言葉に深い含蓄が蓄積されているちゅうこっちゃ。言葉の重みを感じて使わなあかんのや」
「言葉の魔術師になるには、もっと修行しなければいけないということですね」
4.結
「へ、あんた、言葉の魔術師目指しとんの?」
「あ、まあ魔術師は言い過ぎですが、言霊使いぐらいには……」
「それとてもの凄いことやないかい。でどう修行しとんの?」
「い、いやあ……駄文を書き連ねるとか、あとは神様にお祈りするとか……」
「あのなあ、古今東西の名文を寝る間も惜しんで読破するとか、せんのかいな!」
「あ、あの、最近、目の調子が……細かい字が読みにくくて」
「そんなことでは魔術師やろうが言霊使いやろうがなれるはずないわ! そもそもそんな甘い考えで大層なこと考えるっちゅうのが間違っとるんやないか。あー、なんかムシャクシャするでえ」
「へ、ぼ、ボタンさん、何をお怒りで。山の神様、どうか、お怒りをお鎮め下さいませ」
「ええか、さっきまでの”わ”でもそうや。誤用も広まれば、正式になるっちゅうたけど、やっぱそれはおかしい。誤用でこの微妙な感覚、違和感がわかるんか。たった五文字で伝わるのはその後ろに長い歴史や伝統や文化が共有されているからや。それが誤用でも同じように伝わるんか。間違って伝わるんやないか」
「え、それは今は電波とかインターネットとかメールなんかで全国、いえ、地球中に一瞬で広まるような環境になったからだと。誰かが誤用してもそれが面白いとなったら、たちまち広がってしまう」
「それはわかるけど、やっぱり使う人間は使う都度、一瞬でもいいから考えるべきや。毎度毎度辞書を引けとはいわんけど、それぐらい考えてもいいんやないか。そうやなかったら失われてしまうモノを考えるべきやないか」
「そうですねえ。言霊使いを目指すモノとして、考えさせられます」
「ん? そういやあ、さっきの発言の責任取らすんのもあった。裏いこか。根性入れ直したる」
「え、は、はい? ボタンさん、そういうキャラだったんですかあ?」
「ごちゃごちゃうるさいわ! はよ、いかんかい!」
ボタンがドリの襟首を掴んで退場。舞台裏からはドリの悲鳴が響く。
うーん、どうやらこれで舞台は終わりのようです。これはおあとがよろしくないかも。
では。ちゃんちゃんすちゃらかちゃん。
はあ、これからは辞書片手に書くようにします。反省。
ちょっと説教くさくなりましたかね。
では、次のお話でお逢いしましょう。