第16話 とある朝
「母さん……俺、もう我慢できない…。」
息子の優輝が私にギュッと抱きつく。
「大丈夫…私も、もう我慢できないから。」
息子の頭を軽く撫でながら、耳元でささやく。
「母さん…。いい?」
苦節20年、やっと…やっと、この可愛い息子と結ばれる。
今の今までゆうちゃんの周りにうろつく悪い芽を摘み取ったり、変な女に騙されないように教えてあげたりと、息子の為にありとあらゆる手を尽くしてきた。
なぜか「俺は二次元しか愛せないよ。」などと、多少意味不明なことは言ってたけど、今では立派なマザコンに……。
「いいよ、ゆうちゃん来て!」
やっとやっとだ!わーーーーーーーーーーーーーーーーい。ッドン!
「いたた……あれ?ゆうちゃんは?」
どうやらベットから落ちていたようだ、さっきまでいたはずのゆうちゃんの姿は無い。
…おかしいな、ここはゆうちゃんの部屋で間違いないはずなのに?
「……なんだ、夢だったのね。」
なにかおかしいと思ったのよね。
いつも素っ気ないゆうちゃんがあんなに積極的なわけがない。
一緒に寝るときに裸になって、いつでも襲っていいですよアピールしてるのに完全無視をするあのゆうちゃんが、あんなに理想的に襲ってくれるわけ無い。
裸になれば襲ってくれるのであれば、すでに47回襲われてるって言う話よね。
裸ワイシャツの時はこっちを見れないくらい良い反応してくれてたし、やっぱりそういう色ものじゃないとだめなのかな?
そういう一筋縄ではいかないところも大好きなんだけどね!
「…ふぅ。」
ふと、カレンダーを見ると、日付に×が5個連続で書いてある。
×の意味はもちろん息子の優輝とあっていない日という意味である。
それが5個連続…。
今までの最高記録タイになっている。
リリーは「作戦通りであれば一月程でユウキ様が魔王になるので魔界に戻られてユウキ様と会い。それからめくるめく禁断の愛でも3Pでも出来ますよ。」
とか言ってたけど、正直な話、4日目で禁断症状が起きているのに一月なんてどう考えても無理なのよね。
ゆうちゃんと出来るって聞いてその場はOKしちゃったけど、絶対我慢できない。
ちなみに今までの最高は優輝が高校生の時に行った修学旅行6泊7日。
なんとか休ませようとするアリスをお土産たくさん買ってくるからと優輝が説得したが応じず。
結局、帰ってきたら二日べったり(お風呂でも。トイレは扉の前まで)の条件で何とか行ったものの、帰ってくるなり泣きじゃくったアリスに抱きつかれて二日間でキス1000回という無理 難題まで追加されたのは優輝の思い出の中でもはっきりと残っている。
さらにこの1週間の間で500万の借金が出来ていたことは優輝でも知らないアリスの秘密の一つである。
「…これ以上借金を作るわけにもいかないし、借金の返済のためにも一回魔界に帰ろうかな?」
今はゆうちゃんの部屋で匂いを嗅いで何とか平常心を保っているけど、
人の匂いなんて、もって1週間、それ以上になると雑菌などの匂いの方が勝ってしまって使い物にならない。
「りゅうくんが来たら、憂さ晴らしに殴ってもいいんだけどそれでも、もって1日よね…。」
私の気分が1日持つか、りゅうくんの体が1日待つかの不毛な争いを起こしてもあんまり意味ないし、どうしようかしら…。
「このまま、いつ来るかわからないりゅうくんを待ってから借金返済するか、多少問題を起こしてでもゆうちゃんに会いに行って、帰りにエストから宝石類を貰って借金を返すか、…この二択なら選ぶのは決まってるわよね。」
後は、いかにゆうちゃんとエスト達以外にばれない様に向こうに行くかだけど、
……駄目だ、まだ寝起きで頭が回らない。
ちょっと考え過ぎて頭が痛くなってきた。
ゆうちゃん成分があればこんなことは無いんだけどな…。
朝ごはん作らなくちゃ…。
でもその前にちょっと運動したいな…。
そんなことを考えていると玄関の方からドアを蹴破る大きな音がした。
…どうやら怖いお兄さんたちが来たみたいね。
力の差を見せつけてもどんどん人を増やすだけで全く学習しないのよねこういう人たちって。
銃弾を撃たれても怪我ひとつしない人にどうやって勝つつもりなのかしら?
