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再開

話し声が聞こえるが何を言っているのか聞き取ることができない。

アイシャは扉の前で一度深呼吸をした。

この扉を開いたらアイシャの失った記憶を知っている人物がいる。誰がいるのかサムは案内している間説明してくれなかった。そのため扉の前に立つと緊張していた。

「大丈夫よ。アイシャに危害を加えるような相手が来ているはずがないもの。それに何かあった時は私たちが守ってあげるから」

一緒についてきてくれたエレナが心強い言葉を言ってくれるが、エレナは明らかに守られる側の人間だ。ほかにサムがいるが彼は力で守れるほど強いという印象がなかった。そう考えると少し心配になってしまうが、そもそも侯爵家に入ってきた時点で危ない相手を招き入れるとは思えなかった。

「大丈夫です。行きましょう」

アイシャはそう言って扉を開いた。

扉をノックすることなく勢いに任せて開けてしまった。一歩部屋に入ってから失礼だったかもしれないと思ったがもう遅い。

部屋にいたのは2人の男性だった。

そのうちの1人は見覚えがあった。

「・・・アイシャか?」

ここにアイシャがいることが信じられないとでも言いたげに目を大きく見開いてじっとアイシャを見つめてくる男性は黒髪に青い瞳で、エリストン侯爵であるカインにどこか雰囲気が似ていた。

「・・・ロイ兄さま?」

3年経って記憶にあるロイナーよりも大人びた青年になっていた。だが、声は変わらない。アイシャが知っているロイナー=エリストンその人だった。

「本当に目を覚ましていたんだな」

「お久しぶりと言うべきなのかな?」

アイシャが覚えているのは、幼いころに侯爵家に遊びに行くとロイナーがいる時はいつも相手をしてくれていた。小さいときは庭で遊んだりもしたが、成長するにつれて部屋や庭でお茶をしながら最近の出来事などを話すことが多くなっていた。

昔を思い出して懐かしさを感じている場合ではない。

アイシャにとっては数日ぶりという感覚だが、ロイナーにとっては3年になる。久しぶりと言う表現に疑問を持ちながら言うと、ロイナーはアイシャが目覚めたことに喜びたいのに、3年という時間のずれに戸惑ってもいる様子だった。

いつの間にか成長してしまったロイナーに違和感を覚えつつ、彼がアイシャの眠るきっかけを教えてくれるため王都から戻ってきてくれたのだと思った。

「何も変わっていないね」

「ロイ兄さまは大人びましたね」

「老けたと言いたいのかな?」

「そんなこと一言も言っていないわよ」

これがいつものロイナーとのやり取りだった。気兼ねない会話に貴族と平民という立場が2人の間にはなかった。いつも通りの会話にほっとしていると、ロイナーは目を細めて嬉しそうにほほ笑んだ。彼にとっては懐かしい会話になったのだろう。

「ロイ」

2人で会話をしていると、静かな声がロイナーを呼んだ。

視線を向けると、ロイナーの後ろにもう一人いた青年が立っていた。

金髪に緑の瞳。こちらも少しやつれているような印象があったが、ロイナーと比べなくてもなんとなく輝いた雰囲気をまとった青年だった。

見覚えがなくて首を傾げると、ロイナーが今思い出したかのように青年の横に立った。

「アイシャ。彼はアレス=レイデント。この国の第1王子だが、覚えているか?」

「・・・アレス、殿下」

名前を教えられてもアイシャの中に第1王子の記憶がなかった。平民だった時にこの国の王様や王子様の話をすることはあった。会ったことのない架空の存在のように会話をするだけで、エリストン領地から出たことのないアイシャには縁のない人間だと思っていた。

アレスが何も言わずにじっとアイシャを見てくる。その視線は明らかに期待がこもっていたが、それに応えることはアイシャにはできなかった。

「ごめんなさい」

「アイシャが気に病むことはないよ。記憶がないということは報告を受けていた。それを確かめるために殿下に協力してもらっただけだから」

俯くアイシャにロイナーが慰めるように言う。アイシャが目を覚ましたことはすぐに国王陛下へと伝えられた。それと同時にアイシャの状況も伝えられ女神の代理人になってからの記憶がすべてないことも承知していた。ただ、実際に会って確認したかったのだろう。

「殿下にはアイシャが女神の代理人になってからのことを話してもらうためにここへ来てもらった。その話をしないといけないね」

優しい口調のロイナーは記憶がないことに落胆しているわけではなく事実を受け入れて次に進もうとしているように感じられた。

責められるわけではないことにほっとするアイシャだったが、王族であるアレスがどう思っているのか気になって彼に視線を向けた。

「3年分の話をしないといけないだろう。順を追って話していこう」

アレスも記憶がないアイシャのことを気遣ってくれているようだった。ただ、その目の奥に悲しみというより寂しさのようなものが見えたのはアイシャの気のせいだったかもしれない。

「話が長くなるだろう。座ってゆっくり話そう。アレス殿下はしばらくここに滞在することになっているから、焦らずに話を聞くといい」

ロイナーの説明で、国王陛下がアレスを派遣することを決めたという。アイシャの記憶が戻るかどうかはわからないが失われた3年を説明する役目をアレスに託したのだ。

女神の代理人が目を覚ましたことですぐに王都に行かなければいけないのかと思っていたが、まずはアイシャの記憶が戻るかどうかを確かめるつもりのようであった。

「いろいろと話をしているうちに思い出せることもあるかもしれないだろう。記憶が戻ってからのほうが王都に行くほうがいいだろう」

ロイナーは今王城でアレスの部下として働いていた。エリストン侯爵家の後継者ということもあり今回一緒に侯爵家に戻ってきた。

記憶がない不安はアイシャの中にあるが、昔からの知り合いがいてくれることは心強かった。

「記憶が戻るかわかりませんが、よろしくお願いします」

「・・・あぁ、よろしく」

王子から話を聞くということで挨拶をすると、彼は何かを考えてから返事をした。

この時アレスの中に思うところがあったのだが、それにアイシャが気付くことはなかった。


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