第14話 特別依頼
「失礼します。」
ギルドの職員がギルド長の机の上に書類を置いた。
「…特別依頼ですか。」
ギルド長が手に取った書類に優輝とナシュとサファイアの名前が書かれている。
「はい、ユウキさんをリーダーとして受けたいと言われましたので…。…どうなされますか?」
「二つ名の発行は明日ですが……まぁ良いでしょう。相手はレッドワイバーンですし、ダメならすぐに諦めるように言ってください。」
「しかし、本来ならCランクの依頼です。二つ名を持っているとはいえ、Dランクですし、残り二人はEランクです。レッドワイバーンから逃げるならもう一人は必要かと…。」
ギルド長は少し考え、
「なら、アーサー君を入れましょう。彼は馬を扱えますし、本人も早くランクを上げたいと言っていましたし問題ないでしょう。」
ギルド長は書類にアーサーの名を入れ承認の判を押した。
職員がその紙をギルド長から受け取ると、「失礼しました。」といって承認を待っている優輝たちのもとに向かった。
職員が見えなくなるとギルド長は、
「…これは手を回しているわけではないですよね。」
とひとり呟いていた。
固い割に心配性なギルド長であった。
「特別依頼ってなんだ?」
依頼が確定するまでサファイアが持ってきた依頼書のなかに”特別依頼”という知らない言葉があった。
「あーそれ?二つ名を持っている人が受けられる特別な依頼よ。」
「特別な依頼ってどの辺が特別なんだ?」
「二つ名を持っているくらいの人じゃないと依頼できない厄介な魔物用にあるのよ。」
「レッドワイバーンってそんなに厄介なのか?」
レッドってついているからワイバーンより強いだろうし、もしかして体が燃えてて近づけないとか?赤なだけに3倍位つよいとかか?
「…おそらくだけど、あんたの考えていることとは違うわよ。」
「師匠、基本的にワイバーンと名のつくものは、グループの中で一番強い人に向かって集中的に攻撃してくるんです。」
そういえばワイバーンは俺しか攻撃してこなかったな。
ってことはエレンより強いってことになるか。
「しかも一番厄介なところは死ぬ間際になったら、最後の力を振り絞って突っ込んでくるんですよ!それをまともに食らったら大の大人でも最悪、死にます。」
「…そうなのか、でもそういうやつらって群れになってないのか?」
「基本的に群れてるけど、ここら辺に来るのは群れから追い出された奴くらいだから問題ないわよ。ていうか群れだったらAランク位の依頼になるわね。」
「なるほどな…っていうか下等竜じゃなくないか?明らかに強いだろ。」
「ドラゴンはその群れになったやつより強いわよ?それにちゃんとした倒し方もあるにはあるの。」
「聞くけど、どんな倒し方だ?」
「罠とか、翼を矢とかで破いて向こうが飛べないようにするとか、他にもいくつか手はあるのよ。」
「へぇー、ちなみに今回はどうやって倒すんだ?」
おそらく向こうの攻撃は効かないけど、俺は矢とか使えないし、罠とかの知識もない。
もしかしてサファイアがいい案を考えているとかいう幻想を抱いてサファイアを見ると、サファイアは腕を組んで今回の作戦を発表した。
「あんたが一番強いだろうから、あんたがレッドワイバーンをひきつけて、私と…ナシュだっけ?あんたの弟子が遠距離攻撃するわ。」
普通だ…。
「…俺フルボッコじゃないか?」
俺がほとんど無敵状態だからそれが一番安全なんだろうけど…。
「ちなみにサファイアちゃんは何が使えるんですか?」
何の脈絡もなく平然とサファイアにちゃん付けしましたね…この子。
「ちゃん付けすな!」
ほら怒った。子供扱いすると怒るのわかってるはずなんだけどな?
ナシュが子供に接するように「ごめんね。」と言っているところをみると、確信犯か…。
こういうところユーモアがあるというか……図太いと言うか。
「…ユウキ、あたしこの子に馬鹿にされてない?」
「…気のせいだ。サファイアちゃん。」
もちろんボケには乗りますよ。……面白いから。
「ユウキさん、サファイアさん、ナシュリさん依頼が確定しました。受付まで御越しください。」
「師匠、イアちゃん行きましょう。」
呼ばれるまでの間にサファイアとナシュの間で何があったのかはご想像にお任せすることにしまして、イアちゃんことサファイアはぐったりとしながら、ナシュに手をひかれて受付に向かった。
受付には職員の人と、見たことのない男の人が立っていた。
「今回の依頼は特殊なものですのでギルド長の推薦でアーサーさんにも同行してもらいます。」
「アーサーだ。よろしくな。」
がっちりと握手をされたが手が大きく背も自分よりも高く、170~180はあるだろうかの身長で、見た目も完全にイケメンだった。
「優輝です。よろしく。」
俺は普通に挨拶をしたのだが、ナシュとサファイアは軽く名前を言うだけだった。
(…なんで、普通に挨拶しないんだよ。)
(私は人見知りしやすいのよ!初対面の人と普通に話せるか!)
