同窓会
ほろ苦い青春時代を過ごした今を頑張る貴方へ。
同窓会の誘いが来たことをきっかけに、高校時代を振り返る話。
「あ。」
同窓会しよーぜ!
LINEに表示された一文を見て思わず声が出た。中学の同窓会は、成人式の知らせと共にはがきで郵送されたが、高校の同窓会はSNSでお知らせされるらしい。それもそうか。中学は3年時の学級委員たちが幹事をしていた。つまりある程度公式で強制的なものなのだろう。参加の可否はともかく開催は絶対なのだ。一方、高校の同窓会は3年の時のグループLINEに送られてきている。クラスでも中心的だった彼がやりたいと思ったから提案しているだけであって、開催は絶対ではないのだ。もっとも、すでに「やりたいー!」「日にち決めよ!」「24日は?」と何人も反応している様子を見る限り、開催はほぼ確定だろうが。
もちろん私も参加する。それはこのクラスが好きだったからではない。むしろ逆だ。私はこのクラスでいじめ、とまではいかないが除け者にされていた。昼ごはんも移動教室も1人だった。私から「一緒に食べてもいい?」と聞けば承諾してくれるが、私が知らない部活の話をずっとしたり、次の日以降も私から聞かなければ一緒にご飯は食べられない。そんな感じだったので、私も途中からは諦めて1人で食べ、その後は勉強していた。最初からこうだったわけではない。新学期初日は友達複数人と食べていたのだ。けれど、2日目に近くの席の1人を除け者にしていることに気づいた。誘っていいか聞いたら微妙な反応をされたので、私は友達グループを抜けて、その子とご飯を食べることにしたのだ。なんとなくいじめているようで気分が悪かったから。けれどその子とは話があまり合わなかった。それだけならともかく、その子は学校を休みがちで、結局6月に学校をやめた。それ以降、私は友達がいなくなり除け者になってしまったのだ。最初はすごく精神的に苦しかったし、お母さんに「そんな子、放っておけば良かったのに。」という言葉にブチギレて大喧嘩したこともあった。全くそう思わなかったわけではないが、自分が間違ったことをしたとは思わなかったから。今でも間違っていたとは思わない。ただ、その子は声をかけたのはあくまで私の自己満足に過ぎず、その子にとっての救いではなかったのではないだろうか、とは思う。誰もがみんな1人で居ることがイヤな人間ばかりではないし、結局その子は学校をやめたのだから。
ともあれ、友達のいなかった私はある意味非常に自由の身だったので、諦めて勉強することにしたのだった。放課も昼食後もHRの前も、とにかく空いた時間はひたすらに勉強した。受験生だったし、大嫌いなクラスメイトに受験で負けるなんて許せなかったから。
そのおかげなのか、私は有名大学に合格できた。ストレスで暴飲暴食し、高校卒業時点で物凄く太ってしまったが、大学に入ってからはダイエットも化粧も頑張った結果、それなりに声もかけられるようになった。無論、友達もいる。大学1年生の時から仲がいい芽衣と麻友とは、2人が大学を卒業し、社会人になってからも度々遊んでいる。私は大学院に進んだので、社会ステージが変わってしまった2人と変わらず関係を続けていけるが不安だったが、2人とも福利厚生ばっちりな大企業に就職したこともあり、休みや予定を合わせやすいためこれまで通り交流を続けられている。私も2人に負けずとも劣らない大企業に内々定をもらっている。
除け者にしていた、下に見ていた人間が、現在は可愛くなって有名大学に進学し、大企業に内々定が決まっていることを知ったら彼女たちは何を思うのだろうか。容姿や就職先はともかく、学歴はクラスメイトの誰にも負けていないはずだが。私が思うほど、彼女たちは何も思わないのかもしれない。それでも、高校時代の私のためにも知らしめてやりたい。彼女たちよりも優れた人間になっているのだと、過去の私のために。
画面上の「参加する」を選択しようとした時、電話がかかってきた。
「もしもし?芽衣?え、24日?」
同窓会には行かなかった。




