第9話 初めてのデート? 前編
目を覚ますと真っ暗だった。
なんだか息苦しいし、頭を動かそうとしても全く動かない。
左右に動かしたらなんだか、ふにふにしている。
不思議な幸福感を感じて、二度寝をしようとしたとき、ふと脳裏に疑問が残った。
…あれ?俺、体を横にしているよな?
うつ伏せだったら、枕のせいで息苦しいのもわかるけど…。
あぁそうか、抱き枕か…。
カバーの値段が明らかに高すぎたけどなんやかんやで使っているんだよな。
そろそろカバーを洗わないと…。また部屋干しか…外じゃ干せないもんな…。
絵柄があれだからな…可愛いからいいけど…って!
今、俺がいるところは自分の部屋じゃない!?
冷静になれ俺!考えろ、考えるんだ…。
まだ頭がボーとしている。脳が働かない…。
ここは俺の部屋じゃない、ってことは今息苦しいのは抱き枕のせいじゃない?
でもここは宿で、確か今ナシュがいて…。
…………。
たどり着いた答えの確認のために、抱き枕を抱くように手を動かしてみた。
言葉にできない感触がそこにあった。抱き枕とはまた違う抱き心地だった。
タオル生地なのか、表面はふわふわしていて、顔で感じる感触とは全く違うものだった。
とても抱き心地がよく強く抱きしめると、
「…ぅん…。」
その言葉を聞き、我に返った。
俺が抱いているのはナシュ、今顔で感じているのはナシュの地肌、
顔を動かして感じる感触は…。
冷や汗が流れる。
…よし、とりあえず離れよう。
俺の頭を固定しているナシュの手から脱出し、
ナシュから少し距離をとる。
ナシュを見てみると胸元が大きく開かれている。
…どうしよう、ナシュを直視できない。
部屋の端っこで大きく深呼吸をして部屋の中でぐるぐる回って時間をつぶした。
小一時間程回っていたら、すっかり気持ちが悪くなってしまった。
ナシュを起こさずに朝食をとったけど、吐き気であんまり食べれなかった…。
「…あれ?ししょう~、どこかいくんですか?」
「あっやっと起きたか…。今日はちょっと色々村の中を見て回ろうと思って。」
昨日、ナシュがこの村には大きな本屋がある、ということを言っていたので、
そこに行ってみようと少し早めに準備をしていた。
「…わたしもごいっしょします。ちょっとまっててくださいね。」
正直、ナシュと一緒だと凄い気まずいんだよな…。
「いや、一人で行くから、なんか眠そうだから二度寝でもしたらどうだ?
夕方までには戻るから、それじゃ!」
早口で言い残し部屋を出て行った。
「ふあぁぁー。…師匠行っちゃった。」
あくびをしながらも自分のリュックからメモ帳を取り出す。
そして、じーっとメモ帳とにらめっこをしながら考え事をする。
「また今日も起こせなかった…。師匠って早起きなんですかね?」
昨日は日が昇る前に起きてまで起こしに行ったのに、ついうっかり寝ちゃったし。
そういえば、起きた時になんとも言えない幸福感があったのは一体何だったんだろう?
「まぁいいや。そういえば師匠は一切手を出してくれなかったな…。」
普通、バスローブ姿で女の子が横になっていたら手を出すって本に書いてあったのに…。
…もしかして誰か付き合っている人がいるのかな?
それなら納得いく。普通なら一緒にベットで寝ると言えば多少の拒否ぐらいあってもいいはず。
師匠にはそれがなかった。むしろ「またか…。」みたいな顔をしていた。
ってことは師匠は別の人とも寝ている!?
いや!?まさか…。でも師匠なら…。
「あーもういいです!直接聞けばいいんです!」
彼女がいたらいたで略奪すればいい、略奪愛も悪くはないなぁー。
…いけないこれから魔王を倒す勇者が考えることじゃない。
でも、初めての恋が三角関係とかまるで恋愛小説のヒロインだな~。
「っていけない!本の読みすぎて頭がおかしいことになってる!!」
ベットに倒れこんで枕に顔を埋める。
「…とりあえず二度寝しよう。」
メモ帳を持ったまま、ナシュは深い眠りについた。
「えーと、ここかな?」
思ったよりも大きな建物だったのには驚いた。
「本当に、ここは村なのか?村にしちゃ建物が明らかに広すぎだよな…。」
ギルドといい、市場といい、この本屋といい、一個一個がとても大きい。
今の本屋には人はあまりいないけど、それは朝早いという理由だけで、
昼を過ぎてしまったらここも混むだろう。
「なんか色々あって、どれを買おうか迷うよな…。」
この世界の歴史の本を探してみたら、それだけでも色々種類があってどれを買っていいか悩む。
「後回しでいいか…。先に暇つぶし用の小説でも買おう。」
ナシュもここでいくつか小説を買ったらしく、いい暇つぶしになるそうだ。
さすがにラノベはないだろうけど、面白いものがあればすぐにでも買う。
本のコーナーを一通り見て回ると、端っこの方に隔離されたような場所がある。
そこに寄ってみると、……まぁアレな本ですよね。
絵などは描かれていないがタイトル的に18歳未満の子が読んじゃいけないものが、いっぱい並んでいた。
…とりあえず、2、3冊買っておくか。
ナシュがいる限り読む機会がないだろうけど、ナシュが元の宿に戻って、エレンが帰ってくる間には、時間がある。……読める期間は一週間か、十分だ!