(…イアちゃんと同じく、私も人見知りで…。)
じゃあなんで俺と普通に話せてるんだよ…。
その様子を見ていたアーサーは自分の中で納得したようで、俺に確認するように聞いてきた。
「ユウキは自分の女には他の男としゃべらないように言っているのか?」
「違うわ!ただこの二人が人見知りなだけだっつうの!」
まさかこいつもボケか!ボケ役なのか!
「…自分の女ってことを否定しないってことは、相当なたらしだな。」
「違うわ!!そこまでつっこみ切れなかっただけだわ!」
確定です。この子かなりのボケ役だ。初対面でこれですか…。
「まぁ掴みはこれぐらいにして、さっさと行こうぜ馬車はギルドのやつを借りたから。」
「あぁ、どこにあるんだ?」
急にまじめな話に戻ったからちょっとうろたえたけど、悪い奴ってわけじゃなさそうだな。
ってか掴みって……へたすりゃドン引きものなのによくあんなこと言えたよな。
アーサーについて行くとギルドの外に馬車があった。
「…これが馬車か、実際に見るのは初めてだな…。」
「師匠なら走ったほうが早そうですもんね。」
そう意味で言ったわけではないですよナシュさん。
「じゃユウキ達は少し待っててくれ。」
「待つけど、どうした?トイレか?」
「いや、俺の武器とか持ってこないとさ。」
「…剣持ってるよな?」
アーサーの腰には小刀が差してある。
「これは武器じゃないって、俺の武器は槍だからな。これはあくまで非常用。」
「あ、なるほど。分かった、いってらっしゃい。」
「ユウキ達の武器とかもついでに持ってくるけど…どうする?」
「いや、俺たちは大丈夫。」
そういえば普通の人はこの指輪持ってないんだよな。
戻ってきたら教えるか…。
『奥様、聞こえますか?』
『…久しぶりですね。』
『はい、もう半年にもなります。』
『一体どうしたのですか?経営はうまくいっているようですが?』
『そちらの方はおかげさまで…。このたびは少々お聞きしたいことがございまして。』
『なんでしょうか?』
『ユウキという方をご存知でしょうか?』
『…その方がどうかしましたか?』
『魔獣変化を使ったものに襲われましたが素手で返り討ちにしたそうです。』
『……。』
『ギルド長からその者がトラヴィスタ家からの紹介を受けているとお聞きしたもので、少々気になりまして。』
『本当に覚えていないのですか。』
『何のことでしょうか?』
『ユウキ様は、アリス様のご子息です。』
『…そうだったのですか。地面が抉られていたのも納得しました。』
『私が忘れろと言えば本当に忘れるのですね。ユウキ様が襲われたことよりもそちらの方が驚きましたよ。』
『奥様のお言葉は絶対ですので。』
『相変わらずですね。ちょうどいいので聞きますが、ユウキ様はそちらではどのようなことをなされていますか?』
『そうですね…ユウキ様には複数お付き合いされている子がいるようで、私の店に二度ご来店されています。しっかりとリュウタの血を引き継がれているようで…。』
『…シャドウ、少しそのお話聞かせていただけるかしら?』
「待たせたなっと。」
アーサーが槍と、何かを持ってきた。
「なんだそれ?」
「レッドワイバーンを狩りに行くんなら罠ぐらい必要だろ?それの仕掛けだよ。」
やばいこの人、ボケなのにサファイアよりもしっかりしてる。
「なれてるのか?」
「そういうわけじゃないんだが、ちょっとそういう知識はあってな。」
本とかで読んで覚えたとかか?なんにせよ準備が良いな。
…俺たちとは大違いだな。
「ユウキ、さっさとして、早く帰りたいから。」
すでに馬車に乗りこんでいるサファイアが馬車から顔を出して言ってくる。
「おう、んじゃアーサーそれちょっと貸してくれ。空間に入れるから。」
「へぇ、空間の指輪とか持ってるのか。どこの王子様だ?」
俺が指輪を見せると、アーサーは特にためらわず武器と仕掛けを渡してくれた。
「これのこと知ってるのか。」
「まぁちょっとな。」
アーサーがちょっと苦い顔をした。なんか聞いちゃいけない話だったか?
