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本朝異聞戯作  作者: どり
4/10

おでん異聞

 さあ、今日も始まる漫才のお時間。ドリとボタンのお二人です。お題は『おでん異聞』。「高宮 かしお」さまから頂いたリクエストにお答えしてとのこと。具材がおでんだけにどう料理してくれるのでしょうか。さあ、登場です。皆さん、拍手でお迎え下さい。では――

1.起


 ちゃかちゃんちゃんすっちゃんちゃーん。拍子木の音と共に登場する二人。

「ドリでーす」

「ボタ、ンぅ、う、ぐ、もぐもぐ」

「なにを言っているのか、わからないですよ。あ、なに、口の中に入れているんですか」

「うー、やっと喉を落ちていった。おでんやがな」

「もう、仕事の前にはあまり物を食べないでくださいよ。差し障りがでますから」

「ええやんか。おでんはご飯やない。おやつや」

「まあ、確かに歴史的にはご飯の付属品ですけどね」

「お、もしかして、おでんにも詳しいんか。なら、一本やってよ」

「わかりました。では、どういうおでんが好きなんですか?」

「どういうって、一つしかないやん。昆布ダシでとった薄口しょうゆ味やわあ」

「さすがに関西人ですね。昆布ダシというのは」

「確かに関東の味付けは下品やねえ。濃い口のしょうゆは見た目も真っ黒やし。でも、なんで違うねん?」

「水の違いがあるんですよ。関西は軟水なので、昆布からダシがよく出たのに対して、関東は硬水なのであまりダシが出ないという。うどんがはっきりと違いますよね」

「へえ、水の違いがあの色の違いなん?」

「色の違いはしょうゆの違いですけど。関東では昆布の替わりにかつおでダシを取るようになったんですが、硬水ではまだ味が足らないので、その分をしょうゆで補うために濃口になったといいます」

「なるほどねえ」

「それから、なぜ昆布かというと、江戸時代の北前船。天下の台所、大阪と蝦夷、北海道を結んで物資を運んでいたんですが、それが北海道から昆布を大阪に持ち込んでいたという話です」

「へえー、江戸時代から北海道の昆布ダシやったんかあ」

「まあ、所違えば味も食べ方も違って当然なんですけど」

「でも、どっちでもおでんはおでんやろ。そやけど、なんで”おでん”やねん?」


2.承

「お、おでんの由来ですね。はい、ちゃんと調べてあります」

「明瞭完結、しんぷるいずべすとで頼むわ」

「いつでもそうですよ」

 ドリの一言で飛びかかろうとするボタンを慌てて制する。

田楽でんがく料理って知ってます?」

「田楽料理かあ。なすびとか里芋、こんにゃくなんかを味噌つけて焼いてあるやっちゃ。それもおいしいわなあ」

「その田楽料理がおでんの先祖だって言ったら?」

「へ? あ、田楽の”でん”がおでんの”でん”?」

「そう、現在の田楽料理ってのは焼き田楽ですよね。昔、焼かないで煮て調理した煮込み田楽のことを宮中の女房がお上品に”お”をつけて読んだのが、お・でん」

「はあ、女房言葉でっか」

「女房言葉は意外に現代に残っているんですよ。一つのパターンがおでん同様、頭に”お”をつけるもの。例えば、おかず、おから、おじや、おむすび、おひや。なんとおなかやおならまであります」

「うひゃあ、それそのまんま使ってるやんか」

「でしょう。もう一つのパターンが後ろに”もじ”をつけます。いちばん有名なのがしゃもじ。杓子のしゃくにもじをつけた言葉ですね」

「ほお。で、おでんもその女房言葉やねんなあ」

「そう、江戸時代に登場した煮込み田楽を、上方では具を昆布だしの中で温め、甘味噌をつけて食べるようになりました。江戸じゃあ、近郊の銚子や野田で醤油の醸造が盛んになっていて、かつおだしに醤油や砂糖、みりんを入れた甘辛い汁で煮込むようになったんです」

「それで関東煮?」

「それほど単純じゃないです。中国の広東風が語源という説もありますし。なにせ、関東大震災の時に従来の味のお店が壊滅して、関西風のおでんが入ってきたそうで、関西風の関東煮があるとか」

「ややこしいなあ。そやけど、女房言葉って古いかと思ったら、江戸時代なん?」

「そうなんですよ。江戸っ子は気が短いので注文した際、焼くのは勿論味噌をつけるのも待っていられない、また『ミソを付ける』というのはゲンが悪いっていうんで、さっさと食べられる屋台のおでんがとても流行したんだそうです」

