第8話 3ヶ月前
優輝が異世界に飛ばされる3ヶ月前。
「……もう3年か。」
秘密の手帳の日付にまた×をつける。
「もしかして浮気でもしているのかしら…。でもりゅうくんに限ってそんなことは…。」
でも3年も連絡がないのはおかしい。
いつもならどんなに遅くても、1年に1回は連絡していたのに…。
「直接行ってみようかしら…。でもゆうちゃんを置いてはいけないし…。」
まぁ良いか。今の私にはゆうちゃんがいるし!
帰ってきてから吐かせればいいよね!
「母さーん!ちょっといいか!?」
ゆうちゃんが呼んでいる。私の部屋からかな?
「わかった!今行くー!」
私の部屋に入ると、ゆうちゃんが私の部屋を片付けている最中だった。
自分だとなかなか片付けられないから、たまにゆうちゃんが部屋を片付けてくれるのだ!
良い息子よねー。…食べちゃいたいくらい。
「何を食べちゃいたいんだ?」
「ゆうちゃん。」
「冗談なら、今は受け付けてません。見ての通り忙しいの。」
…つれないなー。
「うん、部屋の片づけありがとー。っで用って何?」
「あ、そうだった。」
そういうと、ゆうちゃんはポケットから指輪を出した。
「ゆうちゃんついに私にプロポーズしてくれるの!?」
「誰が、母親にプロポーズなんてするか!!押し入れにあったの!」
「そんなに否定しなくてもいいのに…。っていうかこれ押し入れにあったんだ!」
「やっぱ母さんのだよな。結構、埃かぶってたけど大事な物なのか?」
…念話の指輪だ。そういえば、魔界と全然連絡をとってなかった。
「ありがとー、ゆうちゃん!3年ぐらい探してたんだけど見つからなかったのー!」
見つけてくれたお礼に、ゆうちゃんを抱き締める。
「母さん離してよ!恥ずかしい!!」
ゆうちゃんが暴れるので少し力を緩めたら、すぐにゆうちゃんが抜け出した。
そんなに拒否しなくてもいいじゃない…。
「ママのハグを拒否する子に育てた覚えはありません!!」
「いまだに本気でハグをする母親を、俺は母さん以外で見たことはありません!!」
「…昔は『ママー、ぎゅっとしてー!』とか言ってくれたじゃない!!」
「何年前の話だ!!」
「ぶー。」
そんな親子のスキンシップも終わり、ゆうちゃんが部屋の片づけを再開した。
私もこれからちょっとした連絡をしなきゃね…。
「そうだ、ママね、これから少し用事があるから、ちょっと行ってくるね。
晩御飯までには帰ってくるから。」
そういって、部屋から出る。
「いってらっしゃいー!晩飯は、ちょっと手の込んだもの作る予定だから、遅くてもいいよ!」
「楽しみにしてるねー!!」
そう言って、ゆうちゃんから見えないところで、転移魔法を使い、近所の公園までワープした。
誰もいないことを確認して、人払いと、防音用の小さな結界も作っておく、
念を込めて、人には私を認識できないようにしておいた。
念話の指輪に魔力を込め、通信をしてみる。
しばらく誰も出なかったが、30分ぐらいして誰かが出た。
「もしもし。」
「アリス様ですか!?」
「そうだけど、もしかしてエスト?」
「はい!エスト・トラヴィスタです!良かった生きていらっしゃったのですね。」
エスト・トラヴィスタ、トラヴィスタ家の現当主であり、自分の部下。
「おひさー!」
「おひさー!じゃないですよ!!何年連絡が取れなかったと思っているんですか!!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃない…。たかが3年位。」
「その3年の間にいろんな事が起こっていて大変なんですよ!」
…確かに3年も魔王がいないとそりゃ色々起きるわよねー。
間違ってもそんなこと口に出せないけど。
「…どんなことが起きたの?」
「私以外の配下の者は、アリス様がお亡くなりになったと騒ぎ、
次の魔王を作る必要があるなどと、申しておりまして。」
「エストの力で抑え込めなかったの?」
「…3年も連絡が取れなくては、どうしようもありませんよ。」