まったく、返済日が少し過ぎたくらいでガタガタ言わないでほしいものよね。
とりあえず話しても無駄なことは、蹴破られたドアさんが身を持って教えてくれたのでここは敵討ちでもしますか。
怖いお兄さんたちはリビングのドアまで蹴破ってきたので、一瞬で転移してしつけとばかりに蹴破った奴の顔面を蹴る。
「すこし静かにしてくれない?これから朝の運動したいところなのよね。」
怖いお兄さんたちは吹っ飛んだ仲間を見ると懐から、ナイフを出してきた。
男が一人近づいてくると同時にアリスはその男がナイフを突き出してくるであろう場所に、指で円を書いた。
そうすると一瞬で空間の穴が出来上がり、男の腕がその中に入って行く。
男がそれにより体勢を崩したところを狙って、顎を狙って思いっきり拳を打ちぬく。
その勢いで男は吹っ飛び、吹っ飛んでいる男にほかの奴の視線がいっている隙に、空間に×印を書いて消す。
つまらなそうに男たちの相手をしているアリスの手の指には空間の指輪がはめられていた。
吹っ飛んだ男を見た奴らがこちらを振り返るが、特に気にせず次の準備をする。
「さてさて、死にたい子からかかって来なさい。」
三分後、逢沢家のリビングは真っ赤に彩られ、アリス以外、物理的に誰もいなくなったのであった。
「…さて、準備運動も済んだし朝ごはん作らなきゃ。それよりも先に部屋のお掃除か………あぁゆうちゃんの作ったご飯が食べたいな。」
今、リリーは決めかねていた。
シャドウから報告を受けたユウキの件についてアリスに報告をするかどうかを…。
「…家臣としては報告の義務があるのでしょうが、黙っておいて修羅場を見るというのもありですね。」
「どうした?何か楽しいことでもあったか?」
「あら、いたのですかあなた。」
「…たまたま通りかかっただけだよ。」
「そうですか、それならちょうどいいです。するかしないかどっちがいいか決めてください。」
「なにを?」
そういいながらもエストはリリーのことを見るのに集中している。
その視線に築くとリリーは、
「能力を使うのは無しで直感で答えてください。」
と注意した。
「というかなんで心が読めないかを教えてほしいんだが…。」
「内緒って言っているじゃないですか、それよりも早く質問に答えてください。」
「…んじゃ、する方で。」
「それじゃ、アリス様の所へ念話を掛けてください。あ、お互い姿が見えるようにしてもらってくださいね。見せるものがありますので。」
エストが仕方なくアリス様の所に念話を掛けている間にリリーは、シャドウから送られた書類の準備をした。
「エスト?いったい何の用?」
「いえ、私ではなくリリーが用事があるそうで、お互いの姿が見えるようにしてほしいと、」
「…結構魔力使うからゆうちゃんとお話しする以外極力使いたくないんだけどまぁいっか。その代わり、私のお願いも聞いてね。」
そういうと、近くの壁にアリス様が映し出された。
「…いったいそちらの世界で何があったんですか?」
リリーが報告よりも先に聞いたのはアリスが居るリビングの惨状だった。
「あぁこれ?借金取りのおにーさんがあまりに態度悪いからね。つい。」
「そちらだと殺すのは不味いのでは無かったんですか?」
「大丈夫、まだピクピクしてたから生きてるわよ。魔法で応急処置してから適当な場所に飛ばしたし、問題ないわよ。」
「そうですか、でもそんなに魔法使っても大丈夫なのですか?」
「元魔王なめないでよ。まだ異世界転移魔法を余裕で使えるほど残っている。」
だったらケチらずにお互いの姿を見せるようにしてくださいよ。
みたいな視線をエストが送っているがアリスは普通にスルー。
「そういえばそっちの用って何?ゆうちゃんのこと?」
やはり、息子のことになると、この方は簡単に気づきますね。
「それよりも、そちらからも何かあるようですのでそちらからお願いします。」
アリスはその反応を大事なようではないと判断して、「わかったわ。」と言って自分がこれからやろうとしていることを言った。
「私、一回そっちの世界帰るわ。」
エストが、えっ!?驚いているのに対して、リリーは何処か楽しそうだった。
「あっでも、ゆうちゃんには魔王になってもらいたいから、ゆうちゃんに会ったら地球に帰るからね。」
「…アリス様、それだとユウキ様に伝えておいた<魔力が回復するまで向かいに行けない>という嘘はどうするんですか?」
エストが、ふと疑問に思ったことを口にする、
「そこは、気合いで来たってことにする。とにかく私は、ゆうちゃんに会いたいの!!