2、3冊と言わず、10冊程度タイトルだけで本を手に取っていく。
10冊目を取ろうとしたときに不意に手が重なる。
重なった相手を見てみると
……ものすごく睨んでいた。
「ちょっとあんた、それは先に私が目を付けてたんだけど!」
外見をみると13、14ぐらいの少女だろうか?
見方によれば小学生、高めにみれば高校生?くらいにも見える。
「とりあえず先に手に取ったのは俺だし、早い者勝ちって事でいいかな?」
「いいわけないでしょう!そんなに買ってるならこれ位こっちが買ってもいいじゃない!」
やけに高圧的だな…。無駄に争いたくないし、痛いとこも突かれてるし引いておくか…。
「んじゃ、これは君のでいいよ、ほかの買うから。」
「…やけにあっさりしてるわね?そんなに本を買っているんなら、この本の価値ぐらいなら分かっているんでしょ?」
「いやべつに、ただタイトルが良さそうだったから手に取っただけだし。」
「!?あんたこの本を知らないで買おうとしていたの!!この本はね!こんな地方じゃないと置いていない程の人気で、今じゃプレミアが付いていてもおかしくないぐらいマニア必見のものなのよ!!」
「そんな話を少女がするな…。」
「うっうっさいわね!!別にいいじゃないお酒とかと違って年齢制限ないんだし!!」
この世界には本の年齢制限がないのか…。
まぁ全部手書きっぽいし、そこまで文明が進んでないのか。
「まぁそういう本ならそれだけ高圧的になるのもわかるわな。
あいにく俺はここに来るのは初めてだし、その本の価値も知らないからいいよ。」
そう言って彼女に本を手渡す。
「…本当にいいの?これ後で買おうとしたらかなり高いのよ?」
「別にいいよ。代わりになんかオススメ教えてよ?」
「…女の子にそれを聞くのはセクハラよ。」
「……ごめん。」
「まぁいいわ、これとこれとこれがオススメかな?」
そう言って彼女が本をとって俺に渡す。
「それを読んだらあとで感想を聞かせてよね。この村にいるってことはギルドに入っているんだろうし、私は明日、明後日、ギルドに行くから、朝にロビーで待ち合わせしましょう。」
「…いや一日でこれは読めないし。さすがに明後日にしてくれ。」
ナシュの目を盗んで読むことになるだろうからさすがに一日では読めない。
「寝ずに読めばいいじゃない?」
こいつ真顔で言っていやがる。
良く顔を見ると、目にくまができている。
「もしかして寝てない?」
「うん。今日は寝てないわよ?10冊くらい一気に読んじゃたし。」
「さすがに俺にはまねできないな…。」
「そう?以外に何とか起きていられるわよ?」
「いや起きていられるけど、そのまま本屋に来ることはしないよ…。」
「まぁ朝ごはんも食べずに来ているからね。おかげでお腹もぺこぺこよ。」
そう言い終わるか否かである音が鳴り響いた。
グゥーー。
「本当にお腹がすいたんだな…。」
「………うん。」
顔を真っ赤にして俯いている。
「飯食いに行けば?」
「本を買うお金しか持ってきてないわよ。」
「…なんていうか御愁傷様です。」
「ここは飯ぐらいおごってやるよっていうとこでしょうが!」
「何で初対面の奴に飯を奢んなきゃいけないんだよ。」
「眠くてふらふらしてて、お腹もすかしている乙女をほっとくつもり?」
「それはそうだけどな…。」
「空間の指輪なんて付けてるんだし、結構な金持ちでしょ?別に一食おごるくらいいいじゃない。」
「…よくわかったな?」
「私は魔力の質がわかるの。家で見たことがあったからね。」
「…俺には全然わかんないや。」
「当たり前でしょ!こんな特別な能力をホイホイ使えられても困るわよ!」
「…なんで俺怒られてるんだ?」
特に怒られるようなことを言ったわけでもないんだけどな…。
「ちなみにあんたが魔族っていうのもわかるわよ。正式には魔族と人間のハーフって感じね。」
「…そこまでわかるのかよ。」
「正直いえばそこまでしかわからないけどね、あんまり使える能力じゃないし。」
「そういうあんたは人間か?魔族か?」
「純粋な魔族様よ。おかげ様で人界にいると本気が出せなくてイライラしてるけどね。」
「あー、確か10分の1の力になるんだっけ?」
「知ってる?それはあくまで平均よ?私の場合、魔力に関しては100分の1くらいよ!!
