変化
セレーナの死はアイシャにとって深い悲しみとなって襲ってきていた。父親は幼いころに事故で死んでしまい、母とアイシャの2人で支えあうように生きてきたのだ。その母がいなくなり、アイシャはこの世に一人取り残されたような気分だった。
そんなアイシャを支えてくれたのがエリストン侯爵家の人たちだった。
エレナに呼ばれて侯爵邸に来たアイシャは、そこで侯爵家全員と一緒に庭でお茶をすることになった。落ち込むアイシャを元気づけようとしていることはわかっていたので、そのことは感謝していた。でも、セレーナがもういないことを考えてしまうと、会話も弾むことはなかった。
そんな中、アイシャはふと誰かに呼ばれたような気がした。
「・・・?」
「どうした?」
周りをきょろきょろと見渡すアイシャにロイナーが不思議そうに声をかけてくる。
「今声が聞こえたような」
「・・・何も聞こえなかったけど。気のせいじゃないか?」
そう言われてしまうと、気のせいだったようにも思う。気にすることなくお茶を飲もうとしたアイシャだったが、再び声が聞こえてきた。その声を怖いと思うことはない。気味が悪いとも思わず、なぜか暖かくて優しい声だと思えた。
アイシャの悲しみを慰めてくれるような、なんだか包み込むような声だったのだ。
「やっぱり聞こえる」
呟くように言ったアイシャだったが、周りを見てもアイシャを呼ぶ声の主は見つからなかった。
「アイシャ」
やはり気のせいなのかと思おうとした時、エレナの驚いた声が響いた。
「エレナ様?」
どうしたのだろうと思って首を傾げてエレナを見ると、なぜかカインとロイナーまで同じように驚いた表情をアイシャに向けていた。
「まさかこれは・・・」
「こんなことってあるのか・・・」
「誰か、鏡を持ってきてちょうだい」
カインのお茶の入ったカップが震えていた。ロイナーは口を開けたままじっとアイシャを見ている。エレナは使用人に鏡を頼んでいて、それぞれの反応にアイシャは不思議そうに見つめることしかできなかった。ただ、3人ともアイシャを見て驚いた様子を見せていた。
そんな中、使用人の女性が小走りにエレナに手鏡を持ってきた。それを受け取ると、鏡をアイシャに向けてくる。
「自分の顔をよく見てみなさい」
そう言われて鏡をのぞき込んだアイシャは、数回瞬きをして鏡の中の自分をじっと見つめることになった。
「何これ・・・」
それしか言葉が出てこなかった。
母親譲りの茶色の髪がピンクに変わり、緑の瞳が金色になった少女が鏡の中に映っていたのだ。
顔立ちはどう見てもアイシャ本人だとわかるのだが、髪と瞳の違うことで印象が大きく変わっている。
「どうなっているの?」
自分の髪をつかんで引っ張ってみる。痛みを感じて驚いてしまう。
「女神の代理人だ」
混乱するアイシャだったが、驚いていたカインが我に返ったのか一言呟いた。
「女神の代理人?」
その存在は平民であるアイシャも知っている。この国の大切な存在であり、語り継がれていくべき存在。
そんな存在と同じ姿にアイシャはなってしまった。それが意味することはわかっているのだが、頭がついていかない。
「どういうこと?」
鏡の中の自分に問いかけるが、答えが返ってくるはずもない。
「アイシャが女神の代理人に選ばれたのか」
ロイナーが状況を把握したのか落ち着いた声で言う。
「私が代理人・・・でも、どうして私なの?」
「それは女神に聞かないとわからないことだな。ただ、代理人に決まったことは事実だし、覆すことはできないと思った方がいい」
もう一度鏡で自分の顔を見る。変化してしまった髪と瞳に違和感が拭えないが、元の姿に戻ることはないと思わなければいけない状況になった。
「私、どうしたらいいの?」
自分が女神の代理人になるなんて夢にも思っていなかった。話を耳にするだけで関係ないと思っていた。アイシャ自身が経験することになり、どうしたらいいのかわからない。
「王家に知らせなければいけないな」
カインの冷静な声に、アイシャはさらに戸惑うことになる。
「王家ということは、王様に知らせるということですか?」
「そうなるな。女神の代理人は王家の保護下になる。我々だけで守ることはできないし、隠すことをすれば見つかったときに反逆罪を問われることになるだろう」
母を失い悲しみに暮れながらもエリストン侯爵家の人々が支えてくれていた。少しずつでも前を向いて生活をしていかなければいけない。そんな風に考えていた矢先の出来事だった。
「アイシャは王都に行くことになる。王城で女神の代理人として役目を果たすことになるだろう」
それはつまり、もうここにはいられないということだった。
両親との思い出の地を離れなければいけないと言われて、アイシャはすぐに覚悟などできるはずもなく、しばらく戸惑いの日々を送ることになった。




