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王族の役目

熱を出していたアイシャだが、数日ゆっくり休んだことで、熱も下がり体力が回復した。

それを見計らってアレスはアイシャと話がしたいと申し出た。

「今日はお天気もいいですし、庭でお話をしたいということです」

アイシャの許可を取って話ができるようになると、迎えに来たエリストン家の侍女にそう言われた。

案内されて庭へと出ると、東屋でアイシャが先に座っていた。

アレスが近づいてきたことに気が付いた彼女は穏やかな笑みを浮かべてくれる。

「外で話すことにしたのですが、大丈夫だったでしょうか?」

「問題ない。少し昔話をするだけだから」

まだ距離を感じる話し方に内心がっかりしているアレスだったが、表情には決して出さなかった。

記憶がないのだから仕方がない。どれほど親しくなったのか説明したとしても、今のアイシャはきっとアレスに遠慮をしてしまう。

向かい合って座ると侍女がお茶を用意してくれた。準備を整えるとその場からいなくなり、周囲に誰もいない状態となった。アレスが指示を出したわけではない。アイシャが人払いを頼んだようには思えなかったため、ロイナーがおそらく気を利かせてくれたのだろう。

当の本人も東屋に姿を見せていない。ただ、アイシャに何かあればすぐに駆け付けられるようにどこかで見ている可能性は高かった。

アレスの護衛騎士たちも姿が見えないが、どこかで待機しているはずだ。

「どこから話したらいいかな」

王城でどんな生活をしていたのか、アイシャの覚えていないことを話すためにこの場が設けられている。淡々と語ってもいいのだが、アイシャが質問してそれに答える方が納得してくれるような気もした。

「王城に到着してからのことをまず知りたいです」

記憶がないため質問することもできずアイシャは、王城で女神の代理人として迎え入れられた時から聞きたいと言った。

「最初に国王と面会することになった。女神の代理人を迎え入れるうえで国王が対面するのは当たり前だから」

緊張するアイシャを国王の前に連れて行ったことを今でもはっきりと覚えている。王家は女神の代理人を歓迎し、丁重に扱うことを約束していた。その言葉に安堵した表情を浮かべたアイシャだったが、その後の生活は悲惨だったのだ。

「王妃とも対面したが、その時はアイシャと王妃の2人だけだったから、俺はどんな話をしたのかわからない」

国王との面会が終わると、今度は王妃との面会になった。王妃はアイシャの前に女神の代理人を務めていた。女神の代理人を経験した者と、これからその重責を担っていく者として話し合うことになったのだ。

「王妃様とどんな話をしたのか、王妃様に聞いてみないとわからないということですね」

「面会した後にどんな話をしたのか聞いたことがあった。でも、アイシャも王妃も内容に関して何も話してはくれなかった。女神の代理人として、何かの秘密を共有しているような気がした」

それがどんな内容だったのか、詳しいことはわからない。

「そのあと、アイシャに専属の侍女や騎士が付けられて、王城での生活が始まった」

だが、その生活をアレスは見ることも聞くこともできない状況になった。

「俺はそのあとすぐに他国へ外交に出かけることになった」

「外交?」

「女神の代理人は王城で生活することになるけれど、感謝祭で女神の祝福を受けて国の繁栄を願ってくれるまでの間、王族との接触が避けられる決まりがあるんだ」

アイシャがずっと気にしていた、どうしてアレスは助けてくれなかったのかという疑問はここにあった。

「どうしてそんな決まりが?」

「女神の代理人は王家の保護下になるが、王族の後ろ盾で周囲を委縮させないためもある。それと、王族に関係なく、周りが代理人を丁重に扱い、女神からの祝福を受け取って国の繁栄を願うにふさわしいか見極める時間でもある」

常に王族がいると、周囲は女神の代理人を否応なしに丁重に扱うことになる。そうではなく、誰もが自分の考えで代理人と接し、代理人もどんな風に扱われるのかを見極め、国の繁栄を願えるような心を育てる必要があった。

「女神の代理人に祝福の強制はできない。国の状況を見て、この国になら祝福をしてもいいと思ってもらわないといけなかった。そのため、王族は最初に会って以降、アイシャとの接触を控えることになった」

アレスは半年間アイシャと一緒にいたことでお互いに情が生まれている。そのため外交に行かせることで接触をさせない判断が下されたのだ。

「アイシャが苦しんでいた頃、俺は他国で女神の代理人を大事に扱ってくれている人々の中で幸せに暮らしていると思っていた」

手紙のやり取りもできず、アレスは半年間ずっとアイシャが穏やかな生活を送ってくれていると思って過ごしていた。何の情報も入ってくることなく、自分の仕事をこなしていたのだ。

「俺がすべてを知ったのは、感謝祭の時にアイシャが打ち明けてくれた内容と、その後に調べた結果だけだ」

当時の状況を直接見聞きしたわけではない。ただ、調べた限りでアイシャへの周囲の仕打ちはひどいものだった。

「他の王族はお城にいたのでしょう?」

国王や王妃は何もしなかったのかと首を傾げてくるアイシャに、アレスは胸の奥が小さく痛むのを感じた。

「国王は忙しい身だ。でも、アイシャの状況は報告を受けていた。だが、口出しができない。さっきも言ったが王族は接触を制限されていた。アイシャがどう受け止めるのかが重要で、どんな状況であろうと命の危険が及ばない限りは見守るしかなかった」

