桜異聞
さあ、今日も始まる漫才のお時間。ドリとボタンのお二人です。お題は『桜異聞』。もうそんな季節なんですねえ。そんな季節にふさわしいお話になりますでしょうか。さあ、登場です。皆さん、拍手でお迎え下さい。では――
1.起
ちゃかちゃんちゃんすっちゃんちゃーん。拍子木の音と共に登場する二人。
「ドリでーす」
「ボタンですぅ」
「こんばんは、タニムラシンジです。ぶ!」
ボタンのケリが入った。
「しょうもないネタや! 古い! うけへんぞ、絶対にうけへん!」
ボタンの発言とは裏腹に、客席では笑い。
「タニムラシンジで受けるんやったら、オオタケマコトっちゅうのはどうです?」
「あかん。マイナーや。ラジオぐらいしか出てへんねん」
「じゃあ……」
「ええかげんにせいや! お客さんが帰りだす前に、本日のネタいきや!」
「はい。では本日のネター、季節がら、”桜”でどうでしょうか」
「桜かあ。弥生三月、春爛漫。いい季節やなあ」
「日本人はみんな桜が大好きなんだそうです。なぜなんでしょうね」
「そりゃあんた、まず卒業式に入学式。人生の節目にサクラが祝ってくれてるかのように咲いてくれるわけや。これは嬉しいねん。
それからぱっと咲いてぱっと散る。その潔のよさ。それが花そのものの美しさと相まってやねん。絶品やわ。軍歌の『同期の桜』にもあるやろ。見事に散るねん」
「やっぱり、ボタンさん、つい年が出ますね。軍歌ですかあ」
「うっさいわあー!」
ボタンの必殺チョップが飛ぶ。
「堪忍してください。で、なんで『サクラ』っていうのか知ってます?」
「はあ? サクラの由来? えー、そんなん、考えたこともないなあ。サクラはサクラやねんなあ」
2.承
「いくつかの説があるんですけど。一つは『コノハナサクヤヒメ』という神様の名前の一部、サクヤからサクラとなったという話」
「神様かあ。なんか美しそうな神様やなあ。わてにそっくりやあ」
「そうですね。祭られているのが富士山。富士山本宮浅間大社の祭神様です。他に各地の浅間神社。浅間山とか八ヶ岳の祭神はコノハナサクヤヒメのお姉さん、岩長姫(磐長姫)だそうですけど。桜島のサクラもコノハナサクヤヒメからきたとか……」
「みんな、火山ばっかしやないか!」
「噴火するところがすぐ怒るボタンさんにそっくりかと……」
「じゃかましいわあ!」
ボタンキック。
「他の説はどうなんかい!」
「えっと『咲く』に複数形の『ら』、”ぼくら”の”ら”です。『ら』をつけて、花がいっぱい咲く様子から”さく+ら”でサクラ。他にサというのは田の神様で、クラは神様のいる場所。つまり、稲を植える季節になると、山から下りてきた神様が花を咲かせてその目印にしたという説もあります」
「そうかあ。稲作にサクラ。日本人には欠かせないものやなあ」
「欠かせないと言えば、いろんな所にサクラが使われてるの、知ってます? 例えば、百円玉の表」
ドリがポケットから出した百円硬貨をボタンが取り上げる。
「表ってどっちが表やねん?」
「”100”って書いてある方が裏ですよ」
「つまり反対側やね。あ、これ、サクラかあ」
「他にもね、警察官や自衛隊の階級章、あれ、サクラだそうです」
「ふうん、外国の軍隊やと☆やなあ」
「日本の国の花、法律上の決めはないそうですが、サクラとキクが慣習上決まっているそうです」
「キクは皇室の印やしなあ。それで国花というのはわかるけど、それに比べたらサクラは特に理由が思いつかんから、やっぱみんなが好きなんやろうなあ」
「ちなみにサクラが百円玉ならキクは五十円玉に使われてます」
「いったいいつ頃からあるんやろ」
「何がです?」
「ほら、学校なんかによおサクラの古木ちゅうのがあんやろ。いったい古いサクラっていつ頃からあるんやろ」
「日本三大サクラというのがあって、山梨県にある神代桜というのは樹齢2000年とも言われてます。日本武尊がその桜を植えたという伝説があるとか」
「うひゃああ、キリストさんが生きとったら同じぐらいの歳っちゅうことかいな」
「なんちゅう例えですか。まあ、そのとおりですけど。他にも薄墨桜とか三春滝桜なんかは樹齢1000年以上ですからねえ」
「ふうん、みんな長生きやねんなあ」
「もともと桜は丈夫で長生きなんですけど。害虫とか病気にさえかからなかったら長生きなんですよね」