あきらかに怒ってるよね…。
かなり頑張ってくれたようだし、悪いことしたようね。
「…ごめんね。」
「過ぎたことは仕方ありません、それより今は、早く戻って来て頂きたいのです。」
「…わたしが戻ってももう遅いんじゃないの?」
一度死んだことになってしまうと、魔王が変わる。
実は死んでいなくても、仮に生き返っても、1年に1回ある、魔王の儀には参加していなくてはならない。
今まではエストと連絡をとっていた為、特別措置をとり何とかなっていたが、
3年も音沙汰がないとさすがにほかの配下も新しい魔王を決めようとするだろう。
「確かにアリス様は、今は元魔王様ですが、こちらに戻っていただければ再任されることは明らかです。」
「それはわかっているけど…。」
今、地球を離れるとかなり厄介なことになる。
1日や2日ならなんとかなるけど、再任するまでには結構な時間がかかる。
早くて3カ月、長いと1年。
そんなに長い時間ゆうちゃんを一人にさせておくと、大変だ。
もし仮に強盗に襲われたら、今のゆうちゃんだと最悪殺されちゃう…。
それに金融機関の人も、3か月ほどで家にきちゃうだろうし。
なにがあっても息子は優先する、たとえそれが世界相手だろうと。
それが母親ってものだと思う。 …だけどギャンブルはどうしようもないけどね。
「どうやら、色々問題があるようですね。…大方ギャンブル関係でしょうけど。」
「!! なんでそれが!?まだゆうちゃんにも言ってないのに!!」
「…何回あなたの借金を肩代わりしたと思っているんですか?大体の予想ぐらいつきますよ。」
また怒られるのが怖くてゆうちゃんには言えないでいる。
…嫌われちゃう、ゆうちゃんに嫌われるのはいやー!!
「でも、ユウキ様に内緒にしているのは問題ですね…。」
「ゆうちゃんに嫌われちゃう、ゆうちゃんに嫌われちゃう、ゆうちゃんに嫌われちゃう、……」
「嫌われることは…。多分ないでしょうけど。…困りましたね。」
魔王が決まらないと、魔界が荒れる。
それを防ぐためには私が行かなきゃいけない。
私が行くと、ゆうちゃんがひどい目に会うかもしれない。
「話が止まりそうなので、次の話をさせて頂きます。」
「ゆうちゃんがひどい目に会うのはダメ、ゆうちゃん最優先…でも魔界が!」
「…帰ってきてくださーい。まったくユウキ様のことになると、とことんダメ人間ですね…。」
軽く咳払いをして報告をする。
「リュウタ様から連絡がありました。」
「!!本当に!?」
「はい。今いる世界からだと、地球に連絡ができないそうで、しばらく直接連絡ができないと…。」
「それっていつの連絡!?」
「約2年前です。それ以降1年おきに連絡が来ております。」
「…それはよかった。それでいつ帰るって?」
「1月前ほどに「あと半年かかるかもしれないけど、何とか優輝の誕生日には戻れるようにする」と仰っていました。」
「ゆうちゃんの誕生日は私が祝うから半年かけて戻って来てって伝えて。」
今年はプレゼントを買えそうにもないから、ただでさえゆうちゃんの気持ちを掴めないのに、
そんなときに来られたら、ゆうちゃんの中での優先順位が変わっちゃうかもしれない。
ゆうちゃんの中の優先順位はいつでも私が1番じゃなきゃいけないの!
「本当にユウキ様がお生まれになってから変わりましたね…。」
「それほどゆうちゃんが大切ってことなの!!」
「そうですか。では最後のお話を…。」
多少あきれながらもエストは、最後の報告をする。
「しっかり聞いてくださいよ。」
「ちゃんと聞いてるわよ。」
「では…。ユウキ様の許嫁であるエレンが花嫁修業を終えました。
年齢も20歳を迎えましたので、そろそろユウキ様とお会いさせてもよろしいのでは?」
「!?」
「…もしかして忘れていましたか!?」
「…エレンって、エレカナ・トラヴィスタよね?」
「はい。私の大事な一人娘ですが?」
「それは知ってるわよ…。あのとってもいい娘でしょ?
