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本朝異聞戯作  作者: どり
1/10

火縄銃渡来異聞

 さあ、今日も始まる漫才のお時間。ドリとボタンのお二人です。お題は『火縄銃渡来異聞』。なんかタイトルだけ聞くと、難しそうなんですが、そこは期待の若手。どう料理してくれるのでしょうか。さあ、登場です。皆さん、拍手でお迎え下さい。では――


1.起

 ちゃかちゃんちゃんすっちゃんちゃーん。拍子木の音と共に登場する二人。

「ドリでーす」

「ボタンですぅ」

「南春男でごっ! ぶ」

 さっそく、ボタンのケリが入った。

「他人のネタを取るじゃない! しかも、古い! お客さん、ひいとるやないか!」

「す、すんません。お客さんの顔見たら、つい古きに思いが……」

「そないなこと、言うな! ますます人気がなくなるやないか!」

 ボタンの突っ込みに、お客さんの笑い。(よし、掴みはオーケー)

「じゃあんた、そろそろ今日のネタにいきいな」

「へえ、じゃあ三題噺で――」

「待ちいや! あんた、三題噺ってわかってん?」

「へえ、三つの話題で話を作る――」

「ちゃう、ちゃう。ええか、三題噺ってのは、まずお客さんからお題をもらうんや。しかもそのお題は『人の名前』、『品物』、『場所』と決まっとる。そしてサゲにはどれかを使うんや。あんたにそんな難しいことができんの?」

「――できません」

「ほなら、言うな!」

 再び、ボタンのケリが炸裂。

「じゃ、じゃあ、三題噺もどきではどうでしょう」

「もどき?」

「そうです。こっちで用意してますんで、それで話させてもらうっちゅうことで。それなら難しくないです」

「ふうん、まあ、やってみいね。他にネタもなさそうやし。で、どういうネタ?」

「はい。『若狭』、『鉄砲』、『種子島』です」

「――やっぱ、わかってえへんやないか! 『場所』が二つもあるし、『人の名前』があらへん! あての話、聞いとったんかいなあ!」

 ボタンのキック連弾が炸裂した。ついでにチョップまでもドリの頭に入る。

「ええかげんにして! ネタ忘れそうです!」

 はあはあ、荒い息のボタン。

「ごめん。つい、調子に乗った」

「もう、若狭は場所ではなくて、人の名前です」

「あ、そうか。――そうならそうと言ってや」

 言う前に突っ込みに来たくせに……ぶつぶつ呟くドリ。

「まあ、機嫌直してや。で、どういうふうに進めんの? それで」

「種子島って聞いて、何を連想します?」


2.承

「青い海、広い空。ビキニの姉ちゃん――」

「そっちですか! そっちの趣味なんですか!」

「嬉しいやろ思うて、言ってあげたんや!」

「好きですけど、今はいいです。普通、種子島って鉄砲伝来って出てきません?」

「そやな。後、宇宙ロケットや!」

「そうです! あのはやぶさが飛び出したのが、――ここじゃなくて、鹿児島本土の内之浦の方で。でも、最近は種子島で発射するそうなんです――」

「って、違うやろが! 鉄砲やろ! 種子島に鉄砲が伝来したってこと、学校で聞いたことあるわ」

「それそれ、どういうふうに記憶してます?」

「うーんと、南蛮船が漂着するんだったっけ。そして殿様に鉄砲が伝えられて、日本国内で生産されるようになった、だったっけ?」

 ボタンが遠くを見るような目で話す。

「そう、その話を調べてみたんですよ。『鉄砲記』という、江戸時代に書かれた書物がその話の基礎になっているんです」


 ――その話、種子島への鉄砲伝来は天文12年8月25日 (1543年9月23日)の出来事で、大隅国(鹿児島県)種子島西之浦湾に漂着した中国船に乗っていた「五峰」と名乗る明の儒生が西村織部と筆談で通訳を行う。同乗していたポルトガル人(「牟良叔舎」(フランシスコ)、「喜利志多佗孟太」(キリシタダモッタ))の2人が鉄砲を所持しており、鉄砲の実演を行い種子島島主である種子島恵時・時尭親子がそのうち2挺を購入して研究を重ね、刀鍛冶の八板金兵衛に命じて複製を研究させる。形状についてはうまく複製できたものの、発射の衝撃に耐えるには強度が足りなかった――


「ふんふん。今でも技術立国日本。昔もやっぱり技術開発に苦労してるわけや」

「そこに、八板金兵衛の娘、若狭がからむんです」

「ほう、娘さんが新しい技術を思いついたとでも?」

「いえいえ、娘と引き替えに秘密を手に入れるんです」

「なんやねん、それ」

「はっきり言えば、ネジなんです」

「ネジってあのネジか。頭にプラスとかマイナスとかあって、廻しながら食い込んでくあれか?」

「そう、そのネジです。ちなみに語源は”ねじる”からきてるそうです」


 ――日本に伝えられた火縄銃は、引き金を引くと、バネの反発力で瞬時に火皿の火薬に火縄を叩きつけて撃発する。火薬の爆発力が弾丸に伝わるため、火縄銃の後ろはその爆発力を受け止めなければならない。受け止めに失敗すれば、暴発となり、周囲に被害を発生させる。