「……ちゃうやろ」
「は? 何がですか」
「今までの話、あんたの得意な妄想が入ってきてへんねん。もうそろそろ我慢ができんようなってきたんちゃう?」
「わかります? わかりますかあ。うふふふふ」
3.転
「よっしゃ、許したる。妄想タイム、いっとけ」
「はい。では、桜の名所ってどんなところでしょうね」
「名所? 名所かあ。東京なら皇居の千鳥が淵なんか有名やねえ」
「あそこって、戦没者墓苑があって遺骨が安置されているんですよね」
「上野の公園なんかどうや」
「戊辰戦争で彰義隊が全滅した所ですよね」
「そ、そっか。他に長野は高遠の桜!」
「織田信長が武田を攻めたときに高遠城は5万の大軍に対して守備隊3千。城主仁科盛信以下壮絶な討ち死にをしたところです」
「……何が言いたいん?」
「西行法師の句があるんです。”ねがはくは 花のしたにて 春しなん そのきさらぎの もちつきのころ”というんですけど。”花”というのは桜のこと。”もちつき”は望月で満月の下でってことなんです。で実際に陰暦の2月16日にお亡くなりなんだそうですけど」
「春の満月、桜の下で死にたいという?」
「……サクラってどっかで死のイメージ、ありません? 最初の軍歌じゃないですけど、ぱっと散るという――」
「いや、それは、どうやろ。確かに特攻兵器には桜花ちゅうのもあったけど」
「サクラの花がなぜあんなにピンク色なのか。それは地中の死者の血を吸い上げているから。サクラの花が白いのは死者の怨みを吸い上げているからという話もあって、血をたくさん流した場所、つまり古戦場とかそう言う場所には桜を植えるし、そういう場所のサクラほどきれいに咲くという」
「うわあ、なんや、気持ち悪い」
「でしょう。地中ではサクラの根が死者を弔うように包んでいるとか――」
「もう勘弁してや。花見で一杯できんようになるやん!」
「そうそう、その花見。あんなふうに花の下で宴会をやるのは日本人ぐらいだっていうんですけど」
「まあ、あんまり聞かんわなあ」
「あれは死者への弔いの宴を無意識にやっているだそうです。ほら、葬式の後の宴、いまでこそあまりやりませんが、昔は精進落としとして宴を張ったという話も」
「思い出した。葬式やないけど、通夜振る舞いちゅうのには面食らったわあ。東京の方の親戚の通夜に行ったんやけど、通夜の後で食事と酒が出てきたんや。いっぱい飲み食いするのが供養なんやと。わてとこの地元ではそんなんあらへん。もう驚いたわあ」
「もともとはそうやって宴をするのが供養やったんです。だんだんその風習が廃れてきているだけで」
「そうかあ。つまり、サクラの花見もその下で眠っている死者への供養を意識下でしてる宴かいな」
「そう思ってみていると、サクラもなんだか綺麗だけじゃなくなってきませんか?」
4.結
「もうええわ! はよ、オチつけいな。お客さんもブルっとるで」いや、笑ってますけど。
「これを小説にすれば、魔界が見えてしまう主人公。単に悪霊が見えるだけじゃなくて、サクラの根の下の死者とか、生者と一緒になって花見で宴会している霊魂が見えてしまうという」
「邪眼ってやつやねえ。そんな目はいらんわ」
「本人も欲しくて持った訳じゃないんですけど、見えてしまうモノはしょうがない。ただ、そこにははらりと舞うサクラの花びらがこの世のモノとも思えぬ風情を出しているというのは」
「うーん、情景が目に浮かぶようやわ。それはロマンやねえ」
「橋占ではありませんがやっぱり生と死の境にあるというのは、異界を感じさせるんですよね」
「今日の話はロマンチックやったけど、ちょっと怖いわ。終わったら飲も。一杯やらなうすら寒いわ」
「うふふ、その酒の席、見えない死者が隣で飲んでるかもしれませんよ」
「止めいや! おいしい酒がおいしくなくなるやないか。わては恐がりやねんよ」
「そんなこと言って飲むお酒、骨酒やないですか。それは怖くないんですか」
「おいしい酒にケチつけんといてー」
「お後がよろしいようでー」
退場する二人。と、ドリが大変なことに気がついた。
「ああ、僕の百円、返してくださいよお」
ちゃんちゃんすちゃらかちゃん。
小説にできない鬱憤をこのお笑いで晴らしているような気もしますが、
それでもおもしろいのでシリーズ化するかも。
まあ、笑ってくださればそれで幸いです。