というか、ゆうちゃんに許嫁なんて、私聞いてないわよ!?」
「…ユウキ様がお腹にいられるときにお決めになられたでしょうが…。」
約20年前
「この子が男の子だったらエレカナと結婚させましょう!」
「まだ決めるのは、早いと思いますが…。せめてエレカナとお腹の子が大きくなってからでいいのでは?」
「いえ!これは決定事項よ!あらかじめ決めてどちらかが嫌がらない限り、許嫁の関係よ!
ねぇ、りゅうくん!?」
「別にいいんじゃないか?どちらかが嫌がったら破棄にすればいいんだし。」
「リュウタ様まで…。まぁどこの馬の骨ともわからない輩に奪われるよりはいいですが…。」
「んじゃ決定!!とりあえず両方とも20歳を超えたら結婚ってことで!」
回想終了
「そういえばそんなこといってたーーーー!!!」
「エレンは幼いころから知っていましたよ…。もしかして、ユウキ様は知らないとか?」
「私が言ってないんだもん!知ってるわけないじゃない!!」
「逆ギレされましても…。」
「…どうしよう。ゆうちゃんの誕生日まで3カ月しかない。
そしたらゆうちゃんが私の元から離れちゃう!!」
「…話から察しますに、ユウキ様には思い人はおられないのですね?」
「いないわよ!!ゆうちゃんは一生マザコンでいいの!
一生誰とも付き合っちゃいけないの!!むしろ私と結婚するの!!」
「子供ですかあなたは…。」
「あなた、少しよろしいでしょうか?」
「あぁ、構いませんよ。」
若い女性の声が聞こえた、声質からしてリリー?
「お久しぶりです、アリス様。リリー・トラヴィスタです。」
「やっぱりリリーだったのね。ゆうちゃんは渡さないわよ!!」
リリー・トラヴィスタ。エスト・トラヴィスタの唯一の妻であり、エレンの母親でもある。
「相変わらずのバカ親ですね…。ですがよろしいのですか?」
「…どういうこと?」
「このままですと、ユウキ様が危険な目に会われるのはほぼ確実ですよ?」
闇金から借りちゃったから家にまで押し掛けてくるだろう。
たしかにこのままだとゆうちゃんを怖がらせてしまう。
「でもそれはほとんど、どうしようもないことよ?」
「いえ、簡単な方法がありますよ。」
「! どんな方法!?」
「ユウキ様をこちらの世界に飛ばしていただけたらそれで解決です。」
「それだと、ゆうちゃんが一人でそっちの世界に行くことになっちゃうわよ!?」
地球だと私の魔力では一人が限界、回復してから行くとしても、かなりのタイムログが発生する。
しかもいきなり魔界に飛ばすとなると、最悪ゆうちゃんがひどいことになってしまう。
「大丈夫です。その点は考えております。
ズバリ、人界に飛ばしていただき、それをエレンに迎えに行かせます。」
「それじゃ、エレンちゃんと付き合っちゃうかもしれないじゃない!!」
いきなり知らない世界に飛ばされて、そこで出会った美人な娘に色々教えてもらったら、
惚れてしまっても不思議じゃない。
「その方がこちらとしたら色々と都合いいんですが?」
「良い訳ないでしょ!!ゆうちゃんは誰とも付き合っちゃいけないの!!」
「いいんですか?誰とも付き合えなくて、たまたま出会った変な女に騙されて、付き合い始めて
挙句の果てには、家出をされて行方不明になってしまうかもしれないんですよ。」
「…そういう可能性はないわけじゃないけど。」
…こっちの世界には出会い系があるから、欲求不満になったゆうちゃんが、
入り浸って、変な女に引っかかって、騙されたりして、自暴自棄になったりなんかしちゃって。
良くても、変なメイクをした女に「チース、優輝の彼女です。」とかわけのわからない女に挨拶をされるかもしれないし、
最悪、家出をされて2度と見つからなかったら、私、さびしくて死んじゃう。
「その点こちらにいらっしゃれば、エレンという、ちゃんとした娘がおりますし、
家出なんてすることもなく、しっかりと安定した家庭を築くこともできますよ。
それに、ユウキ様が魔王になっていただければ、魔界も安定しますし、
アリス様にとっても、良いことがありますよ。」
「私はゆうちゃんが一番なの!!それ以外は二の次なの!!」
(…3Pも可能ですよ。)
(…詳しく聞かせなさい。)
(…エレンは経験がありませんので、ユウキ様は数ヶ月ほどしましたら新しい刺激を求めるはずです。)
(そうかしら、数か月で飽き始めることなんてないんじゃないの?)