 「筒底をネジでふさぐ」という方法が必要なのだが、当時の日本には”ネジ”がなかった。あったのはくさび、もしくは溶接であり、不十分な溶接による火縄銃は暴発の危険が憑き纏っていた――


「ネジを知らんかっとですか」

「そおーなんですよ。カワサキさん。で、ポルトガル人に聞いてみたところ、娘と引き替えなら教えると」

「なんてこと!」

「金兵衛にしてみれば、火縄銃の完成は殿様の絶対命令。何が何でもやらなきゃならんかったでしょう。自分でも新技術の火縄銃を完成させたいという気持ちは持っていたでしょうね。かといって、南蛮人に娘を嫁に行かせるというのは、まあ、今では国際結婚ということになりますが、当時では考えられなかったのではないかと」

「娘にしてみりゃ、父親の気持ちも分かる、でもそんな結婚はと板挟みっちゅうこっちゃなあ」

「で、最終的に金兵衛はネジの秘密を手に入れ、火縄銃を完成させ、殿に献上した。若狭はポルトガル人の妻になり、船で海を渡ったと」

「うう、可哀想な若狭ちゃん」

「資料によれば、当時16歳ぐらいかと。日本の父母のことを謳った歌が残っているんです。」

  『月も日も 日本やまとの方ぞ なつかしや わが双親のあると思えば』


「そんでどないなったん。幸せに異国で暮らしたんかいな」

「それが、一年後ポルトガル船で帰ってきて、父子相見たそうです。これは八板家系図にのっとってるんですけどね」

「よかったなあ。一年ぶりの再会かあ。うんうん」

「数日して若狭、大病を得る」

「え、病気になったんかあ」

「死亡たるといつわり、棺槨を当てて殯葬す。蛮人これを見て涙を流さず」

「――ちょっと待てやあ!」


3.転

「はい?」

「死んだとウソをついて、葬式をした。ポルトガル人はそれを見て泣かなかった、とな?」

「そうですよね」

「結婚したんやろ。奥さんやん。奥さんが亡くなって、蛮人さんはなぜに泣かない?」

「蛮人ゆえに、というところでしょうか。それとも、実は結婚してなかったとか」

「……どいうことや?」

「こっからが妄想なんですよお。うふふふふ」


 ――金兵衛は悩んでいた。殿が即金2000両で手に入れた2丁の火縄銃。1丁は島津の殿様に献上され(その後、京都の足利将軍に献上される)、手元には残りの1丁。これを元に複製を作れ、しかも極秘のうちに、とのご命令だ。これだけの大金(約1億とも2億ともいわれる)を回収しなければならないことは重々承知。誰よりも先に作らなくてはならない。これだけ強力な武器の独占販売となれば得られる利益は膨大なものになるだろう。

 しかし、鉄砲はわからないことだらけ。とくに筒底の止め方が分からない。これがしっかり出来なければ、銃は暴発して射手は運が良ければ重傷、ひどければ死亡ということになる。

 ネジで止めていることはわかった。しかしたかがネジ、されどネジ。どうやってこのネジを作るのか、溝の角度は、その材質は、止める力は弱ければ外れ、強ければひび割れる。売り手の蛮人どもに聞いても、そこまではわからないという。

「海の向こうには銃の作り手がいる。そこへ行って作り方を見習えば――」

 しかし、簡単に海の向こうへは行けない。自分が行けば、「作れなくて逃亡した」と言われる。殿のお許しがでるはずがない。だれか、有能で心の許せる者を勉強にいかせたい。それは誰か。

 一番弟子の津田(算長)か、奴は有能だ。だか欲がありすぎる。秘密を横取りしてどこかに売る恐れがある。そんな恐れのない者は……。

 金兵衛には心当たりがあった。実の娘、若狭である。小さい頃から鍛冶場に出入りし、16才にして知識も経験ももう一人前だ。そしてなにより血のつながりがある。父を裏切るようなことは絶対にあるまい。しかし、貿易風の関係で、帰ってこられるのは1年後。まだほんの子供を異国の地へ送るのはなんとも忍びない。無事に帰ってくることができるのだろうか――


「しかし、結局それしか手はなく、ムリムリ送り出すと。秘密を守る以上は、表向き蛮人への嫁と言うことにして」

「なあるほど。刀鍛冶の秘密保持って、水の温度を盗み取ろうとした弟子の腕を切り落としたっていうぐらいに厳しいって聞いたことがあるぞ」

「今回は刀以上の新兵器極秘開発プロジェクトですからね」


 ――そして、1年後。製法を習得した若狭が帰ってきた。しかし、嫁と言って出した娘が何事もなく出戻ってしまうのは不自然。そこで、大病から死亡、葬式という偽装工作をおこない、若狭が留まれるように仕組んだ――


「それを知ってたポルトガル人は泣く必要はないわなあ」

「ポルトガル人もその話に乗っていたのかも知れませんし、逆に嫁ということは全然知らなかったという可能性もあり得ます。実は『種子島家譜』という文書には、こうあるんです。