「まあ、せっかちやねんなあ。それでは味わってるヒマがないやろ」

「煮込みが出る前は熱い石に当てて水分を飛ばして、熱々の所に味噌をつけて食べていたそうです」

「石焼きみたいなもんやね。それはそれでおいしそうやなあ」

「屋台で食べるときは、お酒が伴うようになって『おでん かんざけ』として看板を出していたらしいですよ」

「お燗かあ。ええねえ、ぐいっとやりたくなってきたわあ」

「仕事しましょうよ。仕事」

「ほやな。おでんの由来は田楽やっちゅうのはわかったわ。ほなら、田楽はなんで田楽やねん?」

「おおお、よくぞ聞いてくれました! ドリ、感激です!」

「気持ちわるいわあ」


3.転


「田楽は豆腐に味噌をつけて焼いて食べたのが始まりなんです。今ではナス、こんにゃくや里芋なんかも使いますけど、そもそもは豆腐」

「ああ、今でもあるねえ。白い豆腐に柚子味噌つけて、弱火でジリジリ焼きながら食べる。ああ、思い出しただけでもたまらんわあ」

「その豆腐に串を刺した姿が、田楽法師に似ていると言うことで、田楽と名付けられたと」

「なに、その田楽法師って?」

「そもそも、田楽というのは伝統芸能なんですよ。のうはわかります?」

「バカにせんといて。舞台の上で踊るアレなんやけど、説明せいと言われると困るねん」

「能を話し出せば、それだけで十分一本書けることになるんですけど、その能に影響を与えたと言われているのが、田楽」

「へえ、田楽っていったいなんやねん」

「平安時代中期の伝統芸能で、楽と躍りなどからできてます。田植えの前に豊作を祈願した田遊び、音楽と踊りが発達したという説があります。平安時代に書かれた『栄花物語』には田植えの風景として歌い躍る『田楽』が描かれており、永長元年(1096年)には『永長の大田楽』と呼ばれるほど京都の人々が田楽に熱狂し、貴族たちがその様子を天皇にみせたといいいます」

「へえー、おもいっきりメジャーやないか」

「それが平安後期になると、寺社の保護のもとに座を形成し、田楽を専門に躍る田楽法師という職業的芸人が生まれます」

「なんや、つまり田楽法師っちゅうのは要するに歌って踊れるお笑い芸人。わしらと一緒や」

「いえ、歌って踊るのはぼくたち、やってませんけど」

「細かいことはええねん。で、その田楽法師と豆腐の関係は?」

「田楽法師が高足たかあしと呼ばれるものに乗って飛びはねる姿と、豆腐に一本串を刺して立てた形が似ていることからといわれています」

「高足?」

「”こうそく”とも言いますけど足場の付いた一本の棒のことです。要するに竹馬の一本物。今はポゴスティックという玩具がありますよね。ポッピングです。飛び乗って高く、長くのっていると観客に受けたという。今でも国内で何カ所か、お祭りで奉納しているところがあります」

「へえー、そんな昔の芸が今でも通用するんかいな」

「危険なことはしなくなったりとか、単純になったりとかはしているようですけど、形は残っていると」

「いや、やっぱり日本はすごいわあ」

「僕は串刺しの豆腐の姿を見て、”でんがく”って名付けた人がすごいと思いますけど」


4.結

「で、こっからどういうお話しにすんねん」

「そうですねえ。おでんを食べて、異界転移というのも安易ですか」

「そりゃそうや。あまりにあっさりな味やねん」

「とある神社の古びた高足。見つけた少女が老人に「これはなに?」って聞く。田楽からおでんの話という……」

「あかんねん、それは違うねん!」

「はあ」

「わてが話作るんならなあ――」

「え、ボタンさんが妄想するんですかぁ?」

「そや、わてが話作るんなら、とある広場、少女が高足を睨んでんのや。田楽に似てるんなら、白い着物や。そして少女は酒をぐいっとひっかける。当然日本酒。升酒やあ」

「少女は白拍子ですね。未成年の飲酒は――」

「昔の話や! それで勢いつけたらえいっと高足に飛び乗るんや。そして高く、いっぱい飛ぶ」

「おお、拍手喝采ですね」

「ところが全然あらへんのや。まばらな観客も興味なさそうやねん」

「それはなんでですか!?」

「もう廃り始めた頃や。能の方が人気が出て、田楽の人気はあらへん。でも少女は先祖代々受け継がれてきた芸を見て欲しいんや。小さな頃から鍛えてきた芸や。だから飛び跳ねてるんや」

「ああ、人気が無くなったら、引退しなきゃいけないのは僕らも一緒ですねえ」

「そうや、少女もわかってんねん。これが最後やということが。そやけど、いや、そやからこそ頭空っぽにして思いっきり飛び跳ねてるんや。悩んだらあかん。先のことはみえへんけど、とりあえず今はこれを思いっきり飛ぶんやってな」

「悲しいっすねえ」

「田楽の仲間達も離ればなれや。危険な技で怪我したりして助け合ってた仲間やけどな」

「ああ、それは辛いです」

「飛び跳ねている少女の耳に楽が聞こえてくるんや。なんやと思ってあたりを見回す。すると周りで仲間達が楽を鳴らしたり踊ったりしてるんや。みんなもこれが最後やと知っとんのや。笑いながら踊り、泣きながら踊る」

「ああ、ダメです。もう、もう、もう、涙が止まりません――!」

「お前が泣いて、どないするんや――!」


 お後がよろしいようで、と退場の二人。

 ちゃんちゃんすちゃらかちゃん。


 まあ、たかが「おでん」なのに、女房言葉から田植え遊びまで幅広くなりました。たかがおでん、されどおでん。ぱくっとやる一口に、これだけの物が隠れていようとは、お釈迦様でも知るまいて、なんちて。(大日如来は何でもご存じです)


 なお、「高足」については、WIKIすると出てきますが、以下のお祭りで使われているようです。

 茨城・西金砂田楽(金砂神社磯出大祭礼)

 静岡・西浦田楽(西浦の田楽)

 兵庫・上鴨川田楽(上鴨川住吉神社神事舞)

 このリンク先では写真もありますので、興味がある人はどうぞ。

P.S

 ちなみに、本文中で、「ややこやしい」と書きかけたんですが、通じますか?(笑)

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