何の音?
ぴち、ぱち、ぷちぷちぶっちん──
玄関の外でなんか音がする。
あたしはおそるおそる、声に出して聞いてみた。
「何の音?」
「あたしよ、あたし」
そう言いながら、郵便受けから美沙が、ずるずるずるると入ってきた。
「なんだ……、美沙か……」
安心してそう言ってから、あたしは叫んだ。
「なんでそんなとこから入ってきてんの!?」
「死んだのよ、あたし、死んだの」
あたしが座ってるミニテーブルの向かいに着くと、美沙はあたしの飲みかけのアイスコーヒーを手にとって、くぴりと飲みながら、語りだした。
「さっき、ミキサー車に巻き込まれちゃって──。思えば短い人生だったわ」
あたしは奪い返したアイスコーヒーに口をつけながら、聞く。
「見た目、全然変わってないみたいだけど?」
「まぁ……もともと『オバケみたいだ』って言われてたあたしだからね。あ、これ、貰っていい?」
あたしの食べかけのパピコを美沙が口に咥えた。
「死んだなんて嘘でしょう?」
夢中になってパピコを啜る美沙に、あたしは言った。
「いつものあんたとなんにも変わってないじゃん」
ずずず……
ズズズズズ……
美沙の啜るパピコの音がだんだん大きくなる。
ようやくあたしは異変に気づいた。
いつもの美沙とは──何かが違う!
ズズズズズズズズズ──!
パピコを奪い返すと、美沙が「あっ」と言った。
「前言撤回……。あんた、なんかいつもと違う」
「何が?」
「うーん……」
あたしは考えた。
「何がだろう」
ガガガ……!
ガガガガガ!!
なんか激しい震動とともに、凄まじい音が鳴りはじめた。どこからだ!? 外で工事でもはじまったのか!? と、思っていると──
美沙の貧乏揺すりだった。
ズガガガガガガガ!!!
おかしい……。やっぱりなんかおかしい!
今日のミサは確かにおかしい。確かに貧乏揺すりはミサのいつもの癖だけど……
今日のは激しすぎる!
元気すぎる!
「いつも生気が感じられないのが美沙なのに……。どうしちゃったの!? 今日はなんか別人みたいに元気すぎるよ!?」
「だから死んだんだってば」
そう言うと、美沙が立ち上がった。
「あ。これ、借りるわね」
あたしの縄跳びを手に取ると、その場で美沙がそれを開始した。
二重跳び──
あやとび──!
三重クロス跳び!
安アパートの床が恐ろしい音を立てて揺れだした。
ダンダンダダンダン!
「どうして!?」
あたしは耳を塞ぎながら、叫んでいた。
「どうして死んだらかえって元気になっちゃったの!?」
ダンダンダンダダダダダダダ……!!!
「なんでだろうね……」
美沙はぴたっと縄跳びをやめると、首を360度かしげた。
「なんか……死んだら元気になっちゃったのよ」
そんなものなのかもしれない……
生前、元気がよかったひとは、死んだらしっとり大人しくなって──
美沙みたいに生前が幽霊みたいだったひとは、死んだらかえって生気がみなぎるものなのかもしれない。
ピンポーン──呼び鈴が鳴った。
「はいはーい?」
あたしは玄関の外に向かって、おおきな声をだした。
「どなたですかぁー?」
返事がなかった。
ドアスコープを覗いてみると、下の部屋の住人の山下さんが、包丁を持って怖い顔をしていた。
いつも笑顔で、挨拶を欠かさず、フレンドリーなことで通ってる山下みちよさん(46歳・独身)が、まるで悪霊のような顔をして、包丁を持った手を憎しみでブルブルと震わせているのだった。
「ちょっと美沙! あんたのせいで、いつもはフレンドリーな山下さんが殺しに来ちゃったじゃない!」
見ると美沙が増えていた。三人になってる。
二人が長縄跳びの端をそれぞれに持ち、床にビシッ! ビシッ! とムチのような音を立てながら、無表情な声で、歌うように、言う。
「お嬢さんー♪」
「お入んなさい♪」
ピンポンピンポンピンポン!
山下さんが鳴らす呼び鈴の音がけたたましさを増す。
「ケケケケケケ!」
構わず三人めの美沙が、長縄跳びを跳びはじめた。
「跳ぶわよ! 跳ぶわよ! どすん、どすん! どすこーいっ!」
「壊さないで!」
あたしは泣き叫んで、お願いしていた。
「あたしの平和な日常を、壊さないで!」
「殺す!」
外から山下さんが扉をドンドンドンドン鳴らす。
「てめーら兒、絶対殺す蘇!」
あたしは耳栓をした。
最後の手段だ。いつだって騒音は、殺人事件の元凶になる。それを、ないものとした。
右の耳に栓をして、左にもそれを入れる前に、気になってたことを美沙に聞いてみた。
「ねぇ! 冒頭の『ぴち、ぱち、ぷちぷちぶっちん』っての、何の音だったの!?」
三人の美沙のうち一人が、答えてくれた。
「決まってるでしょう? あたしがミキサー車に巻き込まれて潰される音よ!」
あたしは両耳に耳栓をした。
世界は平和になった。ホラーじゃなくなった。
やっぱり平穏に暮らすための一番のコツは、自分と外界を遮断してしまうことね。あたしはパピコを一吸いすると、寝転がってスマホで『小説家になりお』の閲覧をはじめた。
何事も、気にしなければいい。
それだけで、世界は平和だ。