まぁ純粋な力は10分の1くらいで済んでるけど、魔法に関してはほとんどエネルギー切れで打てないのよ!」
「まぁ落ちつけ!とりあえず会計済まして外で話をしよう!…店員さん睨んでるし。」
初老近い店員さんがこちらをガン見している。
まぁ本屋で騒ぎすぎだよな…。気まずい。
「…わかったわよ。近くにある食堂へ行くわよ。ちゃんと奢ってよね。」
さっさと会計を済まし、荷物を空間に閉まって食堂へと入った。
「いらっしゃい、お二人様だね。適当に座ってね。」
割烹着のような服を着たおばちゃんが元気よく案内をする。
…そういえば外食なんてものすごい久しぶりな気が…。
いや、引き籠る前は意外に行ってたな…。
適当な席に座ってメニューを見る。
……俺の知らないメニューがいっぱいだよ。
トマビュ丼ってなんだ?トマってトマトなのか?まずビュって何だ!?
メニューの読解を諦めた俺は、連れの方を見た。
なんか周りをきょろきょろ見て忙しい奴だな。
「なんだ?もう決まったのか?」
「いや、まだメニュー表見てないわよ。」
「んじゃ早く決めてくれ、俺は同じもの頼むから。」
「なに?今までこういうところに来たことないの?」
なんだそのイラッとする顔。
「こういうとこは来たことあるけど、知ってるメニューがないんだよ。」
「そういえば、わたしも人界の料理は知らないわね。メニュー表見せなさいよ。」
俺から無理矢理メニュー表を奪い取ると、渋い顔をする。
「どうやら、お前もか。」
「…しょうがないじゃない!魔界の料理しか知らないし。」
しかたないか…。
「なら適当でいいよな?すいませーん。」
「別にいいけど、大丈夫?変な物食べさせたら承知しないわよ!」
「…多分大丈夫なはず。」
手を挙げていると、おばちゃんがメニューを聞いてくる。
「彼女が食べきれそうな程度の奴を1つずつください。」
おばちゃんが「はいよ!」と元気よく厨房へ戻って行った。
「それで大丈夫なの?なんていうか、かなり手馴れてない?」
「昔はこんな感じの食堂にも行ってたからな…。大体ノリで何とかなるもんだよ。」
「レストランだと通用しないだろうけどね。」
…それを言われるとぐうの音も出ません。
グゥーー
あっ向こうからなった。
「…よくなるな。」
「デリカシーってものはないの!普通はスルーでしょ!!」
頭にチョップをされる。 …まぁ痛くはないけどさ。
チョップをした方が痛がってるし。
「いったっ!!石頭にもほどがあるでしょ!」
叩かれたのにキレられるって何この理不尽…。
「あんたの自業自得だろ。逆ギレすんなよ…。」
「キレてないわよ!っていうか、あんたも食べるんだ?まだ昼前よ?」
「朝、あんまり食べてないし、お腹の音を聞かされたらな。」
「次は大事なとこ引きちぎるわよ。」
「すいませんでした。」
机に手をおいて頭を付けて謝った。
「わかればよろしい。そういえばさっき、私のことあんた、ってよんでたけど、
別に名前でよんでもいいわよ?」
「…いや名前知らないし。」
急にキョトンとされた。やっぱ、頭回ってないか…。
「そういえば、あんたの名前も聞いてないわね?」
「質問を質問で返すなよ…。まぁいいや、俺の名前は優輝、んであんたは?」
「とりあえずは、サファイアだっけ?ちょっと待って、今カード見るから。」
「とりあえずは、ってなんだよ?」
「えっと、あっあった。…うん、サファイアであってる。」
ギルドカードをバックから取りだして、名前の欄を見て確認をしている。
「もしもし聞いてますか?」
「聞こえてるわよ!うっさいわね!!」
「うるさいのはおまえだろう?まったく…。んで何で名前をうろ覚えなんだ?」
「そんなの偽名だからに決まってるでしょ。ユウキは名前だけの口でしょ?」
ギルドは別に本名で入らなくてもいい。
俺みたいに、身分を証明できるものがあれば、下の名前だけだろうと、偽名だろうと登録できる。
「ってことは、サファイアも特別枠か…。」
「イズム村にギルドに入りに来る半分以上が特別枠なのよ?別に珍しくもない。」
特別枠というのは貴族や力のある魔族などの紹介で入る人たちのことをさす。
普段ならあまり強い魔物周辺にがいないイズム村は、安全に鍛えられる場所として有名でもあり、