空間に荷物を入れ終わると、アーサーが馬の方へ行く。
「そういえば、アーサーは馬を扱えるのか?」
「まぁな、そっちはどうだ?」
「馬を実際に見るのも初めてだし、無理だ。」
「んじゃ俺がやるしかないか。ユウキ、馬車でいちゃつくなよ。」
「いちゃつかねーよ!」
「師匠大丈夫ですか?」
馬車に乗ってから10分くらいたってから優輝の顔が青ざめていった。
「大丈夫…。大丈夫だから話しかけないでくれ……。」
「…乗り物酔いとかだらしないわね…。」
もう一人、俺と同じやつがいたか。
サファイアも顔を真っ青にしている。
「お前もじゃないか…。」
「…うるさい話しかけんな。」
馬車の揺れは想像以上で思っていたよりも早く酔ってしまった。
駄目なんだよこういうの。
「…ナシュ後どれくらいで着く?」
「そうですね。依頼人の場所まではもう少しですけど、そこから目的の場所までは結構かかりますね。」
「…そうか。依頼人のとこからは俺、走るわ……。」
「ユウキ…。おぶってもらえるかしら?」
「分かった…。なるべく揺らさないようにしてみるよ…。」
「「ハハハハハハハハハ……ふぅ。」」
「なんだか二人とも怖いですよ…。」
重い空気の中、馬車は目的地へと進んでいた。
「うわ、どうしたお前ら。」
「……酔っただけだ。…先に依頼人のところに行っててくれ。」
「…同じく。」
ユウキとサファイアが吐きそうにしている。
このメンバーで大丈夫なのか…。
「私は二人の面倒を見ますので、アーサーさんは依頼人のところに行ってください。」
唯一大丈夫な奴もこんな感じで、俺は結局一人で依頼人のところに向かった。
「…てか、ここはどこだ…村って感じだが。」
「ここはですね。イズム村の近くにあるアラマ村です。」
「…アラマって食べ物のことか?」
食堂でアラマ定食というのを食べた覚えがあったのでナシュに聞いてみた。
「そうです。それを養殖して生計を立てているのでアラマ村って言うらしいです。」
「…アラマって何なの?川魚か何か?」
それは俺も気になったな。生きた姿とかもちょっと見てみたいかも。
「いえ、キメラです。」
「「うぷっ。」」
やばいちょっと吐きそうになった。
サファイアがこっちを睨みつけている。
俺のせいじゃないだろ、食堂のおばちゃんを怨め。
「見た目はあれですけど、味はおいしいので珍味として知られていますね。魚臭いですが、肌にいいらしいので女性を中心に人気があります。って大丈夫ですか師匠。」
「…大丈夫、少し落ち着いた。」
「……肌にいいなら大丈夫、肌にいいなら大丈夫。」
サファイアさんはぶつぶつと呪文を唱えていますね。
自己暗示か何かってことは分かるぞ…。
俺とサファイアは外の風を受けて回復するまでに結構な時間を要した。
「おぉ、やっと回復したか。」
依頼人のところに行っていたアーサーが依頼の確認を終えて戻ってきた。
「おかげさまで、なんとかかな。こっちはまだっぽいけど。」
サファイアの方を見ると、まだ顔は真っ青だった。
「…了解した。とりあえず依頼人からは、アラマの養殖場から少し離れた山にレッドワイバーンがいることは間違いないそうだが…それまでもつか?」
「俺はサファイアをかついで走って行くから先に行っててくれ。」
じゃないと、俺もサファイアも、もたないだろうな。
「かついで行くって馬車でも結構かかるぞ?」
「…まぁ何とかするよ。」
たぶん大丈夫なはず。ナシュを抱っこした時のスピードを考えれば、馬車を見失わないでついていけるはず…。
「…師匠なら大丈夫なので、早く行きましょう。」
ナシュが羨ましそうに見ていたような気がしたがたぶん気のせいだよな。
「なるべくゆっくり走らせるけど、駄目なようなら回収するからな。」
そう行ってアーサーはナシュを馬車に乗せて先に行った。
「…ユウキおんぶ。」
ものすごくだるそうにしてんな…。
「はいはい、こっちですよお姫様…。」
俺の冗談に乗っかりもせずにサファイアは素直におぶさった。
「できるだけ、マッハで行くぜ。しっかりつかまってろよ。」
「…なんでもいいからあんまり揺らさないでね。たぶん吐くから。」
「……頼むから吐くときは言ってくれ。すぐに降ろすから。」
めっちゃ不安だな。