(心のどこかにはそういう感情が湧くものです。)
(あなたがそうだったのね…。)
「一体何の話をされているんでしょうか?」
「「エスト(あなた)は黙ってて!!」」
「…はい。」
(それでどうするの?)
(エレンをうまく言い包めまして。アリス様を参加させます。
ユウキ様とエレンに色々なことを直接教えて頂き、最終的にはユウキ様にアリス様が直接、
”体”で覚えさせてしまえばいいのです。)
「そっその手があったのね!!!」
急に大きな声をあげたのでエストがびっくりしている。
(しかも、エレンとうまくいかなった場合は慰めてあげてると言って、
ユウキ様と…。)
「…っ!!策士!!!策士よ!!さすがリリー!!」
妄想して鼻血をたらしながら、リリーを褒めたたえる。
「御褒め頂きありがとうございます。」
「どうやら決まったようですね。」
「ええ!わかったわ!ただしそちらに送る日はゆうちゃんの誕生日にするわね。
それまでにいろいろ準備をするわよ。」
「はい!策は色々と考えております。」
「ゆうちゃんとのラブラブのために頑張るわよ!!」
(余り聞きたくはないが、何を吹き込んだんだ?)
(少々、面白いことですよ。これでエレンの結婚相手は魔王様になります。)
(本当に策士だな、さすが元軍師。)
(まだ現役の軍師のつもりですよ。……ユウキ様………ますし)
(? 後半が聞き取れなかったんだが?)
(ただの独り言ですよ。あまり気にしないでください。)
「二人とも何ぶつぶつ言っているの!さぁこれから忙しくなるわよ!!!」
「きちんと、ユウキ様に借金のことを言ってくださいよ。」
「うぅ…。嫌なことを思い出させないでよ。」
「真実の部分をうまく使えば嘘もつきやすくなりますし、
策が練りやすいですね。」
「…リリーだけは敵に回したくないわね。」
「同じくです。」
「アリス様。ユウキ様の力は……。」
「大丈夫、飛ばす前には……。」
「…私は必要ないようですし、仕事に戻らせていただきます。」
そう言い、エストは念話を切り、書類を書き始めた。
「ゆうちゃんただいま~!!」
「おかえり、っていうか帰ってきた途端抱きつくなって!恥ずかしいって。」
「恥ずかしがらないでよ~♪」
もう少し待てば、念願のゆうちゃんが…。
「ふふふふふ。」
「こわい!!なんか寒気がするんだけどその笑み!!!」
「あ~ん、逃げないでよ~!」
「晩飯は台所に置いてあるからなー。俺は部屋に戻る!!」
「一緒に食べようよー、御風呂入ろーよ、寝よーよ!」
「全部断る!!ってか食べる以外の選択肢がおかしい!!」
「あーあ、行っちゃった、でも、そのうち全部するからねー。
ふふふ、あっ、また鼻血が…。」
次の日の夜までアリスは、にやけた顔だった。
3ヶ月後へ