貴族たちが跡取りを鍛えるためにギルドに送るといったことがよく行われている。
だったっけ?エレンから聞いた感じだとこれであっているはず。
「何考え込んでるの?」
「いや、何でもない。ただの復習。」
「? そういえば、ユウキは何でここに来たの?どっかの御曹司?」
「俺が覚えていることが正しいんだったら、そういったことを聞くのはタブーだったはずだけど?」
「別にいいじゃない。どうせ本当に御曹司ってわけじゃないんでしょ?」
「まぁね。…ひきこもってたらこっちに飛ばされた。」
「…あんたもか。」
「!? …こんなところで仲間に出会うとは思わなかった。」
「私もそう思ってたわよ。」
「「はぁー。」」
二人でため息をつく。
「おまたせしました。アラマ定食二つになります。」
ぱっと見焼き魚定食のようなものが出てくる。
みそ汁とかはないけど、代わりにコンソメスープみたいなものが付いている。
おそるおそる、食べてみる…。
「うっうまい!」
「本当に?」
サファイアが確認してくる。
「ちょっと魚臭いけど、全然うまいよ!」
サファイアも恐る恐る、口に付ける。
「…本当においしい。」
その後、お互いに黙々と食べ続けた。
「このあとどうする?」
コップに注がれた水を飲みながら尋ねる。
「飯おごってもらったし少し付き合ってあげてもいいよ。」
「人込みはごめんだけどね」と笑いながらサファイアは答える。
よくキレるけど悪い奴じゃないよな?
もう奢ることは確定してるみたいだけど。
まぁいいか、ちょうどいいや聞きたいこともあったし。
「んじゃもう一度本屋に行ってもいいか?」
「別にいいけど、なんで?」
「この世界の常識とか知らないし、それ関係の本を買おうかと思って。」
「…魔界と勝手が違うからね。ここだと魔族は恐れられてるみたいだし。」
「…へぇ、そうだったのか。」
「魔族は強いからね!ちょっと前までは、今亡き魔王が力で魔族を大人しくしてたけど、
今は力ある魔族が人界を支配しようとしてる、って噂があるくらいだしね。」
「そりゃー恐れもするわ!」と冗談混じりに言い放ってる。
ってか今亡き魔王って多分母さんのことだよな…。
「今亡き魔王ってどれくらい凄かったんだ?」
ちょっと興味本位で聞いてみた。
家で見ていたのと、ものすごい違和感があるし、もしかしたら別人かもしれない。
「アリス・ヴァン・エスカール、本名を言うのも前までは恐れられていたほどの大魔王じゃない?
通称、史上最強の魔王、あとは神殺し、とか言われてた時期があるわね。」
「そんなに凄かったのか…。ってか神殺し?」
「神殺しの方は私はあんまり知らない。あの時はまだ小さかったし。」
「今も小さいと思うが…。」
「小さい言うな!!あんたの精神年齢よりは上よ。」
「はいはい、わるーございました。」
適当に返事を返していると、急にサファイアが黙り込んでしまった。
サファイアを見ると周りを見渡している。
「…ちょっと混んできたみたいね。さっさと行くわよ。」
喋っている間に結構混んでいたみたいだ。
ってかそんなに人込みが嫌いなのか。
「そうだな。本屋も混まないうちにさっさと行くか。」
会計を済まして、また本屋に向かった。
「結構種類あるんだけど何かオススメある?」
また本屋に来たのはいいんだが、本が多すぎてどれがいいんだが全く分からない。
「私が読んだのはこれかな?三つの世界が全部載ってて結構ためになるのよ。」
…ディクショナリーアタックでもできそうなくらい分厚いな。
片手では掴めないほどの大きさがあるぞ。
「じゃあそれでいいや。思ったより早く決まったな。」
「んじゃ喫茶店でも行かない?もちろんおごりなさいよ。」
「いいな…ってか喫茶店まであるのかよ!本当にここは村か!?」
「まぁ、貴族の坊っちゃんとか来る場所だしね。見た目だけ村で、それ以外は普通の城下町と変わらないくらいのお店はそろっているのよ。」
「もう街でいいんじゃないか?」
「そんなこと私に言わないでよ!いいから行きましょ。結構混んできたから、あんまりここに居たくないの!」
おっちゃんにお金を渡すと、サファイアに首根っこを掴まれて喫茶店まで連れて行かれた。
…………なんていうか。ずっと思ってたんだけど、
これデートじゃないか?