会わないと死んじゃうの!!!」
呆れているエストの横でリリーが少し考え、
「分かりました。こちらも協力いたしましょう。」
「えっ本当に!」
「はい、ですがユウキ様に付けてある魔法に関してお話をきちんとしてあげてください。
エレンの口から言われるよりは母親から言われる方が良いでしょう。」
「…あの子なら『どおりでおかしいと思ってたんだよ。』とか言うから大丈夫よ。」
「そうですね。それぐらいで心が折れるなら魔王なんて務まりませんし、むしろそれを使いこなすくらいではないと困ります。」
「二人は何のお話をしているのですか?まったく話についていけないのですが…。」
アリスとリリーが話している内容を全く知らされていないエストが話の中に入ろうとしても、二人は無視してどんどんと話を進めていく。
「なるべく、ゆうちゃんと二人きりになりたいんだけど、できる?」
「二人きりですか…(それだと修羅場にならないですが仕方ないですね。)
シャドウに任せればできます。」
「シャドウって誰だっけ?」
「あなたが名前を変えているんじゃないですか…。」
「…私が名前を変えてる?あっ!リリーの執事の事!」
リリーとエストがまたか、と呆れている。
「名前が中途半端だから忘れちゃうのよね。今度は覚えられる名前にするからちょっと待ってね。」
(…また名前が変わるのか?)
(そのようですね。もう少しで、名前の数が3桁に行きそうですね。)
(もうそんなにか…。なんだか可哀そうになってきたな。)
(そうですね。まさか会ってもいないのに名前を変えられるとは思ってもいないでしょうし。)
「よし!決まったわ!」
(今回は変なのではないといいな。)
(空気という名前の時もありました。あれは呼ぶ度に笑いを抑えていましたね。)
リリーが珍しく思い出し笑いをしている。
「ステルスに決めたわ!」
「あっ、今回は普通なんですね。」
「なによリリー、その残念そうな顔は。」
「いえ、なんでもありません。ステルスという名前は私から伝えておきます。あとこちらに来られる日はいつになりますか?」
「今日!」
「…えっと、まだ朝ですよね?」
「うん、だって早い方がいいじゃない?というか一日も早くゆうちゃんに会いたいの。」
「こちらとしてはきちんとした準備する時間がほしいのですが…。」
「そこら辺は適当でいいわよ。」
「適当ですか…。では適当に用意しますね。」
「あぁそうそう、他の人たちには極力ばれないようにしてね。」
「そちらからばらす様なことが無い限り問題無いです。来る時間さえ教えていただければ、私たち以外、誰も魔王が戻ってきたことなんて分からないように致します。」
「あれ?お母さんって探知妨害なんてできたっけ?」
「いえ、吸血鬼一族の者の中で使える者がおりますので。」
「へぇ、一度会ってみたいわね。」
「大丈夫です。その者にアリス様の護衛をさせますので。」
「……ってことは、一回魔界に行かないとだめなの?」
「そういうことになります。多少打ち合わせしておきたいこともありますので。」
「そう、なるべく手短に頼むわよ。私は早くゆうちゃんに会ってハグしたいんだから!」
(…感想の再会の後に修羅場が起こりますけどね。)
どうせこの人の事だから、ユウキ様に残っている女の匂いを嗅ぎつけて問い質すだろうから、シャドウ…じゃなかった、ステルスにその修羅場を撮影させましょう。
「リリー、何か言った?」
「いえ、何も。(相変わらず無駄に鋭いですね。)」
「…まあいいわ。そういえば、そっちも何か用事があったみたいだけど、何?」
「アリス様がこちらにいらっしゃるのであれば問題ないことです。」
どうせ分かりますし。
「?」
「そうですね。色々お気をつけてください。」
「わかった。良くわかんないけど、気をつける。」
その後到着時間などのやり取りをして、映像念話を切る。
「ふぅ…少し話しこんじゃったわね。さて早くお着替えしてゆうちゃんに会いに行かなくっちゃ!」
さすがにゆうちゃんの服を着ていくのはまずいわよね。
ゆうちゃんの匂いがして私はいいんだけど、絶対怒られちゃうし…。
ちなみに、エストやリリーには一切つっこまれなかったが、アリスの今の格好は上下ともに優輝の寝巻である。
「久しぶりに会うんだもん、なるべくゆうちゃんの好みの物を着ていこう!」
「そういえば今回は私がいる必要はあったか?」
「…なかったですね。」