『今春(天文13年=1544年)南蛮船熊野浦に漂来す。船客中一人の鉄匠あり,恵時(13代島主),時堯(14代島主)おもえらく,天の授くる所なりと,即ち金兵衛清定という者を遣わして,鉄砲を製するを学ばしむ。期年にして新たに数十鉄砲を製し世に流布す,日本鉄砲の権輿か』。この鉄匠こそ、実の娘、若狭ではないかと」


 ――そして鉄砲の製法を完全にものにした金兵衛は大量生産に乗り出し、まもなく日本は火縄銃の保有数が世界最大となる――


「そっかあ。まあ、金兵衛の願望は叶ったわけやねえ。で、若狭ちゃん、どないなったん?」

「記録がありましぇん」

「あ、あんたなあっ!」久方のボタンのケリッ!

「妄想やろ、妄想ならちゃんとそこまで考えんかい!」

「いいんですか。そこまで言ってもいいんですかあ、うふふふふふ」

「……時々、あんたが怖なるわあ」


 ――本来なら金兵衛は娘を殺さねばならなかった。製法の秘密を手に入れた以上、秘密の拡散を防ぐにはそれが一番の方法だ。しかし、一番の功労者である実の娘、若狭を殺すことなど、できるはずもない。

 しかももはや秘密ではないことは金兵衛にもわかっていた。津田を初めとした弟子達は既に銃の生産にかかっている。つまり、秘密は公開され、製法は周知のものになりつつある。若狭を殺す意味はもはやない。しかし、表向き大病から葬式とした以上ここに留まることはできない。今度こそ、永久の別れと涙の挨拶を交わした親子。若狭を載せた小舟はこっそりと種子島を離れた――


「ふうん、で、どこへ行ったんやろなあ」

「この後、鉄砲生産で有名になった箇所が何カ所かあります。紀州の根来は種子島から渡った津田によって、そして堺は橘屋又三郎によって生産地となります。豊後では伊藤祐益が天文十五年(1546)、種子島に渡って十年間修業して後、大友宗麟に鉄炮鍛冶として仕えたと言われています。ところが近江の国友、日野の由来がよく分からないんです。後に一大生産地になっているのにもかかわらず。一説には足利将軍に献上された銃を参考に作られたということなんですが、それではネジの秘密がわからないままなんです。」

「そっか、そういう所へ行って、鉄砲鍛冶の指導者になったんか!」

「そういう妄想はできますが、あくまで妄想です」

「――惜しいな。あんた、惜しいわ」

「は?」

「ないねん。あんたの妄想には浪漫がないねん」

「ロマンですか」

「愛や。恋愛要素が欠けてんねん。例えば若狭ちゃんには恋人がおったんや。泣く泣く別れて異国へ行って、帰ってきたら恋人には別な彼女がおったんや。そのショックで種子島を離れた、そういう悲恋話が欲しいとこや」

「悲恋話――」

「こういうのはどうや。異国でのひとりぼっちの一年や。この間に男ができたって不思議やない。別れて帰ってきたら妊娠しとった。そんなふしだらな娘はおけない。そういう展開もあり得んのやで」

「それはまたリアルでんなあ」

「真似しんといて。あんたの妄想は基本線としてはいいねん。後は話がおもろなるように、浪漫を付け足したらいいと思うねんよ」

「でも、恋愛話は苦手ですよ。人間関係の一番ぐちゃぐちゃしたところですから」

「だから、面白いねん。他人の不幸は甘い蜜やでえ。誰だって自分の身に起きるのはいややけど、他人の話なら面白いねん。だから読みたくなるんやで」

「だったら、ボタンさん、書いてくださいよ」

「うちか? うちは、そんな、恋愛だなんて、照れくそうて……えへへ」

「なに、赤くなってるんですかー!?」


 お後がよろしいようで、と退場の二人。

 ちゃんちゃんすちゃらかちゃん。

 若狭伝説は調べるといくつかのバージョンがあるようで、親子の愛に感動したポルトガル人は見て見ぬふりして去っていったとか、若狭は種子島で八十才まで生きたという話もあるようです。

 これが真実だなどと力説するつもりはありませんが、こんな解釈もまた楽しぐらいでお読みいただければ、有り難いです。


 なお、本文で書き忘れたので、ここで。

八板金兵衛なんですが、出身が濃州は関。今で言う岐阜県関市から種子島に渡ってきてた訳です。はーるばるきたぜ、南国へ、なんですよ。関市は今でも刃物の街として有名なんですが(関の孫六ってね)、関には水と材木はあっても鉄がない。種子島は今でもそうなんですが、砂鉄の一大産地なんです。そこに鉄砲が流れ着いたと言うこと。鉄砲と八板金兵衛の出会いは、偶然と言うより必然という感じすらします。


 「かりそめ」で『てつぽう』について調べているうちに、こんな話が浮かんできてしまい、ついつい浮気してしまいました。うう、「かりそめ」頑張らないと。では。


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