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何の音?

掲載日:2026/07/14

 ぴち、ぱち、ぷちぷちぶっちん──


 玄関の外でなんか音がする。


 あたしはおそるおそる、声に出して聞いてみた。


「何の音?」


「あたしよ、あたし」

 そう言いながら、郵便受けから美沙が、ずるずるずるると入ってきた。


「なんだ……、美沙か……」

 安心してそう言ってから、あたしは叫んだ。

「なんでそんなとこから入ってきてんの!?」


「死んだのよ、あたし、死んだの」

 あたしが座ってるミニテーブルの向かいに着くと、美沙はあたしの飲みかけのアイスコーヒーを手にとって、くぴりと飲みながら、語りだした。

「さっき、ミキサー車に巻き込まれちゃって──。思えば短い人生だったわ」


 あたしは奪い返したアイスコーヒーに口をつけながら、聞く。

「見た目、全然変わってないみたいだけど?」


「まぁ……もともと『オバケみたいだ』って言われてたあたしだからね。あ、これ、貰っていい?」


 あたしの食べかけのパピコを美沙が口に咥えた。


「死んだなんて嘘でしょう?」

 夢中になってパピコを啜る美沙に、あたしは言った。

「いつものあんたとなんにも変わってないじゃん」


 ずずず……


 ズズズズズ……


 美沙の啜るパピコの音がだんだん大きくなる。


 ようやくあたしは異変に気づいた。


 いつもの美沙とは──何かが違う!


 ズズズズズズズズズ──!


 パピコを奪い返すと、美沙が「あっ」と言った。


「前言撤回……。あんた、なんかいつもと違う」


「何が?」


「うーん……」

 あたしは考えた。

「何がだろう」


 ガガガ……!


 ガガガガガ!!


 なんか激しい震動とともに、凄まじい音が鳴りはじめた。どこからだ!? 外で工事でもはじまったのか!? と、思っていると──


 美沙の貧乏揺すりだった。


 ズガガガガガガガ!!!


 おかしい……。やっぱりなんかおかしい!


 今日のミサは確かにおかしい。確かに貧乏揺すりはミサのいつもの癖だけど……

 今日のは激しすぎる!

 元気すぎる!


「いつも生気が感じられないのが美沙なのに……。どうしちゃったの!? 今日はなんか別人みたいに元気すぎるよ!?」


「だから死んだんだってば」

 そう言うと、美沙が立ち上がった。

「あ。これ、借りるわね」


 あたしの縄跳びを手に取ると、その場で美沙がそれを開始した。


 二重跳び──


 あやとび──!


 三重クロス跳び!


 安アパートの床が恐ろしい音を立てて揺れだした。


 ダンダンダダンダン!


「どうして!?」

 あたしは耳を塞ぎながら、叫んでいた。

「どうして死んだらかえって元気になっちゃったの!?」


 ダンダンダンダダダダダダダ……!!!


「なんでだろうね……」

 美沙はぴたっと縄跳びをやめると、首を360度かしげた。

「なんか……死んだら元気になっちゃったのよ」


 そんなものなのかもしれない……


 生前、元気がよかったひとは、死んだらしっとり大人しくなって──


 美沙みたいに生前が幽霊みたいだったひとは、死んだらかえって生気がみなぎるものなのかもしれない。


 ピンポーン──呼び鈴が鳴った。


「はいはーい?」

 あたしは玄関の外に向かって、おおきな声をだした。

「どなたですかぁー?」


 返事がなかった。


 ドアスコープを覗いてみると、下の部屋の住人の山下さんが、包丁を持って怖い顔をしていた。

 いつも笑顔で、挨拶を欠かさず、フレンドリーなことで通ってる山下みちよさん(46歳・独身)が、まるで悪霊のような顔をして、包丁を持った手を憎しみでブルブルと震わせているのだった。


「ちょっと美沙! あんたのせいで、いつもはフレンドリーな山下さんが殺しに来ちゃったじゃない!」


 見ると美沙が増えていた。三人になってる。


 二人が長縄跳びの端をそれぞれに持ち、床にビシッ! ビシッ! とムチのような音を立てながら、無表情な声で、歌うように、言う。


「お嬢さんー♪」

「お入んなさい♪」


 ピンポンピンポンピンポン!


 山下さんが鳴らす呼び鈴の音がけたたましさを増す。


「ケケケケケケ!」

 構わず三人めの美沙が、長縄跳びを跳びはじめた。

「跳ぶわよ! 跳ぶわよ! どすん、どすん! どすこーいっ!」


「壊さないで!」

 あたしは泣き叫んで、お願いしていた。

「あたしの平和な日常を、壊さないで!」


「殺す!」

 外から山下さんが扉をドンドンドンドン鳴らす。

「てめーら兒、絶対殺す蘇!」


 あたしは耳栓をした。

 最後の手段だ。いつだって騒音は、殺人事件の元凶になる。それを、ないものとした。


 右の耳に栓をして、左にもそれを入れる前に、気になってたことを美沙に聞いてみた。

「ねぇ! 冒頭の『ぴち、ぱち、ぷちぷちぶっちん』っての、何の音だったの!?」


 三人の美沙のうち一人が、答えてくれた。

「決まってるでしょう? あたしがミキサー車に巻き込まれて潰される音よ!」


 あたしは両耳に耳栓をした。


 世界は平和になった。ホラーじゃなくなった。


 やっぱり平穏に暮らすための一番のコツは、自分と外界を遮断してしまうことね。あたしはパピコを一吸いすると、寝転がってスマホで『小説家になりお』の閲覧をはじめた。



 何事も、気にしなければいい。


 それだけで、世界は平和だ。





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― 新着の感想 ―
キレた山下さんが包丁片手に現れたのは、やはり美沙さんの起こした騒音が原因でしょうか。 昔から「仏の顔も三度」と言いますが、貧乏ゆすりの段階でも相当な騒音だったのに分身した上での縄跳びまでされたなら耐え…
 しいな ここみさん、こんにちは。 「何の音?」拝読致しました。  変な音を立てて郵便受けから入って来る、美沙。  さては、人間じゃ無いな?  何でそんなところから?  あたし、死んだの。ミキサー…
美沙死んだ――――――――――――――――っ!∑(OωO; ) あの! 幾人もの作家たちに弄られ人外扱いされてた美沙が! 死んだ――――――――――っ!? ミキサー車に巻き込まれた、ってどんな感じなん…
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