それが王族と女神の代理人の間の取り決めなのだ。

「ただ、これだけは伝えておきたい。君の状況を知った王妃が周囲に知られないように怒りを露にしていたんだ。自分の時は何もなかったのに、アイシャにだけひどいことをする周囲の人間を許せなかった」

だが、王妃も王族。アイシャを助けることができず、知らないところで悔しがり傷ついていたのだ。それをアレスが知ったのもすべてが終わった後だった。

「俺の弟や妹もいたが、彼らは幼いという理由で最初から会うことをしなかった。感謝祭の日に女神の代理人としてのアイシャと対面する予定になっていたんだ」

アイシャが接触していたのは王族以外の貴族たち。アイシャの侍女や騎士たちも貴族出身だった。身元がはっきりとしている者たちを選ぶことで不安を減らしていた。だが、それが裏目に出てしまったのだ。

「ここからは俺が調べたアイシャの王城での生活になる」

そう言ってから、アレスは報告を受けた内容を話していくことにした。

「アイシャには侍女や騎士以外にも、話相手となる貴族令嬢と王城での生活に慣れるための講師を数名用意していた。ただ、すべてが貴族出身者だった」

アイシャは生まれも育ちも平民だった。エリストン侯爵家で貴族令嬢としていろいろなことを身に着けて王都に来たから問題ないとアレスは考えていたのだが、他の貴族たちは平民ということを気にしていたのだ。

女神の代理人としてアイシャを見るのではなく、平民出身という肩書に目を奪われてしまった。

「歴代の女神の代理人で平民出身者がいなかった。そのことに戸惑う人間はいたかもしれない。それでも、女神が選んだ相手なのだから、女神の代理人として扱わなければいけなかった。その意味を理解できた人間はアイシャの側にほとんどいなかった」

アレスはすべてがうまくいっていると思って外交に励んでいた。帰ってきた時に笑顔でアイシャが迎えてくれるだろうと期待までしていたのだ。だが、その期待を貴族たちは裏切っていた。

「身のまわりの世話をする侍女たちは手の抜いた仕事をしていた。アイシャはあまり気にしていなかったようだが、女神の代理人に対して失礼なことをしていたんだ」

ドレスを着るのにアイシャが頼まないと手伝わなかったり、装飾品の数をわざと減らしたりしていたそうだ。髪を結うのも適当だった時もあったらしい。

「食事も料理人はしっかりと食事を用意していたことはわかっている。だが、配膳をしていた者たちがわざと冷めたものを持って行ったり、料理を途中で食べて品数を減らしていた」

平民にはこんな料理は贅沢だという理由だった。

アレスの話をアイシャは黙って聞いていた。何かを思い出した気配はなく、静かにあったはずの過去を確認しているかのようでもあった。

「講師たちもこれくらいできて当たり前だという姿勢でアイシャと向き合っていた。間違うことを許さない上からの指導だった」

厳しくすることでアイシャを恥ずかしくない女神の代理人とする意思があったのならまだ許せたかもしれない。だが、講師たちは威圧するようにアイシャに指導をしていた。そして、教えたことを上手くできないと周囲にぼやいてアイシャの評価を下げる講師もいたのだ。

「・・・ひどい」

記憶がなくてもアレスの話から想像して状況を把握したアイシャがポツリと漏らした。今のアイシャでそう思うのだから、当時の彼女はもっとつらかったことだろう。

「一番ひどかったのは話し相手に選ばれた公爵令嬢だった。いろいろなことを教える友人のような存在になってほしいと選ばれたのだが、高位貴族としてのプライドがあったようで、アイシャを見下すような態度だった」

女神の代理人の話し相手として選ばれたことを誇りに思うのではなく、平民出身のアイシャの相手役となったことを屈辱に思ってしまったのだ。その公爵令嬢がアイシャを見下すことによって、周囲の人間は余計に平民出身ということを誇張するようにアイシャを虐げていった。

侍女に講師、話し相手が見下している中、護衛騎士はそれを傍観していた。

アイシャの味方がすぐそばに誰もいなかったのだ。

「私はよく耐えていましたね」

それがアイシャの感想だった。思い出せないことで客観的に判断したのがわかった。

「俺もそう思う。外交から帰ってきたときにアイシャは、とても疲れている雰囲気があった。感謝祭の日に会えたから、忙しさで話をまともにすることもできなかった。あの時、もっと早くに何があったのか問いただせばよかったのかと思うことがある」

だが、アレスは王族だ。感謝祭が終わるまでは何も口出しができない。アイシャがどう思い、女神の祝福を受け入れて国の安定を願ってくれることを見届けなければいけなかった。

感謝祭の儀式が行われアイシャは結局女神の祝福を拒否した。虐げられてきたことでこの国の安定を願う気持ちなど持てなかった。すべての報告を聞き終えた時、アレスはやるせなさと落胆で押しつぶされそうになったことを覚えている。

アレスの話を聞いていたアイシャは何も思い出せなかったようだった。ただ、深い傷をおったであろう当時の自分に思いをはせていたのか、しばらく無言でいた。

東屋に優しい風が吹き抜けていったが、アレスも口を開くことなく静かな時間だけが過ぎていった。


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